これってデート?

 約束の十時まであと五分。私は待ち合わせ場所である駅の前に立って、そわそわしながら桐生君を待っていた。

 出掛けようと誘ったのは私からだけど、今はすごく緊張している。昨日幸恵さんから俊君から何度も言われたけど、これってデートになるのかなあ?したことがないから、今一つ分からない。

 髪、乱れてないかなあ? 服は問題ないよね。何せ幸恵さんと俊君が一生懸命選んでくれたものなのだから。


 オシャレして出かける私を、お父さんは特に疑う事無く見送ってくれた。お父さん、ファッションセンスがイマイチだから、ちょっとオシャレしたくらいじゃ、変化に気付かなかったみたいだ。

 幸恵さんにも口止めをしておいたから、桐生君とお出かけする事がバレる心配はないだろう。テスト勉強をサボってしまうことに、ちょっと罪悪感はあるけど。

 ゴメンね。帰ったらちゃんと、勉強するから。


 かくして相応の準備をして挑んだものの、待ち合わせの時間が近づくと、妙に緊張してしまう。ただ友達と遊びに行くだけなのに、どうしてだろう?

 時計を見ると、十時まであと二分。ドキドキしながら待っていると、不意に後ろから肩を叩かれた。


「よお、お待たせ」


 聞き覚えのある温かな声。振り返るとそこには、半袖のシャツにデニムのズボンという出で立ちの、桐生君の姿があった。


「悪い、ちょっと遅くなった。待ったか?」

「ううん、全然」


 そう返事をした時、ちょうど駅の時計が十時を知らせる鐘を鳴らした。どうやら本当に時間ピッタリだったようだ。


「一応聞くけど、今日行く所は全部俺が選んでよかったんだよな。行きたいところとかないのか?」

「大丈夫。あの後考えてみたけど、私が選ぶ場所だと、桐生君楽しめないと思うから」

「ちなみにその場所ってのは、どんな所だ?」

「ええと、ファンシーショップとか、スイーツの美味しいお店とか」


 これらはコールドスリープする前、仲の良かった女友達とよく一緒に行っていた場所。だけど男の子には、ちょっとハードルが高いかな?

 すると桐生君は、案の定苦笑いを浮かべる。


「確かにそれは行きにくいかな。絶対に無理ってことはないけど。龍宮ってさあ、眠る前は男と遊びに行く時もそんな所に行ってたのか?」

「ううん。今のは女子同士で行ってた所。だいたい、男子とどこかに出掛けたことなんて無いし」

「え、マジか?」

「なに、その反応?あ、でも全く無い訳じゃないか。目が醒めてからは」


 もっともそれは、この間桐生君に連れられてたい焼き研究所に行った時や、お母さんに会いに行くのに付き添ってもらった時の事なんだけど。

 我ながら全然男っ気が無いとは思う。別に男子を避けてる訳じゃなかったんだけどね。だけど話を聞いた桐生君は、少し顔をしかめた。


「男と出掛けたことあるのか?誰だよそいつ?」


 誰って、桐生君の事だよ。たぶん桐生君は、こんな風に待ち合わせして遊びに行く姿をイメージしているから、学校を抜け出したりお母さんに会いに行った自分の事とは思っていないのだろう。でも、何だか面白いからこのままにしておこう。


「ナイショ。さあ、それより早く行こう」


 急かされた桐生君は、渋々といった様子でこの話題を終わらせる。ただそれでも、相手はどんな奴だ、仲が良いのかとブツブツ呟く桐生君を見るのは、やはり面白かった。






 桐生君に任せた今日のプラン。何となく街をぶらつくものだと思っていたけど、桐生君は駅の中へと入り、二人分の切符を買ってきた。


「どこか遠くに行くの?」

「ちょっとだけな。けど、ちゃんと夕方には帰すから安心しろよ」

「そんな心配してないよ!」


 そんなやり取りがあった後に、列車へと乗り込む私達。

 車内は混雑していて座ることができず、ドアを背に立って、そのまま揺られていく。途中列車が大きく揺れて、乗客に潰されそうになったけど、桐生君が私の背中の壁に手を伸ばし、覆うようにして守ってくれた。


「潰れないよう、気を付けろよ」

「う、うん」


 吐息がかかるくらいの位置にまで顔が近くなってしまった。もう少し離れてもらった方が助かるけど、生憎車内は混みあっていて狭いから、そういうわけにもいかない。

 すると座席に座っていた高校生くらいの女の子の一団が、こっちを見ながらなにやら話をしている。


「見て、あの人格好よくない?」

「本当。壁ドンされてる子は彼女かな?羨ましい」


 桐生君は格好良いから、何かと目立ってしまうよう。壁ドンが何の事かはわからなかったけど、羨望の眼差しを向けられているこの状況はかなり恥ずかしい。


「ねえ、いったいどこに向かってるの?」

「ついてからのお楽しみだ」


 桐生君は頑なに、どこに行くのかを教えてくれない。せめて後どれくらい、列車に乗らなければいけないかだけでも言ってもらえたら助かるのに。


「桐生君、この状況楽しんでない?」

「さあ、なんの事かさっぱり分からないな」

「……嘘つき」


 結局目的地も分からないまま、しばらくの間流れに身を任せるしかなかった。

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