第5話 魔物の正体

 フェイスは瞑想しているが、その間にも雪の魔物はアルカディアの周囲にくっついてきていた。モニターは真っ白で外は見えないのだが、ドスンドスンとぶつかってきている振動で想像はできた。

 アルカディアの周囲は高さ30メートル以上の雪山となっているだろう。


「索敵はまだか。さすがにこれは不味いな」

「急かさないでください。もう少しです」

「このまま撤退するか?」

「それはさすがに恥ずかしいです」

「私もだ」

「見つけた。魔力反応が集積している場所をを感知しました。モニターに出します」


 フェイスは機器を操作する。


 モニターに映し出されたのは赤くて透明な人の形をした物体だった。

 アルカディアの正面に立っているそれは、鉱物のようでもあり液体のようでもあった。

 胸の中心に大きく、そして一際輝くルビーの様な宝石があった。


「フェイス。あれか?」

「あれですね。あの、胸の宝石から魔力が放出されています。多分、それでこの一帯に寒気をもたらし、雪と氷を自在に操っているのだと思います」

「なるほど。それで、正体は何だ?」

「分かりません。見たことないんで」

「弱点は?」

「分かりません。胸の宝石が思いっきり怪しいんですが、そこが弱点だとの確証はないです。ごめんなさい」


 まあそうだろう。フェイスの言う事ももっともだ。知識や経験がなければ判断はできない。


「じゃあ、どう攻略するかだな」

「どうしましょうか。とりあえず、僕たちは身動きが取れませんね」

「そうだな。それが功を奏しているとは思わないか?」

「どういうことですか?」

「あの、半透明な赤い奴が出てきた」

「こっちを閉じ込めて油断しているのでしょうか?」

「最初はいなかったからな」

「じゃあチャンスじゃないですか。アルカディアの霊力子ビーム砲で吹き飛ばしちゃいますか?」

「先ほど、それは使わないと言ったばかりだが。フェイス。お前は阿呆か」

「でも、それを使わないとこの雪山から出られませんよ。ララ様」

「テレポートがあるだろう」

「今使うのはちょっと。帰りの霊力が心配です」

「アルカディアはこのままにして私を外に出せ」

「えーっと。凍えますよ」

「短時間なら問題はない」

「多分マイナス30度位ですけど」

「少しくらいは我慢する」

「勝算は?」

「これだ」


 私は宇宙軍用の光剣レーザーソードを見せた。


「光剣ですか。効くんですかね」

「さあな。これの刀身が非常に高温であることだけは事実だ。雪と氷の魔物には最適な武器だろう」

「なるほどですね。上手く行くといいんですけど、失敗した場合はどうしますか?」

「私が動けなくなった時点で撤退しろ。そして、マユ姉様を呼んで来い」

「えーっと。僕、マユ様は苦手なんですけど」

「ふん。貴様の悪だくみを全て見抜いているだろうからな。しかし、あの人に頼るしかないぞ。分かったな」

「はい。わかりました」


 フェイスは渋々納得したようだ。私は光剣の柄を握りしめる。そして正面にいる赤い半透明の魔物を睨みつける。


「フェイス。やれ」

「はい」


 フェイスは目を瞑り意識を集中する。彼の体は眩しく光り始め、同時に私の体も光り始める。次の瞬間、私は外へ放り出されていた。

 極寒の大気が頬に刺さる。帽子と髪が瞬間的に凍り付いたのが分かる。光剣を操作し、光り輝く刀身を現出させた。それをそのまま奴の心臓へ突きさす。


 赤い宝石はそのほとんどが蒸発し、一部は砕け、細かい粒になり散っっていった。

 それと同時に私の体も氷に覆われた。

 

 しまった、動けない。


 あの宝石が急所でなければ万事休す。

 バックアップはいない。


 私は珍しく焦ってしまった。


 目の前の赤い半透明の奴は灰色に変化し、そして砂のように崩れていった。

 

 倒した。

 同時に安堵する。


 吹きすさぶ寒風は止み、雲の晴れ間からは太陽が顔を覗かせた。


 眩しい陽光のお陰か、それとも魔物の力が失せたからなのか、私を覆った氷は蒸発していった。


 周囲の雪と氷も急速に縮んでいく。

 アルカディアを包んでいた雪山も小さくなって消えていく。

 数分足らずで周囲は早春の景色へと変化した。


 アルカディアの操縦席からフェイスが飛び出してきた。


「姫様。大丈夫ですか?」

「一時、全身が凍結したようだが問題ない。凍傷にもかかっていないようだ」

「やっつけたんですね」

「多分な」


 不思議なことに、あの大量の雪が解けた気配はない。あれだけの雪が一気に解けたならこの辺りは水びたしになるだろう。しかし、地面には水たまりなど何処にもなかったし、枯れ草の間から緑の新芽が芽吹いていた。雪と氷は消えていたのだ。

 大地の緑は次第に濃くなっていき、所々に花が咲き蝶や蜜蜂などの昆虫も飛びはじめた。落葉樹にも新芽が芽吹き、葉が開いてく。萌える淡い緑色に覆われたその地に、黒々とした草の生えていない場所があった。


 先ほど、あの赤い半透明な奴を倒した場所だった。


 胸の中心にあったあの宝石の欠片かけらをいくつか見つけた。


「フェイス。瓶か缶はないかな。この宝石を持ち帰る」

「何ですか?」

「不用意に触るな!」


 私が声をかけた時、フェイスは既にそのかけらを摘まんでいた。


「うぎやあああああ」

 

 フェイスは悲鳴を上げつつその欠片を手放した。

 彼の手と指は赤く腫れあがっていた。


「大丈夫か?」

「分かりませんけど、すごく痛い」

「すぐに冷やそう。待っていろ」

「はい」


 フェイスは目に涙をためて震えていた。

 私はアルカディアの操縦席からリュックを持ってきた。

 腫れあがったフェイスの手にタオルを巻き、水筒に入った冷水をかけてやる。


「うわああ。しみます。痛い」

「我慢しろ。すぐに戻るぞ」

「はい」


 私はサバイバルナイフを使ってその欠片を水筒の中に納めた。

 フェイスと共にアルカディアに戻る。テレポートで元の場所へ戻らなくてはいけない。今のフェイスは使い物にならない。


「元の場所へ戻ってくれ」


 私の呼びかけにアルカディアは応じてくれた。


『了解しました。カメリア宮殿地下三階の格納庫へとジャンプします。操縦士ドールマスターと法術士は所定の位置へ着いてください』


 フェイスを後席に押し込み、私は前席に座る。そして両脇にあるクリスタルに手を乗せる。


『これよりテレポート開始します。急激な霊力の消費にご注意ください』


 操縦席は光に包まれる。そして瞬間的に暗転する。

 

 私達は元の場所へ戻っていた。そこはカメリア宮殿地下三階の格納庫。アルカディアの前にはマユ姉様とミサキ姉様が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る