服を選んで
テスト前の日曜と言うのは、勉強をする為にあるというのが、今までの私の考えだった。
朝から机に向かって教科書やノートを広げて、復習に勤しむのが当たり前。断じておめかしして男の子と遊びに行くなどとあり得ない事だった。
だけど、そのあり得ない事が起こってしまっていた。勉強をサボって男の子と一緒にお出かけなんて、コールドスリープする前の私なら、とても考えられない事だ。
しかも男の子と二人でお出かけするのなんて、考えてみたら初めてで。桐生君を誘った時は深くは考えてなかったけど、後で家に帰ってよく考えたら、色んな心配事が浮かんできた。
まず第一に服装の問題。今までデートなんてしたことなかったけど、いったいどんな服を着ていけばいいのだろう?
お出かけ前日の土曜日の夜。私は自宅の自分の部屋で、タンスの中にある服を全部引っ張り出してみたけど、中々コーデが決まらない。
だってしょうがないじゃない。私のファッションセンスなんて、十五年も前のものなんだから。
目覚めてから今までずっと、周りの変化に戸惑うばかりで、どんな服が流行っているのかなんて、考える余裕が無かった。
流行りの服なんてすぐに変わるというのに、これは致命的だ。ファッション雑誌を参考にしたらどうかとも思ったけど、変に気合の入りすぎた服だと相手に引かれてしまうこともあるって、十五年前に読んだ雑誌に書いてあった気がする。
そもそもこれを、デートと呼べるかどうかは分からないんだけどね。ちょっと遊びに行くだけだし。もしかして緊張しているのは私だけで、桐生君の方は近所のコンビニに行くくらいの気持ちでいるのかもしれないし。
うーん、それだったら私も、変に凝った服を着ていかない方がいいのかなあ?
そんな風にあれこれ考えてみたのだけど、中々考えがまとまらずに。ついに私は、あの人を頼る事にした。我が家で唯一、こう言う事に関してアドバイスしてくれそうな人、幸恵さんを!
少し前までは失礼な態度をとっていたのに、手の平を返して助けを求めるなんて図々しい気もしたけど、幸恵さんはいつも私にこう言ってくれていた。
『困った事があったら、何でも相談してね。学校の事でも、家の事でも。それに、恋の事でもね♪』
とまあこんな風に。別にこれは恋の相談と言うわけではないけれど、桐生君と出かける為の服が決まらないなんて聞いたら、幸恵さんは張り切って協力してくれる気がした。
時計を見ると、午後八時。お父さんは今日も仕事で遅いから、相談するなら今しかない。私はそっと部屋を出ると、階段を下りて、リビングで駿君と一緒にテレビを見ていた幸恵さんに声を掛けた。
「あの、幸恵さん」
「あら棘ちゃん、どうしたの?」
「実は、その……相談したい事があるのですけど」
「相談? 相談って、棘ちゃんが私に?」
キョトンとした様子で、目を丸くする幸恵さん。うう、やっぱりちょっと、図々しかったかな? ついこの間まで避けていたのに、何言ってるんだって、思われているかも?
しかし、どうやらそれは杞憂だったようで。幸恵さんは最初こそビックリしたように固まっていたけど、すぐに笑顔になって。両手で私の手を、がっしりと掴んできた。
「棘ちゃんが私に相談⁉ 良いわよ、何でも聞いちゃって!」
キラキラと目を輝かせる幸恵さん。これはこれで、何だか相談しにくい気もするけど。すると話を聞いていた駿君まで。
「お姉ちゃんの相談……僕も手伝いたい」
そんな事を言ってくる始末。うーん、男の子の意見を聞けるのはありがたいかもしれないけど、駿くんはまだ小さいしねえ。あんまり参考にはならないかも。ここは気持ちだけ受け取っておくとしよう。
「ゴメンね俊君。お姉ちゃんの相談って言うのは、とっても難しい事でね」
「僕も手伝いたい」
「だからね、駿くんにはちょっと、難しい事なの」
「僕じゃ……ダメなの?」
途端にしょんぼりとした顔になる駿くん。そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでよ!
