第2話男と少女と幼女と機械
彼女の後ろに立っている長身の男は、何を選ぶだろう。
「寒いのかい?」
男は、彼女が震える理由をそう捉えたようだ。だが少し的外れな気もする。今まさに雨に打たれている人物にかける言葉としては、明らかに不適切だ。彼は変わり者なのかも知れない。
少女は振り向かずに答えた。
「分からない。寒いような気もするけど、このままでも生きていけそうな気もする」
「そうか。それはきっと、良くないことだ」
少女は答えない。
雨に打たれるコンクリートや、雑草、それらがまるで自分よりも哀れだというように、ずっとそれらを眺めている。
男はさらに声を掛けた。
「そこに居てはいけない」
「なんで?私がどこにいようと自由でしょ?それともあなたまで私の自由を奪うつもり?」
「この町の雨は、全て悲しみで出来ている。戦中の悲しみ、戦後の悲しみ、隣人が悲しんだことによる悲しみ。だから、ここは雨が降り止まない。この雨は本来の雨じゃないからだ。どうしたって君を、洗い流してはくれないよ」
男がそう言うと、少女はようやく男と向き合った。
「私をどうするつもり?」
男は芝居掛かった口調で話す。
「俺の目的は、この町の涙を止めることだ。俺は君がそこ以外で涙を流してくれれば、それでいいのさ。これ以上、涙に涙を重ねる必要なんてない。良かったら、うちに来ないか。嬢ちゃん」
あまりにも高らかに男が話すので、少女は驚いたような表情をする。
男は少女と同じ異端者だった。この町を復興しようだなんて考える、大馬鹿者。
彼がこうして勧誘をするのも、一度や二度のことじゃない。数え切れないほどこうして同じ異端者を勧誘しては、非暴力をかかげて政治活動を地道にやっている。
だが、彼は基本こうして自分からどこにでも出向く為、その立派なはずのコートは損傷が激しかった。その穴からは、少女と同じ痣の跡がちらちらと覗いている。
そんな、下手に貴族を気取った貧乏人のような格好を面白く思ったのか、少女はぷっと吹き出して笑った。
「な!」
男はそれを見て、たじろぐばかりだ。
それもそのはず。泣いていたと思って話しかけた相手が、唐突に自分のことを見て高笑いをするのだから。
男は頬を赤く染める。
しばらく笑って、笑い疲れてから少女は言う。
「あなたも私と同じ変わり者なのね。いいわ、私を連れてって」
そうして、彼女は男の後ろをついていった。何の疑いもせず、ただただ純粋な彼の目を信じたのだろう。
「はあ」
一方、僕はそこらのコンクリートと一緒に雨に打たれていた。
機械だから、生憎感情はない。この雨に打たれたからといって、何かが起きるわけでもない。敢えて言うなら、体の錆が増えて、少し移動が不便になることが不快なぐらいか。
彼女を見習って、僕も雨に打たれながら一部始終を眺めていたが、今回も特別収穫はなかった。相変わらず人間の感情というものは理解しがたいもので、僕が人間になれる兆しはまだまだ見えない。
僕は真上を見上げる。
まるで、いつまでも晴れないこの雨雲のようだ。
そうしていたら、僕があの少女のように見えたものがいたらしい。背後から僕に声がかかる。
「寒いの?泣いてるの?」
おそらく、僕のフェイスに雨粒が付着して、それが泣いているように見えたのだろう。
「要らないお世話だよ。僕は感情なんてない」
そう言っているのに。
僕の体は、幼い女の子に抱え上げられてしまった。
全く。人間ってますます分からないよ。
だけど。
何となく、この雨はいつか晴れるような気がした。あの男が頑張っているお陰で、こうして少なからず人間に変化が起きているのだから。
「君、名前は?」
「う〜ん。せっかくだから、君が決めてくれよ」
時雨ツキル。 碧木 愁 @aoki_39
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