家族 後編

「駿のこと、よろしくね。それじゃあ、そろそろご飯にしましょう。すぐに準備するから、ちょっとだけ待っててね」

「はい……」


普段なら幸恵さんのご飯は極力食べないようにしていたけど、今日は素直に言うことをきこう。今までさんざん酷い態度をとってきたのだし、ちょっとくらいはね。


「もう大丈夫そうだな。じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」

「うん、今日は色々ありがとう。ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」


そんな会話をしていると、キッチンに向かおうとしていた幸恵さんが足を止めた。


「あら、何を言ってるの?アナタも食べていくんでしょ?」

「えっ?」


帰ろうとしていた桐生君の動きが止まる。そう言えば家に上がる時、そんな話をしてたっけ。だけどどうやらその場の流れで返事をしただけで、本気でおよばれするつもりは無かったみたい。しかし、幸恵さんの方はそうではなかった。


「食べていってくれるわよね?」

「いや、でも……」


チラチラと向ける視線の先にあるのは、まるで般若のような顔で睨んでいるお父さん。口に出さなくても、『コイツも一緒か?』と思っているのが丸分かりだ。

私としてはお世話になったのだからご飯くらい食べていってもらいたい気もするけど、桐生君にとっては味もわからなくなるような気まずい食卓になることは目に見えている。ここは桐生君側について帰ってもらう方向で話を進め……


「良いわよね、アナタ?」


私が動く前に、幸恵さんが尋ねた。いや、どう見ても良くないと思うんだけど?


「いや、彼にも都合があるだろうし。無理に誘うわけには……」

「あら?せっかく棘ちゃんがお友達を連れてきてくれたんですもの。このまま帰ってもらう方が失礼じゃないかしら?」

「いや、しかしだな」

「良いわよね?」

「……お前がそう言うなら」


なんと、お父さんの方が折れた。

てっきり猛反対して桐生君を追い出すつもりだと思っていたから、これは意外だ。

それに、不機嫌なお父さんを黙らせてしまった幸恵さんは何なの?今まではちょっと気弱な印象があったんだけど、ひょっとしてそうじゃないのかなあ?


「なあ、おまえの家力関係っていったいどうなっているんだ?」

「私も今それが凄く気になってるよ」


そもそもこの二人、どうやって知り合って結婚までこぎ着けたのだろう?

今だから考えられるけどお母さんと別れて、私を引き取ることになったお父さんは凄く大変だっただろう。もしかしたらそんなお父さんにとって、幸恵さんは必要な存在だったのかもしれない。

これまで目を背けていて知ろうともしなかったけど、今度聞いてみようかな。


「お父さんのお許しも出たことだし桐生君、食べていってくれる?」

「それじゃあ、まあ……」

「決まりね。すぐ用意するわ」


幸恵さんはウキウキとした笑顔で、今度こそキッチンへと向かって行く。だけど残された桐生君はお父さんの視線に耐えかねている様子だ。


「桐生君、平気?ごめんね、無理に誘っちゃって」

「いや、助かるよ。夕飯の当ては無かったから、ちょうどいい」

「どうする?ご飯ができるまで、私の部屋に行く?」

「……おい、それは良いのかよ?」


えっ?だってここでお父さんと一緒に待ってるのは気まずいでしょ?ほら、心無しかさっきよりも更に表情が険しくなってる気がするし。だけどっ桐生君は、ため息をつきながら提案してくる。


「どうせなら龍宮の弟、駿だっけ?そいつを紹介してくれないか」

「え、駿君を?」

「頼む。このままじゃここにいてもお前の部屋行っても、どの道針のむしろだ」


ああ、なるほどね。どうやら相当、お父さんの事を恐れているみたい。

そう言えば小学校の頃も、家に男の子の友達を呼んだけど、お父さんを恐がって二度と遊びに来なくなったこともあったっけ。昔から男の子に対しては厳しい父だった。

最初からこんなお父さんだと知ってたら、桐生君は家に来ただろうか?ちょっと疑問に思ってしまう。

けど駿君を加えるのは良いアイディアかも。これならお父さんも、文句は言ってこないだろう。


「いいよね、駿君と遊んでも」

「……好きにしろ」


ぶっきらぼうに答えて、そっぽ向くお父さん。愛想は無いけど、許可がおりてよかった。それにこの提案は、私としても助かるかも。今まで関わろうとしなかった駿君と、話す良いきっかけになるかもしれない。


「駿君は二階にいるから、ついてきて。案内するわ」


桐生君を連れて、リビングを出て行く。去り際にお父さんの「娘には手を出すなよ」って声が聞こえたけど、聞かなかったことにしておこう。

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