夜の街で 3
これでもコールドスリープする前はさ、結構前向きだったんだよ。これで自分を苦しめていた病気とサヨナラできるって思って。
長い間眠るのはちょっと怖かったけど、眠っている間は意識が無いから、怖いなんて思わないはずだし。
元々献身的に私を見てくれていたお母さんはちょっと泣いてたけど、しっかり眠るのよっておかしな励ましをしてくれて。仕事人間だったお父さんも、頑張れって言ってくれた。
仲の良かった友達も、目が醒めたら必ず会いに来るって約束してくれたし。だけど……
「思っていた通りにはならなかったってことか?」
話を聞いていた桐生君が、しんみりした声で聞いてきて、私はコクリと頷いた。
「同い年だった友達も、目を覚ましたら二九歳だったんだよ。わかっていたはずなのにいざ目にしてみると、何だか私だけ置いていかれた気がして」
「コールドスリーパーあるあるらしいな。回りとのギャップに苦しむのって」
「そうだね。何人かは結婚して、子供までいて。何だか遠い世界の人みたいに思えたよ。そういえば赤ちゃんを見せてくれたけど、ちゃんと可愛いって言えてなかったかも。失礼なことしちゃったかなあ?」
「別に悪気があって黙ってたわけじゃないんだろ。きっと向こうだって分かってくれてるって。でも、いい友達じゃないか。十年以上経ってるのに、ちゃんと会いに来てくれたんだろ」
それは本当にありがたいって思う。当然だけど、皆もう働いていたり、または家事に追われていたり 。忙しいはずなのに、約束を守って会いに来てくれたんだから。だけど……
「皆私が眠っている時に、何があったか話してくれたけど、全然実感がなくて。眠ってたって言うより、別の世界に迷い込んだみたいな感覚だったよ。まるで、『世にも○妙な物語』みたいな……あっ、今の子はわからないかな?」
「いや、それ今でも時々テレビでやってるから」
そうだったのか。好きなドラマだったから、今度見てみるのもいいかも。まあそれはさておき。
「思っていたこととのズレが、思ったより大きくて困ったよ」
「それじゃあ、起きたらやりたいこととかは無かったのか?せっかく目が覚めたんだから、何か楽しもうとはしないのかよ?」
「そういわれても。例えば、また皆で一緒に食べたいって思ってたコンビニの焼きたてパンはあったんだけどね」
「お、いいじゃないか。そういう小さな事でも、結構楽しめたりするんじゃないか?」
言いたいことはわかる。私もお見舞いに来てくれた友達に、それとなくこの話をしてみた。昔皆で買い食いしていた時を思い出しながら。が……
「そのコンビニ、今はファ○マに吸収されて一軒も残ってないんだって」
「それは……御愁傷様」
十四年も経てば、色んな事が変わる。本当に細かいことだけど、皆が当たり前に受け止めているそれらを聞くたびに、私だけが回りとは違うんだって言われているような気がしてならなかった。
「サングラスかけてるタレントが司会をしてた某お昼の番組も、知らないうちに終わってるし。あ、今の若い子は知らない……」
「知ってる。俺も昔見てた」
「今は解散した、SM○Pってアイドルグループのことは……」
「それも知ってる。スゲー最近の事だ。つーかアンタの悩みって、食べ物やテレビの事だけなのかよ?」
「これって結構重要だよ。回りと話が合わないと、孤立していっちゃうもの」
実際そのせいで、私は学校でクラスの輪に溶け込めないでいる。他にも色々理由はあるかもしれないけど、大きな一端を担っているのは間違い無いだろう。
「まあ確かに、一人だけズレがあるって辛いわな。そういや、復学することにしたのは自分の意思なのか?それとも、親に言われたから?」
「両方。やっぱり高校まではちゃんと出ておきたかったし」
だから目覚めてからの半年、リハビリと一緒に勉強にも力を入れて、春から学校に通い始めている。
だけど復学したその日、教室で自己紹介した際に、担任の先生がクラスの皆に言ったのだ。
『実は龍宮はコールドスリーパーで、戸籍上は三十歳なんだ。目が醒めたのが半年前で、まだよく分からない事もあるだろうから、皆フォローしてやってくれ』
……何を言ってくれるんだこの先生は。
分かってる。先生に悪気はなくて、むしろ善意で言ってくれたって事くらい。だけどその結果、私がコールドスリーパーだという事はすぐに学校中に広まってしまって。クラスの人達は、歳の離れた私に近寄り難いらしくて。結果クラスには馴染めなくて、寂しい思いをしているけど。
けど、学校に馴染めないのなんて些細な事。一番辛かったのはやっぱり……
「おかしいよね。闘病中より、治ってからの方が嫌なことが多いだなんて。何かもう、色んな事から逃げ出したいよ」
