行き先は水族館
列車に揺られること一時間。ようやく駅に降りた私は、桐生君がどこに連れて行こうとしているかを悟った。
「桐生君、行くのってもしかして」
「ああ、龍宮、ここには絶対に来たことないだろ」
駅を出てすぐの所に、近くの水族館への行き道を記した案内板が設けられていた。けど、こんな所に水族館なんてあったの?この辺りはあまり来たことが無いけど、それでもこんなものがあったのなら知らないはずが無い。
「水族館なんていつ出来たの?」
「俺が小学生の時だから、四、五年前かな?龍宮、その頃はコールドスリープしてたからできたことも知らなかっただろ」
もちろん初耳だった。眠っている間に、随分とお洒落なものができたんだねえ。
だけど水族館かあ。綺麗な魚も、可愛いイルカも好きだから、ちょっとワクワク。それに、デートには定番のスポットだし……いや、別にこれが、デート呼べるものなのかどうかは分からないけどね。
「そ、そう言えば桐生君は、ここには来たことあるの?」
「まあな。最近は御無沙汰してるけど、何回かは」
「ふ、ふうーん。それって、女の子と?」
もしや彼女と一緒に来た思い出の場所とか?何せ定番のデートスポットだからね。
別に良いんだけどね。もしそうだとしても、その時の経験を活かすのは間違ったことじゃないし。全然気にしてないよ、全然。
「なに思いっきりしかめっ面してんだよ?確かに女連れではあったけど」
「やっぱり彼女と来たんだ!」
「違う、来たのは渚とだ。しかも小学生の頃。更に渚の親同伴で!」
そうなの?
よくよく話を聞くとこの水族館ができてすぐに、渚ちゃんの家の家族サービスに同行させてもらったらしい。どうやら桐生君、渚ちゃんの両親とも仲が良いみたいだ。
「やっぱり、昔から渚ちゃんと仲良かったんだね」
ほっとした反面、それでもちょっと悔しい。桐生君にとって渚ちゃんは妹みたいなものだろうけど、それでもお互いのことをよく知っているわけだし。そう考えると、やっぱりつい羨ましいって思ってしまう。
「今度はなにショゲてんだよ?もしかして、ここじゃない方が良かったか?」
「ううん、そうじゃないの。ただ私って、桐生君のこと何も知らないんだなあって思って」
得意な教科も、趣味も知らない。たい焼きが好きだと言う事はかろうじて知っているけど、それだけで、他に好きな料理なんかもまるでわからない。
だけどこれを聞いた桐生君は肩をすくめる。
「そんなの当たり前だろ。知り合ってからまだ日は浅いんだから」
「そりゃそうだけど……」
「俺だって龍宮のこと、まだ何にも知らねーよ。だからこうして、遊びに行ったり話したりするんじゃねーか」
それは……確かにそうかも。
いけないいけない。もっと桐生君のことをわかりたいあまり、どうやら少し焦ってしまったようだ。
「そうだね。ごめん、変なこと言って。行こうか」
「だな」
気を取り直して、水族館へと歩を進める。だけど途中、ふと見た桐生君が遠い目をしていることに気がついた。
「……やっぱり、眠りたくねーな」
それはよく耳をすませてないと、聞こえなかったであろう小さな呟き。
正直私も、桐生君にコールドスリープしてほしくないって思う気持ちもある。だって眠っちゃったら、もうこうして遊びに行くことも、話をすることもできない。桐生君の事をもっと知りたいのに、それすらもできなくなってしまうのだ。
自分が眠っていた時とは違う、待つ側の気持ち。お母さんは待つのに耐えきれなくなって、お父さんは十四年も私を待ってくれていた。じゃあ、その二人の子供である私は?もし桐生君が長い間コールドスリープしてしまったら、起きるのをずっと待っていられるの?
桐生君の心臓がどれくらい悪いのかは分からないけど、話が出ている以上、コールドスリープした方が安心はできる。
だけど無責任に進めるわけにはいかない。それに何より、心のどこかで眠らないでほしいって願ってる。せっかく仲良くなれたのに、そんなの嫌だよ……
チクリと胸を刺すような痛みが走り、思わず足を止める。
私は身勝手だ。この前はコールドスリープするべきだと言っておいて、今は勝手に寂しがってて。少しの間立ち止まっていると、先を歩く桐生君がこっちを振り返る。
「どうした?」
「何でもない、今行くから」
余計なことを考えるのは止めよう。今は桐生君と一緒にいられるこの時間を、しっかりと受け止めたい。
溢れ出しそうな想いを飲み込みながら、桐生君を追いかけて行く。
もしも後になって今日の事を思い出した時、モヤモヤしていて楽しめなかった思い出しか無いなんてなったら、寂しすぎる。
放課後の買い食いでも、お母さんに会いに行くわけでもない、桐生君との初めてのお出かけなのだから。どうせなら楽しまなくちゃ損だ。
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