カプセル
尾巻屋
前編
「またダブった…」
もう何回も見た手元にため息を吹き付ける。確率の針穴を空振りしてすり抜ける、期待の糸切れがぽとりと落ちてしまった。
見えない向こうから原付二輪のエンジン音が鳴り響き、埃っぽい空気を巻き上げた。石油を燃やす独特の異臭を鼻腔が微かに拾う。大気汚染への罪悪感と、なかったら困るから仕方ないと諦める現金さを合わせて飲み込んだ。
腰に手をやる。
ひぃ、ふぅ、みぃ。
先ほどまで銀色の硬貨でいっぱいにしたはずの財布が、いつの間にか随分と痩せてしまったものだ。少しの焦燥感。
目の前にある、カプセルを吐き出す悪魔の箱には、キラキラと輝く商品紹介の紙切れが良く見えるように設置してある。
鮮やかな色彩で描かれるいくつかのそれの中に、しーくれっとれあとか書いてあるみすてりあすでぶらっくなふぉっぐで塗りつぶされたやつ。
これが先ほどから出てこないのだ。
あーあ、と思わず空を見る。秋のはじめ、気温の低い空は面白みもなく鉛色だ。
また、硬貨を入れる。
と、その時、耳障りな音が鳴った。
じりん、じりん。
鼓膜をしっかり殴ってくるじゃないか。音のする方を向くと、そこには自転車に乗った子供がいた。
小学生くらいだろうか。今は平日の午後、きっと放課後を満喫しているのだろう。
そういえば昔、自分もそうだった。意味もなく、行き先もないままひたすら自転車を乗り回すのが楽しかった、そんな懐かしい思い出が蘇る。
じりんじりん、そうしているとそいつはまた、ハンドルに付いたベルを鳴らしてきた。
無言のままだ。
じりんじりん。
おうおう、挨拶の一言もないのか。
じりんじりん、ちっ。
最近のガキは躾がなってないんじゃないかろうか。舌打ちが聞こえた気もする。
と、このようなわけで僕はヤツを無視することにした。
がらりがらり、と回るハンドルを動かす。
奥の仕掛けが蠢いて、カプセルが落ちて転がってきた。
ぱかりと割ると、本日四回目のご対面が待っていた。
悔しさを奥歯で噛み潰して、再び手のひらに握り込んだ硬貨を滑り込ませていく。
「おじさん、なんでおとななのにガチャガチャ回してるの」
自転車に乗ったまま、ヤツがこちらに話しかけてきた。
「おとながガチャガチャしてもしょーがないじゃん」
ここで何か言い返したら負けだ。愛情の裏返しは無関心だ。対話は相手のレベルに立つということだ。無視無視。
矢印の通りに手首を回し、カプセルに期待する。
「ねぇいつまでガチャガチャしてんの。じゃまなんだけど」
この魔の箱が置かれているのは狭い商店街にある、通路に面した玩具店の脇だ。そして、ちょうど僕が座り込むと塞がってしまうくらいに通路は狭い。つまり僕が動かなければヤツは通る事が出来ないことになる。
重々承知だがこのガキに僕は無視を決め込んでいる。今更退いてやろうなどとは思わない。
割れたカプセルの中身は数えるのをやめてしまったやつだ。
「なぁーもうガチャガチャやめなよー」
「うるさい!ガチャガチャガチャガチャうるさい!これには正式名称があるんだ!カプセルトイっていうんだぞ!商標によって違うがな!そして黙れ!消えろ!消えてしまえ!!」
思わず言い返してしまった。ダブり続きで苛立っていたようだ。
「うわ、キモ」
ヤツは顔をしかめてこちらを見ていた。
「なぁそんなことどーでもいいからさ、早くどけよ」
ガキが近づいてくる。
「く、来るな!」自転車のタイヤがこちらにぶつかりそうになる。
「じゃまなんだって!どけよ!」
ついに、自転車が僕に当たった。
僕はひどく憤った。
ガキの乗っていた自転車を掴み、ガキごと持ち上げる。腕がボキボキと不快な音を鳴らすが構やしない。体勢を崩されたガキはそのままよろけ、自転車からずり落ちるようにして転んだ。
僕はこの後の行動に迷った。
そうして、思いついた。
「この自転車はもらった!あははははははははははははは!!」
自転車の低いサドルや小さなペダルに無理やり身をねじ込み、僕は狭い思いをしつつもこれに乗った。
盗んだ自転車で走り出す。行き先もわからぬまま、商店街の路地裏へ。
カプセル 尾巻屋 @ruthless_novel
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