カワウソとツーショット

 可愛らしい海の生き物が展示されている水槽を眺めながら、私達は館内を進んで行く。

 水族館なんて、来たのはいつぶりだろうか?うんと小さい頃、どこかへ旅行した時に行った気がするけど、よく思えていない。元気良く水槽の中を泳ぎ回る魚達を眺めるのは思った以上に面白く、時間を忘れて眺めてしまう。


「あ、この魚、綺麗」

「ニモだな。ディズニーの映画にもなった熱帯魚」

「え、そんな映画あるの?」

「ああ……お前が寝ている間にあったんだけど、悪い、無神経なこと言った」

「別にいいよ。それより、その映画今度見てみたい」


 コールドスリープしている間に世の中が変わってしまったことなんて、もうとっくに受け止められるようになっている。変化にショックを受けるよりも、今この瞬間を楽しんだ方が良いってことだって、ちゃんと分かってるよ。

 そう思えるようになったのも、きっと桐生君のお陰なのだろう。桐生君がいなかったら、私は未だに立ち止まったままだったかもしれない。


 続いてやって来たのは、沢山の海の魚達が大きな水槽。優雅に泳ぐその姿に見とれていると、同じように水槽を見る、私達と同い年くらいのカップルも目に入ってきた。

 手を繋いでいて、とても仲の良さそうなカップルで。見ていて羨ましいって思ってしまう。

 あーあ。私もあんな風に、もっと桐生君と仲良くできたらなあ。あ、付き合う云々じゃなくて、純粋に仲良しになりたいって思ってるだけだからね。


「どうした?浮かない顔して」

「何でもない。次に行こうか」


 そうして移動した先にあったのは、生き物とのふれあいコーナー。魚の餌やりや、亀に触ったりすることができる場所だけど、私はある生き物を見て思わず声を上げた。


「何あれ、すっごく可愛い!」


 そこにいたのは、なんとも可愛いらしい双子のカワウソ。ケージの中をちょこまかと動き回り、時にじゃれ会うその姿に、私の目は釘付けになった。


「カワウソか。たしか、前に来た時はいなかったな。こういうの好きなのか?」

「そりゃあもう。だってこんなに可愛いんだもん。ええと、動画ってどうやって撮るんだっけ?」


 スマホを取り出して操作するものの、未だに使い慣れてはいないんだよね。四苦八苦していると桐生君が「貸してみろ」と言ってスマホを取り上げ、簡単に操作していく。


「ほら、あとはタップすれば撮れるから」

「ありがとう。わあー、こっち向いたー」

「何ならカメラの連写の撮り方も教えてやろうか?」

「え、そんなこともできるの?やるやる」


 様々な機能を教えてもらいながら、愛らしいカワウソの姿をおさめていく。そうしてはしゃいでいるとスタッフの女性が、声をかけてきた。


「よろしければ、触ってみますか?」

「え、いいんですか?」

「はい。今はこの子達も濡れていませんから、抱っこすることもできますよ」

「やります!」


 二つ返事で答えて、一匹を腕の中に抱える。もぞもぞと動いてくすぐったかったけど、つぶらな瞳がとても可愛くて、思わず顔がニヤけてしまう。


「龍宮」

「え、何?」


 返事をするとその瞬間、シャッターが切られた。いつの間にかこっちにスマホが向けられていて、きっとだらしなく笑う私の様子がバッチリおさまったことだろう。


「ちょっと、勝手に撮らないでよ」

「そう言うなって。いきなり撮らないと、いい顔は写せないじゃないか」

「だからって……だいたいこんなだらしの無いモノなんて撮っても、面白くないでしょ」

「んなことねーよ。可愛いんだからさ」

「可愛っ⁉それこそあり得ないことだから!」


 桐生君の言う可愛いなんて当てにならない。まるで呼吸をするかのように、口を開けばホイホイ言うんだもの。どうせそうやって煽てていれば機嫌が取れるとか思っているんだろうけど、その手には……


「ん、なに言ってるんだ?お前だって可愛いって言ってたじゃねーか。そのカワウソ」

「えっ?あ、ああ。この子のことだったの?」

 

 そっちかー!

 恥ずかしい。一瞬自分が可愛いって言われたものと、誤解してしまった。

 そうだよね。普通に考えて、可愛いのはカワウソの方だよね。桐生君だって、可愛いこの子の姿を撮りたいって思うのは当然だろう。自分が可愛いって言われなかった事なんて、全然気にしてなんか……


「悪い、嘘。確かにそいつも可愛いけど、龍宮だって可愛いから、つい撮っちまった」

「――――ッ!」


 思わずカワウソを抱いていた手をゆるめてしまった。しかし幸いにも落下したカワウソはピタリと着地して、スタッフのお姉さんへと駆けていく。


「何やってんだよ?」

「桐生君がおかしなこと言うからでしょ!ごめんなさい、その子、大丈夫ですか?」


 心配したけど、カワウソは元気一杯。お姉さんはその子を抱えて、こちらに笑みを向ける。


「ちょっとビックリしちゃったみたいですけど、平気ですよ。いいですね、素敵な彼氏さんがいて」

「違っ、彼氏じゃ……」

「そう言ってもらえて嬉しいですよ。すみません、写真お願いできますか?彼女とのツーショットを」


 誤解を解こうししたのを遮るばかりか、増長させるような言い方をし、スマホを渡す桐生君。私は慌てたけど訂正する間もなく、今度は二人ともカワウソを渡される。


「ちょっと、誤解を解かなくていいの?」

「別にいいんじゃね?困るようなことでもないだろ」

 それはそうだけど……この間学校でも似たようなことがあったし、桐生君はこういうことはあまり気にしないのかな?それとも……


 つい都合のいい妄想をしてしまう。もしも冗談でこんなことをしているのなら、止めてほしい。あんまりふざけすぎると、勘違いしちゃうから。


「彼女さん、もっと笑って。撮りますよー」


 ぎこちないけど何とか笑みを浮かべ、ツーショットを撮ることに成功した。写真って、こんなに緊張するものだっけ?


「さて、そろそろイルカショーが始まるけど、行くよな」

「もちろん」


 カワウソも可愛いけど、イルカだって見てみたい。写真を撮ってもらったお礼を言って、ふれあいコーナーを後にする。

 だけどイルカショーに向かいながら、ふと思ってしまった。どうせなら私のスマホでも、撮ってもらえばよかったなあって。


 データは桐生君のスマホにあるのだから、頼めば写メで送ってくれるだろうけど。ちょっとこっ恥ずかしい気もするけどやっぱり欲しいし、あとでお願いしてみよう。

 桐生君とのツーショットなんて、あとどれだけ撮れるか分からないのだから。

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