こうしていると、何だか虐めたみたいで、とてもいたたまれない気持ちになる。弱いんだよねえ、こういう空気。
「……分かった。駿くんにも、手伝ってもらおうかな」
「うん! 手伝う!」
さっきのションボリ顔はどこへやら、すぐに笑顔になった駿くん。まあいいか、この子は笑っていた方が可愛いし。
「それで棘ちゃん、相談って言うのは?」
「え、ええと。その……明日どんな服を着ていけばいいかで、悩んでいるんですけど」
「明日? 棘ちゃん、どこかへお出かけするの?」
「はい……学校の友達と」
嘘は言っていない。わざわざ桐生君の名前を出さなかったのは、言う必要がなかったから。断じて桐生くんと二人きりで出かけるのを知られるのが、恥ずかしいなんて思っているわけじゃ無いから!
しかし、女の勘とは鋭いもの。幸恵さんは何かピーンときたようで、食い気味に尋ねてくる。
「その友達って、もしかして桐生君?」
「は、はい。そんなところです」
「もしかして、二人きりでお出かけするの?」
「……まあ」
「――——ッ! デートね!」
「違います!」
慌ててそう言ったものの、どうやら幸恵さんの中ではもう、デートで決定なようで。まるで自分の事のように嬉しそうに、目を輝かせている。
「デートだなんて、青春してるわねえ。それに服で悩むだなんて。実は私もお父さんと初めてデートした時、どんな服を着ていこうか、散々迷ったのよ」
「お、お父さんとのデートですか?」
お父さんとのデート。あの強面で道を歩いていたらすれ違う人みんなが目を背けるような、お父さんとのデート。何だか全然イメージができない。お父さんと幸恵さん、手を繋いで街を歩いたりしていたのかなあ?
「もしかして、二人で出かけるのは初めて? 初デート⁉」
「いえ、出かけたことは以前にもありますけど、あれはデートと呼べるものでは……って、今回も違いますよ!デートじゃありません!」
「照れなくてもいいから。大丈夫、お父さんには内緒にしておくからね」
「話を聞いてください! でも、お父さんには言わないでくれると助かります!」
「ふふふ。それじゃあお父さんが帰ってくる前に、どんな服にするか決めましょうか」
やる気満々の幸恵さん。それからはもう、彼女の独壇場だった。
場所を私の部屋に移して、片っ端から服を見ていって。このスカートが良いだの、この組み合わせが可愛いだの言っては、次々と着替えさせられて。私はさながら、着せ替え人形にでもなった気分だった。
だけどそうして着替えているうちに、ふと思った。そう言えばこの服って、いつ買ったんだろう? タンスの中にあったのはいずれも、眠りにつく前に持っていた服じゃない。そもそも
十五年も前の服なんて、傷んでて着ることは出来なくなっているだろう。と言う事は……
「あの、この服ってもしかして、幸恵さんが用意してくれていたんですか?」
「えっ? まあ、ね。棘ちゃんがいつ目を覚ましてもいいように、お父さんと相談して」
やっぱり。きっとそれは、幸恵さんの発案だろう。お父さんだと、こう言う所にまで気を回せないだろうし、それに中々オシャレな服のセンス。お父さんでなく幸恵さんが選んでくれたのは明白だった。
目が覚めてから、何も考えずにこれらの服に袖を通していたけど、こう言う所にも気を配ってくれていたんだ。
「幸恵さん……」
「何、棘ちゃん?」
「ありがとう……ございます」
「……どういたしまして」
にっこりと笑う幸恵さん。もしかしたら、お礼を言ったのなんて初めてかもしれない。
「お姉ちゃん、こっちの服は? きっと似合うよ」
駿君も服を見ながら、どんなのが良いか考えてくれている。
幸恵さんや俊君とこんな風に話ができるだなんて、少し前だと考えられなかった。これからはもっと、たくさん『ありがとう』って言って、沢山言葉を重ねていきたい。いままで避けていた分、本当に沢山……
その後服選びには多大な時間を要したけど、何とか選ぶことができた。最終的に二つに絞って、最後は駿君にどっちがいいか選んでもらったのだ。駿くんが選んでくれたのは、白いシャツとベージュのフレアスカートだった。
私はそんな俊君の頭を、そっと撫でる。
「ありがとね俊君。明日はこれを着ていくから」
「うん、デート頑張ってね」
「うん……って、デートじゃないから」
まだ小学一年生なのにデートだなんて、どこで覚えたんだろう? どうやらこの子はおませさんだったみたいだ。
何はともあれ幸恵さんと駿君のおかげで、どうにか服装は決まった。ありがとね、二人とも。
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