大魔王からは…
峠野 菜乃
第1話
カツ、コツ、カツ。
豪華絢爛、しかして不気味なる、闇の眷属たちの城。その城内に、1つ、ゆっくりと歩む音。
戦いのさなか、その喧噪―怒声、悲鳴、剣戟の音のなかで、その足音はむしろ「静かに」アランの耳に届いた。
後ろから聞こえたそれに、アラン―人類の希望たる、勇者アランは振り返る。
目に入ったのは、筋骨隆々たる堂々の体躯、およそ人のものでない蒼緑の肌。この距離からでも否応なしに
上階への階段の中腹からこちらを見下ろして、そいつはゆっくりと目を細める。その表情は、穏やかであるのにも関わらずひどく禍々しい。
思わず、冷や汗が垂れた。
…ここまで、何百もの魔物を、何十もの魔族を、何人もの魔王をも打倒してきた、勇者とその仲間たち。けれども、そうだけれども、これは、この凄まじいまでの存在感、おぞましいまでの威圧感は。
戦士の身体が目に見えてこわばる。
魔道士が思わず息を呑む。
神官は青ざめながら、神への祈りを口にする。
勇者だけが、その表情を変えない。
本当なら、アランも同じように、目の前のそれが酷く恐ろしいと、できることなら戦いたくないと、そう認めてしまいたかった。逃げ出したい、自分たちなら逃げ出せるだろうと、そう何もかも放棄してしまいたかった。
…だが、しかし、だ。
勇者アランは唾をのむ。
もし、もしもここでアランが退けば、この人型をした災禍はたやすく人の領域にまでその手を伸ばすだろう。村々は潰され、町は壊され、都はいとも無残に犯される。そこにいる人々の暮らしが、命が。そしてともしびのように繋いできた希望が、いとも無残に踏みにじられる。
それは。それだけはいけない。それだけは、許してはならない。
だから勇者は剣を抜いた。
…別の道も、あるにはあった。こんなことをしなくても、アランほどの能力があれば、どこか他の大陸へでも逃げ死ぬまで遊んで暮らすことも、あるいは不可能ではなかった。
…だが。
アランは知ってしまったのだ。
魔王の災禍を防がんがため、目を充血させ、歯ぎしりをしながら国務に向かう大臣がいることを。
魔物に襲われた町の唯一の医者が、助けた命よりも救えなかった命のために、毎夜毎夜、教会で一人懺悔をしていることを。
滅んだ村の、唯一の生き残りの少女が、ただ生き残ってしまったと泣いていたことを。
そいつの笑みが、いっそう深くなる。
「貴様。名は何という、人の子よ」
知っていた。こうなるのは、とっくの昔から知っていた。
「俺の名はアラン。アラン・レオンハート。我が祖国から勇者の名を戴きし、貴様を打ち倒すものだ…!」
「クハハ、良い答えだ!勇者よ、ならば我も応えよう!我が名はゼオウ・ガ・ヴァルガザルムス。この大地、この空、この世界の一切を滅ぼさんとするもの。…故に。魔族も、人も、我を等しくこう呼ぶのだ」
それでも、アランはこの道を選んだのだ。なぜなら。
「大魔王、と!」
大魔王からは… 峠野 菜乃 @tougeno
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