夜の街で 2
コールドスリープ。それは簡単に言えば、生きたまま眠り続ける技術のこと。
冬眠って言ったら分かり易いかな。熊なんかの動物が、冬になると長期間眠るみたいに、人間も長い間眠らせることが、今の医学では可能なのだ。しかも、何年も何十年も。
コールドスリープした人は、コールドスリーパーと呼ばれ、眠っている間は細胞の老化がほとんど無い。つまり、歳をとらないということだ。
そしてコールドスリープの最す大のポイントは、病気の進行もストップすると言うことにある。まだ治療法の見つかっていない病気があってもこの技術を使えば、眠っている間に治療法を確立させることができる。
また、臓器移植が必要な患者も、適したドナーが見つかるまで眠っておけば、病気が進行することもない。手術ができる可能性が、大きく広がるのだ。
そして私、
中学生の時に病気が見つかって、高校一年の途中で眠りについて。そうして十四年もの間、目を醒ますことがなかったのだ。
さて、そんなわけでずっと眠っていた私だけど、今は新たに確立された治療法のおかげで、無事病気は完治している。
ただだからと言って、人生が順風満帆になったかと言うとそうではない。
病気は完治したけど、眠りから醒たけど、その代わり大きな悩みを抱えてしまって。そして今はどういうわけか、夜の町で同級生を名乗る男の子に助けられて、近くの公園に来ていた。
さっきの所でいつまでもウロウロしていて、警察に見つかったら厄介だと言われて連れてこられたのだ。咄嗟にそんなことに頭が回るあたり、彼は大分遊び慣れているのかもしれない。
「カフェオレで良かったか?」
ベンチに座らせた私に自販機で買ったカフェオレを差し出す彼。私は素直にそれを受けとる。
「ありがとう。ええと……」
「ああ、そういや自己紹介がまだだったな。俺は
コクリ頷くと、彼……桐生君はすぐ横に腰を下ろした。
「で、さっきの話だけど、確かにアンタは有名だ。だけどそれはコールドスリーパーだから珍しがってるだけで、別に誰も悪いことは言ってないと思うぞ」
そう言った桐生君の目は澄んでいて、その場しのぎの嘘を言っているようには見えない。が……
「どうだか?桐生君が知らないだけで、きっと影では三十路の癖に制服着てるだの、シワシワババアだの言われてるんだよ」
「言うか!だいたい三十じゃそんなシワシワにならないし、ババアって歳でもないだろ」
「ふんっ、ピチピチのナウなヤングにとっては、三十は十分歳よりなんでしょ。この前見たテレビで言ってたもん」
「それは一部の片寄った意見だと思うぞ。つーかピチピチとかナウなヤングって……眠る前はそんな言葉が流行ってたのかよ?」
「ううん。私が起きてた頃も、既に死語だった」
「だったらわざわざ使うなー!」
近所迷惑も省みず、大きな声で叫び会う私達。だけどそうしているうちにだんだんと疲れてきて、私は貰っていたカフェオレに口をつける。すると桐生君も同じように缶コーヒーを飲みながら、今度はそっと語りかけてくる。
「なあ、アンタ相当荒れてるみたいだけど、コールドスリープから目覚めた後ってそんなに辛いものなのか?」
「まあね。覚悟はしていたけど、思っていたよりずっとキツかったかなあ。感覚的には一晩寝ただけなのに、十四年も経っているんだもの」
本当を言うと、実はこんなに長い間眠るつもりはなかった。だけど思っていたより新しい治療法の開発に難航したり、その治療方に認可がおりなかったりして、予定の倍くらい時間がかかってしまったのだ。目覚めてその事を聞かされた時は、やはりショックだった。眠っている間は一切の情報が入ってこないし、自分の意思も伝えられないから、こういった事は珍しくないらしい。
「目覚めた時、どんな感じだった?」
「別に普通。あれ、もう終わったのって思ったくらい。実際はすごい時間が流れてたんだけどね」
「起きてから、何か困った事はなかったのか?周りの人との認識の違いとか、生活環境とか?」
「そうだねえ……って、やけに聞いてくるね。どうしてそんなに気になるの?」
そう尋ねると、桐生君はちょっと困ったような顔をする。
「あー、実はな。俺の知り合いに、今度コールドスリープする奴がいて、それでちょっと」
「えっ、それって本当なの?」
「……ごめん、嘘。本当はただの興味本意だよ」
「…………」
気がつけば無言のまま、桐生君めがけて手刀を降り下ろしていた。
「いてえ、何すんだよ?」
「うっさいバカ!」
一瞬信じちゃったじゃない。反応に困るから、冗談でそういうことを言わないでもらいたい。
「聞きたいなら普通に聞けばいいでしょ。変に嘘つかなくても、教えてあげるから」
「マジか?」
「その代わり、楽しい話じゃないよ。たぶん、愚痴になっちゃうと思う」
もしかしたら、本当は私の方が聞いてもらいたかったのかもしれない。
目が覚めてから今まで、辛いことばかりだったから。さっき会ったばかりの子にこんな話をするのもどうかと思うけど、少しでも話して気を楽にしたい。そんな打算があったのかも。
「それじゃあ、何から話そうかな……」
私は記憶をたどりながら、一つ一つ語り始めた。
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