第6話 赤い結晶
私はフェイスを抱えて下に降りた。
マユ姉様は言い訳をしようとした私を手で制し、フェイスの右手を診察する。
「マユ姉様」
「大丈夫。私に任せて」
「お願いします」
瞑目したマユ姉様の体が淡く光り始める。その光は彼女の両手に集まり、そしてフェイスの右手に移動する。赤く腫れあがったフェイスの手は徐々に萎んでいき、色も元に戻っていく。
マユ姉様の法術治療が気持ちが良かったのだろうか、フェイスはそのまま眠ってしまった。
「もう大丈夫です。しばらく寝かせておけば回復するでしょう」
「姉様……」
「心配ありませんよ。クレド様から聞いています」
私が取った行動が責められると思ったのだがそうではなかった。
恐らくクレド様は姉たちの元へも現れていたのだろう。
「ララさん。持って帰ったもの、見せて頂戴」
「はい。これです。水筒の中に入っています」
私はミサキ姉様へ、あの宝石の欠片が入った水筒を渡す。
「この中に入っている赤い宝石の欠片が魔物の心臓でした。その欠片を触ったフェイスはこの通りです。手が腫れて、かなりの激痛を味わったようです」
水筒のキャップを外したミサキ姉様が顔をしかめる。
「何て
「そんなに?」
「これ、法術科学士協会の方で調べるわね。ララさん。正体が分かるまでは勝手に出て行っちゃ駄目よ」
「はいわかりました」
ミサキ姉様は手を振りながら階段を上っていく。
私はフェイスをおんぶして自室へと向かった。マユ姉様が私のリュックを持ってくれた。
「姉様の所へも来られたのですか?」
「ええ。もちろんです。クレド様があのようなお姿だったと初めて知りました」
「私もです。宗教画では鳥のお姿で描かれてましたから」
「そうですね」
「ところで、どうしてこのような事になっているのでしょうか」
「クレド様の御心が闇に閉ざされるという事?」
「ええ、そうです」
マユ姉様は目を閉じ首を横に振る。
肩まである黒髪が連れてたなびく。
その優雅な所作は美しいと思う。自分には真似ができない。
「分からないわ。ミサキさんの調査に期待しましょう」
マユ姉様にも分からない魔物。
これはてこずりそうだ。戦車十両を破壊しろとかの方がよほど容易い。
私は自室に入り、フェイスをベッドに寝かせる。マユ姉様も部屋に入りベッドに腰かける。フェイスの右手を握り、しきりに撫でている。
「フェイスはどうなったのでしょうか? 毒でもないのにあんなに赤く腫れあがるなど経験がありません」
「それはね。多分、毒の波長なのよ」
「毒の波長ですか?」
「ええ。人は神の子。このフェイスも同じです。生命とは神のエネルギーそのものなのです」
「では、その生命を破壊する毒であると」
「そうです。右手の霊体部分が激しく犯されていました。その痛みは尋常ではなかったと思います」
「小さな宝石の欠片でそんな害があったのですか?」
「ええ」
マユ姉様は頷く。
何故、あんなものがクレド様の心に入り込んだのか。
あんな欠片でも人を死に至らしめる力がある。
私は急に、ミサキ姉様が心配になった。
「マユ姉様。ミサキ姉様の所へ行きます。心配です」
「そうね。気を付けて。武器を忘れないように」
「はい」
私は光剣を掴み自室を飛び出す。
廊下を走り宮殿の離れになっている法術科学士協会の建物へと向かう。
一階にある一室が爆発し、窓が吹き飛んだ。中からミサキ姉様が飛び出してきた。自慢の黒髪は焼けて縮れ、白い肌は
姉様を追って中から出てきたのは、白衣を着た法術科学士二名と身長2mの戦闘用ロボットだった。
「ララさん。あの二人は殺しちゃダメ。操られてるだけだから」
「分かりました」
朝日が昇る直前だが、周囲はそれなりに明るくなっている。モップを持って殴りかかってくる法術科学士を一人は投げ飛ばし、一人はみぞおちを突いて気絶させる。
そして一つ目の戦闘用ロボットだ。これは確か、宇宙軍の対人兵器ディズヌフだ。どうしてこんな奴がここにいるのか不明なのだが、どうせミサキ姉様が趣味で魔改造を施していたのだろう。そいつの左手には巨大なハサミが装着されている。右腕から伸びてきたのはチェーンソーで、それは直ぐに回転し始めた。そのチェーンソーとハサミには電気火花が飛び散っており、戦車の装甲でもガシガシと切り裂きそうな雰囲気の代物だ。
私は素早くそいつの懐に入り胴体を蹴飛ばし吹き飛ばす。
「姉様、あれは何ですか?」
「ごめんなさい。払下げの旧式機を貰ったのよ。たまたま電源が入っててあの結晶に乗っ取られちゃった」
「また変な改造してるんでしょう。どれだけ上乗せしてるんですか」
「出力比で250%位かな」
「また面倒な事を」
「なるべく壊さないで欲しいんだけど」
「知りません」
起き上がったディズヌフのチェーンソーが回転を始める。私は
黎明の時、その眩い光に目がくらむ。
ディズヌフはチェーンソーを振り回し突っ込んでくるが、私はそれをかわし右脚を切断した。バランスを崩したところで右腕を切断する。
ディズヌフはゆっくりと仰向けに倒れた。
私はすかさずディズヌフの胸に飛び乗り、その心臓に光剣を突きさす。
大きな一つ目は光を失い、その戦闘用ロボットは沈黙した。
「一体どうされたのですか」
「ごめんなさいね。あの水筒に入っていた腐った水を結晶をトレイの上に出したのよ。結晶が三粒あったわ。それがね、いきなり研究員とディズヌフの方に飛んで行ったの」
「自分で飛んで行ってくっついた?」
「ええ、額の部分に」
まさかと思って倒した研究員の方を見た。
二人は真っ黒になって息絶えていた。額には怪しく輝く赤い結晶が食い込んでおり、それは私が拾った時より確実に大きくなっていた。
ディズヌフの頭に食い込んでいるその結晶を見つけ、光剣で突き蒸発させる。
何と厄介な代物だろうか。
「もう失敗はしないわ。完全に封印してやります」
ミサキ姉様が歯ぎしりをしている。こんな騒動になってよほど悔しかったのだろう。騒ぎを聞きつけて、親衛隊が駆け寄ってくる。
「バーンスタイン隊長。何事でしょうか?」
「ここを封鎖しろ。誰も入れるな」
「はい」
「法術科学士は別だ。アレを何とかしなくてはならん」
私が指さした方向を見て親衛隊員は絶句する。
「あの遺体は?」
「聞くな。全て法術科学士に任せよ」
「了解しました」
宮殿の片隅にある法術科学士協会は封鎖された。
ミサキ姉様にその場を任せ、私は自室へと戻った。
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