家族 中編
私と桐生君とでは、抱えている事情が違うけど、それでも辛い思いをしてきたことに変わりはない。そんな彼の前で、無神経な事を言ってしまった事を悔やむ。
すると、今度は幸恵さんが神妙な面持ちで語り始める。
「棘ちゃん、今まで黙っていてごめんなさい。お母さんのこと、話さない方がいいって言い出したのは、私の方なの」
「幸恵さんが?」
「コールドスリープから目が醒ましてすぐは、周りの変化が大きすぎて、心に負担がかかるって聞いてたから。ショックを少なくしなきゃって思って、私からお父さんに言い出したのよ」
信じられない。するとそんな幸恵さんをフォローするように、お父さんも閉じていた口を開く。
「棘、お前がまだ、幸恵の事を受け入れられずにいるのは知っている。だけどこれだけは覚えておけ。幸恵はずっと、眠っているお前の事を気にかけていたんだ。起きた時に、自分の娘として迎えられるよう、必死でな」
ちょっと待ってよ。
告げられた言葉に、頭がまるで追い付かない。だって幸恵さんからすれば、私は邪魔なんじゃないの?前の奥さんの子供なんて、いたって迷惑なだけじゃない。
だけどお父さんは、静かに問いかけてくる。
「幸恵が今まで一度でも、お前を蔑ろにしたか?目が醒めてから退院するまで、毎日病院に通ったのは誰だったか。幸恵がどんな気持ちでお前と向き合ってきたのか、よく考えてみろ」
思い出されるのは、病室での出来事。
起きたはいいけど、お父さんとお母さんは離婚していて。仲の良かった友達は皆遠い存在になっていて。そんな現実が受け入れられずに、ベッドの上で塞ぎ込んでいた。
そんな中幸恵さんは私の様子を見に、毎日病院を訪れていたっけ。
けれど私は、それが凄く嫌だった。お母さんに何があったか知らなかった私は幸恵さんの事を、お母さんを追い出した敵みたいに考えていたから。
実際お母さんは、手のかかる私に愛想をつかして出ていってしまったのだけど。
だけど、幸恵さんは実の母でさえ見放した私の事を、放っておいたりしなかったのだ。拒絶して、時には酷い言葉をぶつけた事もあったけど、それでもずっと。
もちろんだからと言って、すぐに心変わりできるほど、簡単には割り切れない。理由はどうあれ、やっぱりお母さんの事は話してほしかったって思うし。
事情もわからないまま変わってしまった結果だけを突きつけられても、受け入れられないもの。
ちゃんと話を聞かないと、幸恵さんのことだって納得できるわけないじゃない。もしかしたらコールドスリープする前、お父さんがあまりお見舞いに来れなかったのだって、それなりの理由が有ったのかもしれない。なのにそんな事を考えもしないで、目に映るものだけで全部わかったつもりになっていた私は、浅はかだったと思う。
けど、だったらやっぱり話を聞かせてほしかった。聞いたところで信じなかったり、言い訳しないでと拒絶したかもしれないけど、言ってくれなきゃわからないもの。
「……急に分かってなんて言われても、そんな事できないよ」
「棘……」
「だからちょっとだけ、時間をちょうだい……」
それが今の私の精一杯。戸籍上は三十でも、中身は十六歳の子供なんだ、急に切り替えられるほど大人じゃない。だけどこんな話を聞かされて、駄々をこね続けるような子供でも無い。少しずつ、受け入れていくしかないのだ。
だけどこんな答えでも、幸恵さんは嬉しかったようで、表情が明るくなる。
「うん……ありがとう棘ちゃん。ごめんね、色んな事黙ってて。これからはちゃんと、話していくから」
「お願いしますよ。でないと幸恵さんのこと、信用できませんから」
相変わらずの悪態。お父さんは呆れたようにため息をついたけど、叱ったりはしなかった。
「そうだ。それとね、駿のことなんだけど」
「駿君?」
そう言えば、帰ってから一度も見ていない。もう六時過ぎてるし、遊びに行ってるなんて事もないだろうけど。
「駿君って、今どこにいるんですか?」
「二階よ。棘ちゃんから連絡が無いから、お父さん怒っちゃってたでしょ。それであの子怖がって、部屋に避難しちゃってるのよ」
「おいっ!」
途端にお父さんが声をあげた。
「怖いとはなんだ。俺は別に、駿には何も言って無いぞ」
「何も言わなくても、顔と雰囲気だけで十分怖いのよ。あの子、『お姉ちゃんを怒らないで』って心配してたわよ」
「しかし……俺って言うほど怖いか?」
何やら考え込んでしまったお父さん。
娘の私が言うのもなんだけど、確かに怖いとは思うよ。今だって黙っているだけなのに、妙に迫力あるし。ふと横を見ると桐生君も同じ事を思っていたのか、目があって二人とも苦笑する。
「お父さんのことはともかく、駿の話に戻るわね。蕀ちゃんが私を受け入れられないのは仕方がないわ。だけどお願い、駿とは仲良くしてあげて。あの子は腹違いでも、れっきとした棘ちゃんの弟なんだもの」
「弟、ねえ……」
うん、分かってはいるよ。けど、今一つ実感が乏しいんだよね。
「あの子ね、棘ちゃんが目を醒ますのを、凄く楽しみにしてたのよ。お姉ちゃんができるんだって言って。コールドスリープの解除が決まった時、一番喜んでいたのは駿なのよ」
「そ、そうだったの?」
それは知らなかった。
いきなりできてた弟には戸惑いしかなくて、まともに話すことすらできなくて。幸恵さんも私がこんなツンケンした態度をとっていたから、言えなかったんだろうけど。
しかしそうなると、悪いことをしたって思う。退院してから今日まで、駿と遊んだことも無かったし。決してイジメていた訳じゃないけど、我ながら酷い姉だとは思うよ。
「なあ龍宮、弟さんのことは、その……」
「わかってる。あの子はそれこそ、何も知らないわけだし。ちょっとくらい仲良くしても……いいかな?」
桐生君にまで言われたら、頷く他無い。桐生君もお母さんの都合で急に知らない家に連れていかれ、いきなり兄弟ができたって話だし。きっと駿君の話を聞いて共感したのだろう。
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