放課後、病室で……

 授業が終わった放課後、部活にも入っていなくて、教室に残って楽しくお喋りをするような友達もいない私は、中央病院に足を運んでいた。


 十四年もの間ここで眠っていて、今でも検査のため定期的に訪れている病院。だけど今回は目的が違う。いつもは一人で来ているけど、今日は渚ちゃんも一緒なのだ。


「渚ちゃん、部屋はわかる?」

「ええと、たしか二階の奥の病室って聞いてます」

「それならこっちだよ」


 私は方向音痴だけど、長年通い慣れた病院だ。どこに何があるかはちゃんと把握している。

 先導しながら歩いていき、やがて一つの病室の前で立ち止まった。そこは複数の患者さんが入院するような所ではなく、個別の部屋。そして部屋の前のネームプレートには『桐生輝明』と書かれていた。


「本当に入院してるんだ」


 わかってはいたけど、こうして来るまで実感がなかった。

 渚ちゃんから意味深な話を聞いた次の日から、桐生君は学校を休んでいた。最初は風邪かサボりだと思っていたけど、それが三日も続くと、さすがにおかしいと思った。

 電話をしても繋がらないし、渚ちゃんなら何か知っているのではと思って尋ねたところ、返ってきた答えは。


『そうですか。先輩には、話していないのですね。輝明、今入院してるんです』


 入院って、何で?病気?それとも事故?

 混乱する私を落ち着かせるように、渚ちゃんは言ってきた。


『私も詳しいことは知らないんですけど、今日お見舞いに行くつもりです。よかったら、先輩もご一緒しませんか?いえ、絶対に来るべきです』


 事情はさっぱり分からない。だけどこの前渚ちゃんが言っていた、桐生君の抱えている『何か』と関係があるような気がして。案内されるまま、ここまでやって来たと言うわけである。

 この病室の中に、桐生君がいる。だけどここまで来たと言うのに、戸を開けるのを躊躇してしまう。


「先輩、早く」

「分かってるよ。開けるね」


 引き戸のノブにそっと手をかける。だけど私が開けるよりも先に、中から戸がガラリと開かれた。


「わっ!」

「おっと失礼。あれ、棘ちゃん?」


 中から出てきたその人は、ビックリした顔で私を見る。だけど驚いているのは私も同じ。

 だって出てきたのはよく知っている石塚先生だったのだから。


「石塚先生、何でここに?」

「何でって、僕は医者だよ。病院にいるのは当たり前だよ」


 それはそうだけど、問題なのはどうして桐生君の病室から出てきたのかってこと。だって石塚先生の専門は……


「先輩、知ってる人なんですか?」

「うん。私を担当してくれている先生」

「そうなんですか?あ、今中に入っても大丈夫ですか?」


 驚いている私と違って、話を進めていく渚ちゃん。石塚先生はニッコリと笑いながら返事を返してくる。


「もう話も終わったし、問題ないよ。そういえば棘ちゃん、彼と同じ学校だったね。友達?」

「ええと……はい」

「面会終了までまだ時間はあるから、二人ともゆっくり話をしてくると良いよ」

「はい、ありがとうございます」


 ペコリとお辞儀をする渚ちゃん。だけど私は、別の事が気になってしかたがなかった。


「あの、石塚先生はどうして桐生君の所に……」

「ごめん、僕からは答えられない。守秘義務があるからね」

「そうですか……」


 そう言われてしまっては仕方がない。サヨナラを言って、改めて病室の戸に手をかける。

 開かれた戸の奥には一台のベッドが置かれていて、その上で体を起こしているのは……


「なんだ、騒がしいって思ったら、お前らだったのか」


 まるで学校の廊下で会った時の挨拶のような軽い調子でこちらに目を向ける、病院服を着た桐生君の姿があった。




 渚ちゃんはともかく、私は今日まで桐生君が入院したことを知らなかった。桐生君だって、私が来るなんて思っていなかっただろう。にもかかわらす驚いた様子もなく、自然な感じで私を迎え入れる。

 だけど私は分からないことだらけ。なぜ入院することになったかも、未だに知らされていない。


「桐生君……体、大丈夫なの?」

「調子は悪くないかな。って、そう大袈裟な顔するなって。別にいつものことだから」

「いつもって……」


 私はその『いつも』というのを知らない。桐生君もそんな私の様子を見て何か思ったのか、今度は渚ちゃんに目を向けた。


「渚から話を聞いた訳じゃないのか?」

「こんな大事なことを人任せにしないでよ。ちゃんと伝えなきゃいけないって思うのなら、自分から言って」

「……違いないな」


 まだ状況が飲み込めない私をよそに、桐生君は納得したようにため息をつく。そして渚ちゃんは、まだ来たばかりだと言うのに入り口の方へと向かう。


「私、ちょっと席を外しますから。話をするのならその間にお願いしますよ」


 そう言ってそそくさと病室から出ていく。気を使ってくれたのだろうか?

 残された私と桐生くんの間には何とも言えない重い空気が流れている。けど、いつまでもこうしていても仕方がない。私は思いきって切り出した。


「ねえ、根本的なことなんだけど、桐生君はどうして入院したわけ?」

「あいつ、本当に何も言って無いんだな。さっきも言ったけど、大したことないからな。ちょっと発作を起こしただけだよ」

「発作って、何の?」


 すると桐生君は自分の胸の上にそっと手を持っていき、その左側を服の上から指差した。


「心臓。普段生活する分には問題ないんだけどよ、たまに発作を起こすんだ」


 問題ないって……それで入院までしたんでしょうが。

 しかし衝撃を受けている私と違って桐生君の方は、まるで世間話でもしているかのように緊張感がない。何かの冗談で、私をからかおうとしているの?いや、これは……


「本当、なんだね?」

「ああ……」

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