第2話 銀狐のフェイス
目が覚めた瞬間、あたりを見渡す。
昨夜のアレは夢であったのだろうか。
夢であると思いたい。しかし、クレド様の残した芳香がまだ微かに漂っている。
ラベンダーの様な香りが胸にしみる。
やはり夢ではなかった。
昨夜、確かに女神クレド様はここへ来た。それは間違いがなかった。しかも、自分の心を救ってくれと言っていた。
「この私に心を救えだと……。冗談もほどほどにしてほしいものだな」
「冗談なんかじゃないよ。本当のことさ」
「!?」
また驚いてしまった。私の独り言に反応する者がいたのだ。
ベッドの脇に一匹の子狐がいた。銀色の毛並みをしているそいつが、昨夜クレド様が話していた銀狐のフェイスなのだと直感した。
私は呆けた顔をしていたのだろう。その銀狐はあくびをしながら話し始めた。
「何驚いているのさ。クレド様から話は聞いているだろ? ボクが銀狐のフェイスだよ。クレド様の
「クレド様に眷属がいたとは初耳だが、何の用だ?」
「信用してないね」
「当たり前だ。そもそもお前の様な狐風情が人語を喋っているだけで奇怪なのだからな」
「ボクの姿が気に入らないのかい?」
「そ、そんなことはないぞ。お前の容姿は……好きかもしれない。人語を喋る四つ足の獣が珍しいだけだ」
「ふーん。そうなの? ボクのこと好き?」
「勘違いするなよ。お前の容姿は好きかもしれないが、それはお前が好きだという話ではない」
「まあいいや。ララ姫、さっそく出かけようよ。さあ着替えて」
「着替えてって、どこへ行く気だ?」
「クレド様を救けに行くに決まってるじゃないか」
「えーっと。そうなのか?」
「そう。たくさん暴れると思うから、戦闘服がいいんじゃないかな。さあさあ」
「分かった。すぐに着替えるからお前は向こうを向いてろ」
「え? 姫様は着替え見られるのが恥ずかしいんだ」
ドガッ!
私はフェイスを蹴飛ばしていた。奴は壁にぶつかり動かなくなった。泡を吹いて目を回している。その隙にパジャマからグリーン系の迷彩服に着替えブーツを履く。髪はいつものツインテールにはせず愛用のNinjaキャップをかぶる。宇宙軍用の光剣とサバイバルナイフ、32口径のリボルバーを腰に吊るして皮手袋をあてる。朝食替わりのクラッカーをリュックに詰め、水差しに入っていた冷水を水筒にいれそれもリュックに詰める。
クラッカーをかじりながら、泡を吹いて目を回しているフェイスを足でつつく。
「おい。準備はできたぞ」
「あ。あれ。ここはどこ?」
「寝ぼけるなフェイス。さあ案内しろ」
「あ、思い出した。姫様、あんな蹴りを入れられたら普通死んじゃいますよ。ボクはクレド様の眷属だから大丈夫だったけど」
「クレド様の眷属だからと言って、乙女の着替えをのぞいていい道理はない」
「覗くなんて言ってなかったじゃないですか。早とちりなんだから」
「ふん。男なら気を利かせろ」
「分かりましたよ。夜が明ける前に行きましょう」
フェイスの言葉に頷き部屋を出る。外はまだ暗く日が昇るのはあと一時間以上はあるだろう。宮殿の廊下には人影はなく照明も夜間用の照度の低いものであった。その薄暗い廊下を迷うことなく進んでいくフェイス。
「お前はこの宮殿のことは詳しいのか?」
「クレド様の眷属ですからね。こんな場所なんてお手の物ですよ」
「クレド様が関係あるのか?」
「当然です。全知全能の女神様ですから」
「そうだな。それはいいからどこへ向かっている?」
「地下へ行きます。鋼鉄人形の格納庫ですよ」
「そんな所へ何の用があるんだ」
「へへへ。それは行ってからのお楽しみ。さあ行きましょう、裏道から業務用のエレベーターに乗りますよ」
「そんなところまで知ってるのか」
「当然」
そう。この宮殿には裏方である使用人や世話係が行き来する裏側の通路が存在する。バックヤードと表側を円滑につなぐ通路であるが、素人が入り込むと途端に迷子となるような複雑な造りになっている。そこを迷わず進むこの銀狐はやはり只者ではなかった。
荷物用の大型エレベーターに乗り地下へ降りる。地下二階に出てさらに階段を使い地下三階へと向かう。地下一階には帝都防衛騎士団の鋼鉄人形や戦車が格納してあり、地下二階にはその整備施設と武器弾薬庫がある。地下三階には現在使用されていない鋼鉄人形が保管されている。この使用されていない鋼鉄人形は予備機というより歴史的遺産と言った方が正しい。この場所に鋼鉄人形が保管されていることを知るものは少ない。
「ここに何の用だ?」
「もちろん、鋼鉄人形を拝借する為ですよ」
「馬鹿な。ここに保管してある奴は歴史的遺物だ。動かしたことがばバレたら大目玉を食らうぞ。地下一階のゼクローザスを使えばいいじゃないか」
「姫様分かってないですね。ゼクローザスを借りてもすぐにバレるじゃないですか。でもここのアルカディアならバレたりしませんって。めったに人が来ないんだから」
「それもそうだな」
確かに、ここは人の出入りがほとんどない。一般人は立ち入り禁止になっているからだ。
私はその場で立ち止まり辺りを見回す。そこには旧式化して退役した鋼鉄人形が十数機佇んでいる。過去の遺物であり、呪いの人形と呼ばれた古い世代の鋼鉄人形だった。
※鋼鉄人形とは
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