躊躇いの理由

「はあっ?コールドスリープ!輝明が⁉」


 目を見開いて、驚きの声をあげる渚ちゃん。どうやら桐生君の心臓の事は知っていても、コールドスリープのことは初めて聞いたみたい。


 病院を出た後渚ちゃんが、どんな話をしたのか詳しく聞きたいと言ってきたから、今は私の家に連れてきていた。

 桐生君に続いて連れてきた友達に幸恵さんは喜び、珍しく早く帰っていたお父さんは連れてきたのが女の子ということに胸を撫で下ろしていた。もっとも渚ちゃんは、そんな安心したお父さんの目力に圧倒されてちょっと怖がっていたようだけど。

 かくして二人して私の部屋で腰を下ろし、何があったのかを話したのだけど。


「渚ちゃんも、コールドスリープの事は知らなかったんだね」

「初耳ですよ。手術をするとか、薬を飲んで何とかするとか言う話は聞いていましたけど、コールドスリープするなんて」

「正確にはコールドスリープの話が上がってるってだけで、桐生君にその気はないみたいなんだけどね。お父さんの世話にはなりたくないって、頑なになっちゃってるから」

「お父さんの……本当にそれだけが理由ですかねえ?」


 え、どう言うこと?他に何か、気になることでもあるのだろうか?

 私は桐生君の家の事情を、話の上でしか知らない。だけど実際に目の当たりにしたことがあるだろう渚ちゃんは、どうも違和感があるようだ。


「どうしてそう思うの?もしかして、実はそんなに親子仲は悪くないとか?」

「いいえ、そういう訳じゃ無いんですけどね。仲良くは無いんですけど、だからと言って意地張って、世話になりたくないって言いますかね?普段はそのお父さんから貰ってる大量のお小遣いを、湯水のごとく使ってるのに」

「そう言えば……」


 桐生君の羽振りのよさを思い出す。お父さんの力を借りたくないのなら、あんな風に普段からお金を使いまくったりはしないだろう。


「輝明、お父さんのことはそういうものだって割りきってる感があるんですよ。好きではないけど、利用できるものなら利用しとけって感じで。お父さんの方もそれで文句はないみたいで」


 それは随分と冷たい関係だ。実の親子なのにそんな風になってしまっているというのは、他人事とはいえやはり悲しい。


「良い関係とは言えないというのはわかります。でも実際に問題は起こっていなかったんです。輝明、家では窮屈な想いをしていても、外では居場所がありましたし」

「それじゃあ、今まで心臓の治療はどうしてたの?」

「それはもちろん、輝明のお父さんが医療費は出してると思いますよ。いくらなんでも、病院にも行かせずにほったらかしになんてできませんからね。だからおかしいんですよ、今回に限って拘るのが」


 確かに。話を聞く限りでは、桐生君がどうして急に心変わりをしたのかがわからない。


「渚ちゃんは、心当たり無いの?急にお父さんとの折り合いが悪くなったとか?」


 もしかしたらこの前、私とお母さんの衝突を目の当たりにしてしまったのが原因では無いだろうか。

 あれを見て、お父さんと世話にはなりたくないって思っちゃったんじゃ?

 だけど渚ちゃんは、首を横に振る。


「それもたぶん、違うと思いますよ。ていうか、これに関しては、私より先輩の方がよくわかってるんじゃないですか?」

「私が?」

「たぶんですけど、余計なことを考えすぎてるんです。なぜコールドスリープしたくないか、もっと単純に考えてみませんか?先輩は経験者なんですから、わかるはずでしょう?」


 コールドスリープしたくない理由?そう言えば、私はどうだっただろう?

 確か最初コールドスリープの話が出た時は、凄く怖かった。安全性が確かめられた医療行為だということはわかっているのに、一度眠ったら二度と起きられないかもって気がして、決断するのに時間がかかってしまったっけ。


 桐生君も、やっぱり不安があるのかなあ?

 お父さんの話を持ち出したのは、そんな不安な気持ちを誤魔化すため?桐生君はよく嘘をつくから、十分に考えられる。

 あと私は、いったい何を心配していたんだっけ?先に進んでしまう同級生、何年も会うことができない友達達。そうだ、私が不安に思っていたのは……


 そこまで思考を巡らせた時、部屋のドアをコンコンと叩く音が聞こえた。目を向けるとそっとドアが開いて、駿くんが顔を覗かせてきた。


「お姉ちゃん。お父さんがゴハンだって。あと、そっちのお姉ちゃんも食べていくと良いってお母さんが言ってた」

「え、私も?」

 どうやら幸恵さん、桐生君が来た時と同じく大張りきりらしい。けど私としても、ぜひ渚ちゃんに食べていってもらいたい。幸恵さんの料理、美味しいから。


「せっかくだから食べていってよ。」

「……僕からもお願い」

「駿くんまで。分かりました、でもその前に先輩、一つ答えてもらっても良いですか?」

「先輩は、輝明の事は好きですか?特別な意味で」


 え、いきなり何を言い出すの?戸惑っていると私よりも早く、話を聞いていた駿くんが口を開いた。


「僕はお姉ちゃん好きだよ。あと、同じクラスのミサちゃんも好き」


 ニコニコと無邪気に笑う駿くん。こんな風に素直に好きと言えたらどれだけ良いことか。渚ちゃんはそんな駿の頭を優しく撫でる。


「うんうん。駿くんは良いね、好きな人がたくさんいて。それじゃあ先輩、今の答え、私じゃなくて輝明に言ってください」

「ええっ、何で⁉」

「必要なことだからですよ。ちゃんと思っていることを伝えないと、輝明だってきっと応えてくれませんもの」


 だからと言って、そんなハードルが高いことを。そりゃ私だって、言いたくない訳じゃないけどさ。

 渚ちゃんは返事も聞かずに、話は終わったと言わんばかりの様子で、駿くんと共に部屋を出て行く。


「駿くん、それじゃあ私の事は好き?」

「うん。僕も中学生になったら、お姉ちゃんと同じ学校に行って、一緒に通う」

「ははっ、ありがとう。でも駿くんが中学生になった時には、私はもう大人になってるよ。そもそも私、中学生じゃなくて高校生だからね」

「ええーっ、嘘だー」


 仲良く話ながら出ていく渚ちゃんと駿くん。けど、ちょっぴりヤキモチだ。駿ったら何だか、私より渚ちゃんの方に懐いてる気がして。まあ長い事私が壁を作っていたのが原因なんだけどね。けどこんな風に考えてしまうということは、ちょっとは打ち解けて来たって思っていいのかな?


 その一方で、やはりまだ桐生君の事は気になっている。

 私はコールドスリープをした時、いったい何を不安に感じていたっけ?そして目が醒めてから今まで、いったい何があった?

 頭の中を思考が駆け巡る。答えを探しながら、私も部屋を出て行った。

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