眠り姫JKは目覚めを待つ
無月弟(無月蒼)
夜の街で 1
私は酷く焦っていた。
ゴールデンウィークも終わった五月の半ば。私は眠ることを知らない夜の町の、ゲームセンターやカラオケ店等が並ぶ繁華街の一角で。緊張と恐怖で顔を引きつらせながら、必死になって声をあげていた。
「だ、だから、友達と待ち合わせしてるんです。ほ、放っておいてください」
拒絶の言葉をぶつける相手は、今会ったばかりの、数名の若い男達。だけどやっと出た声は震えていて、男達に動じた様子は無い。
「そんなこと言って。本当は一人なんでしょ?」
男の一人が、背中まである私の髪にそっと触れた。
触らないでよ!思わずその手を弾いて身を縮めたけど彼らは気にすることなく、むしろリアクションを見て楽しんでいるかのようにケラケラと笑う。
「そう嫌がるなって。傷つくなあ」
「反応が初々しくて可愛いねえ。でも君、こういう場所に慣れてないなら俺達と一緒にいた方がいいよ。この辺りはガラの悪い奴が多いから」
冗談じゃない、アンタ等がそのガラの悪い奴でしょうが。そう言ってやりたかったけど、声が出ない。
何なのこの状況?夜の町でしつこい男に絡まれるって、まるでドラマのワンシーンじゃないの!
学校の制服でこんな所をウロウロしてたのがいけなかったのかも。私は化粧っ気が全く無く、髪だって染めてない。自分で言うのも何だけど、ハッキリ言って地味だ。
だけどこんな格好でこんなところにいたため、目立って声をかけられてしまったようだ。
「あの、本当に友達と会わなきゃいけないんです」
掠れるような小さな声で、もう一度嘘をつく。本当は彼らの言う通り、私は一人だった。
特に何か当てがあるわけでもなく、家に帰るのが億劫だからブラブラしていたけど、こんなことになるだなんて。しかし、今更後悔しても遅い。
「じゃあさ。俺達と遊びながら、友達が来るのを待ってようよ。というわけで、とりあえず行こうか」
何がというわけなのか?しかし反論する間も無く、男は無理矢理私の手を掴むと、強引に連れていこうとした。
「ちょっと、放して!」
力一杯腕をふって、引き剥がそうとしたけれど、男の力が強くてとても離れない。焦って頭の中がぐちゃぐちゃになったその時……
「
不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、もう片方の腕を引っ張られた。
今度は何?ビックリして声のした方に目をやると。
「探したぞ龍宮。駅前で待ち合わせって言ってただろ」
そう言ってきたのは、栗色の髪をした高校生くらいの男の子。だけど名前を呼ばれたにも関わらず、私はその子が誰なのか分からなかった。
待ち合わせって、何の話よ?さっき確かに絡んできた男達にはそう言ったけど、あんなものはデマカセ。その場を乗りきるためについた嘘である。
ただ一つ確かなのは、こんな状況にも関わらず、現れた男の子を見て思わず、格好良いって思ったこと。
長身で切れ長の目。頭が小さくて美人な顔立ちは、間違いなくイケメンの部類に入る。どこの誰だか知らないけど、目に焼き付けておいた方が良いかなあ?
「あぁ?お前、この子の連れなのか?」
そうだ、バカなことを考えてる場合じゃなかった。
すると彼は私の肩に手を回すと、グイッと抱き寄せてきた。
って、何これー?訳がわからずに口をパクパクさせていると、彼はシレッとした顔で質問に答える。
「同じ学校のクラスメイト。それで龍宮、この人達は?大方場所がわからなくなって聞いてたってとこか?」
「う、うん……」
そう答えるしかなかった。彼が何者かは知らないけど、このまま男達に連れていかれるよりは、信じて話を合わせた方がまだマシだと思う。
幸い絡んできた男達は彼の話を信じたのか、肩透かしを食らったように気の抜けた顔になる。
「何だよ、本当に待ち合わせしてたのかよ」
「だったらそうだって早く言えよ」
何度も言ったのに。まあ嘘だったんだけどね。
男達はそれ以上絡むこともなく、残念そうにその場を去って行く。
助かった。ホッとした瞬間、全身がガクガクと震え出した。どうやら緊張の糸が切れたとたん、怖さが押し寄せてきたようだ。
「ふう、上手くいってよかった。って、お前顔色悪いけど、大丈夫なのか?」
「へ、平気」
膝から崩れ落ちそうになるのを堪えながら、何とか返事をする。それよりも、今はもっと気になることがある。
「と、ところでアナタ誰?どうして私の名前を知っているの?」
肩に回されていた手をほどいて、さっと身構える。
あんなことがあった後だ。いくら助けてくれたとしても、イケメンであっても、やはり警戒はする。すると彼は、肩をすくめて苦笑する。
「さっきも言っただろ。同じ学校のクラスメイトだって」
「え、あれって本当だったの?」
てっきりデマカセだと思ってた。だけど……
首を傾げて考える。いくら私がクラスの子と交流がないからって、こんなイケメンがいたら顔を覚えそうな気がするけどな?
するとその様子を見た彼は、再度苦笑した。
「嘘だよ。学校や学年は同じでも、クラスは違うから」
そうだったのか。何でそんな微妙な嘘をと思ったけど、この際それは置いておこう。別のクラスとなると、覚えてないのも無理はない。
けど待てよ。それじゃあどうして彼は、私のことを知っているのだろう?
「前に話したことあったっけ?」
「いや、これが初めて。でもほら、アンタ有名だし。顔と名前は知ってたんだよ」
「有名……」
その言葉を聞いたとたん、私の中にあった大切な何かが弾けた。そうか、私はそんなに有名なのか。だけど有名と言っても、いい意味とは限らない。では私の場合はどうなのか?それはこの反応を見れば分かるだろう。
「は、はは……」
「ん、どうした龍宮?」
「はははははっ。有名……そうだよね。私みたいなイタイ子、有名で無いわけが無いよね。他のクラスだろうと関係無いよね。皆で指差して笑ってるんだよね!」
「お、おい。急にどうした?別に誰も笑ったりはしてねえよ」
彼は戸惑ったように弁明したけど、その手にはのらないよ。だってさあ……
「嘘よ!三十路にもなって制服着て高校通ってる女なんて、イタイ奴だって笑い者にされてるに決まってるじゃない!」
三十路、それは紛れもない私の年齢。例え見た目が十代だろうと、戸籍上は間違いなく三十歳なのだ。
学校には、私より年下の先生だっている。これで後ろ指差されない訳がないじゃない!
「待て、落ち着けって。少なくとも俺は、お前の事を変な奴だなんて思ってねえから」
「……本当?」
「……ごめん、嘘。今さっき、ヒステリックで変な奴って思った」
「嘘つき!サイテー!」
一瞬嬉しくなったのがバカみたいじゃない。持ち上げて落とすだなんて酷いよ。
「でも、勘違いするなよ。お前の歳は関係無いから。だって仕方ないだろ。コールドスリープしてたんだから」
彼は困ったような顔をしながら、私の運命を変えたそいつの名前を口にした。
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