「だからこんな風に家にも帰らずに、外をウロついていたって訳か?アンタ、本当はそういうことをするタイプじゃないだろ?」
桐生君の言葉にギクリとする。確かにこんな遅い時間まで家に帰らなかったのは初めてだ。
「絡まれてた時は、そういうことに全然慣れていなかったみたいだし。さっきの話だと、勉強も頑張ってたようだしな。余計なお世話だとは思うけど、無理してこんなことしたって意味ないと思うぞ」
「そっちだってこんな時間まで遊んでるじゃん」
「それを言われると辛いな」
桐生君は苦笑したけど、言っている事は正しい。私がやっているのは、ただの逃避でしかないのだ。けど、私にだって色々と事情ってものがあるのだ。
「……まるで浦島太郎だよ」
「え、何だって?」
「浦島太郎。竜宮城で過ごして家に帰ったら、三百年経ってたでしょ。私は三百年もは寝てないけど、回りの環境なんかがガラリと変わってて、浦島太郎になったような気分かなって思って。あ、これ新しいあだ名の候補かも」
「どうしてそう自虐的なあだ名ばかり考えるかなあ?浦島太郎っていうより、眠り姫の方が良いんじゃね?お前可愛いんだから」
「カワ……」
突然の誉め言葉にドキリとする。
いや、落ち着け私。きっと桐生君は、誰にでもこういうことを言う奴なんだ。真に受けて嬉しくなってはいけない。
「というわけで眠り姫、そろそろ帰った方が良くね?十二時の鐘が鳴る前に」
「どういうわけよ?」
十二時の鐘が鳴るのは別のお話だ。それにまだ、日が変わるには数時間ある。とはいえ元々目的があった訳じゃないし、ここは素直に言われた通り帰ろう。
「ありがとね、話聞いてくれて。お陰でちょっとだけ、気が楽になったよ」
「別に。俺が聞きたかっただけだし。お前ん家、ここから近い?送っていくよ」
「ありがとう」
面倒かけて悪いとは思ったけど、またさっきみたいに絡まれても怖いし、素直に甘えることにした。
だけど直後、桐生君の行動に驚かされる事となる。公園を出てすぐに、彼はあろうことかタクシーを止めたのだ。
呆気にとられる私をよそに、乗るように促す桐生君。
「早く乗れよ。まさか今更帰りたくないって言うんじゃないよな?」
「違うよ。桐生君こそ何やってるの?タクシーなんて安くないでしょ」
ここから家までのタクシー代となると、たぶん払えない額では無いだろうけど、それでも高校生にとっては大きな出費となる。
にも拘らずこんなことをするだなんて。それにタクシーを止めた時の様子を見るに、何だか慣れた感じだった。
「もしかして桐生君、結構お金持ちだったりする?」
「たぶんな。もちろん金は俺が払うから気にするな」
そんなこと言われても、やっぱり気にするよ。いくらなんでも申し訳ないし。けどここでいつまでもゴネていたら、止まってくれた運転手さんに悪い。結局押しきられる形で乗り込み、桐生君も乗ってくる。
家の住所を告げて、タクシーは走り出す。
何だか今日はおかしな日だ。夜遊びしていたら絡まれて、そこを桐生君に助けられて。眠っていた十四年よりも、この数時間の方がよほど色濃かった気がする。
タクシーに揺られながら、隣に座る桐生君を横目で見る。随分と変わった人だけど、悪い奴じゃなさそう。
同じ学校の同級生だって言ってたけど何組なんだろう?もしも学校で話しかけたりしたら、迷惑かな?
そんなことを考えていると、桐生君がこっちを向いてきて目があった。
「何、じっと見つめて。もしかして好きになった?」
「なっ!?そんなわけないでしょ!」
いくら格好よくても、危ない所を助けてもらっても、そう簡単に好きにはならない。まあ、ちょっとだけ良いなとは思ったり思わなかったりしたけど。
「それは残念。俺は結構、アンタのこと好きになったんだけどな。異性として」
「えっ!?う、嘘でしょ?」
「ああ、嘘。そこまで惚れっぽくないし」
「――――ッ!バカ――ッ!」
羞恥で顔を真っ赤にしながら、ポカポカと殴る。桐生君は困った顔で止めるよう言っていたけど、乙女心を弄んだのだから許すわけにはいかない。運転手さんがこっちを気にしているようだったけど、構うもんか。
「ごめん、悪かったって。けど異性としてはともかく、アンタのことはやっぱり嫌いじゃないから」
殴っていた手が止まる。
こんな呼吸をするように嘘をつく人の言葉なんて信用できない。だけど嘘だとわかっているのに、何故だか胸が温かくなったような。ううん、こんなものは気のせいだ。
「……バカ」
言い捨てて、プイッとそっぽを向く。桐生君はそれ以上何も言ってこなかったから、真意は確かめられなかった。
けどまあ冗談だろう。たぶん、ね。
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