祭りと本能

マフユフミ

第1話

鳴り響く太鼓の音が、ひどく懐かしく感じるようになったのはいつだっただろう。


子どもの頃、秋になれば必ず訪れていた地元の祭り。その頃はただ夜店が楽しみで、立ち並ぶ太鼓台や大人達の掛け声、鳴り響く太鼓の音はあくまでおまけのようなものだった。


いつしかそんな夜店への興味も薄れ、ああ祭りは今日か、程度の感慨しか持たなくなって、それがある意味大人になるってことだと思っていた。


でもそれからさらに時は流れ、何度目かの秋祭りの日、不意に分かったのだ。

この音たちが、確かに私自身を形作ってきたものの一つであることに。


太鼓の音が聞こえれば、どことなく胸が騒ぐ。

太鼓台が視界に入れば、ついつい目で追いかけてしまう。


きっとこれは本能だ。

この祭りの町で生まれ育った私自身の本能。

ただ楽しさしかなかった子供時代、格好つけたりスカしたりすることを覚えた青春時代。

それでも、時は余分なものを削ぎ落としてゆき、今この体に残る本能は、祭りの匂いを嗅ぎ分ける。


決して好きではない人混みに紛れ、太鼓の震わす空気を感じる。

夜の闇に浮かび上がる太鼓台の灯りに、なぜかとても心を打たれる。

知らない間に守られてきた旧くからの伝統を目の当たりにし、その存在感に畏れにも似た気持ちを抱く。



ああ、私はここで生きてきた。



りんご飴を握りしめていたあの頃も、ただひたすらくじ引きに命を賭けていたあの頃も、デートの口実にしていた頃も、祭り関係に背を向けていたあの頃も。


確かに私の体は、心は、この町で生きていた。

この本能を押し隠しながら、密かにそっと。


そして今日、祭りの後。

ぼんやりした街灯に照らされた幟が風に揺れるのを見て、なぜか切なさが込み上げた。


祭りの前と後で、何かが大きく変わったわけではないけれど、感じる風は冷たくて、いつもより夜が暗くて、一つの季節が確実に遠ざかっていくのを知る。

この町では、祭りが終わらない限り秋は訪れないから。


本格的な秋が、今始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祭りと本能 マフユフミ @winterday

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