時雨ツキル。
碧木 愁
第1話データ
町は、一年中雨が降ることで有名な場所であった。路上や屋根、廃車のボンネットを雨が跳ねる音が、毎晩そこに住む者達の鼓膜を震わす。斜めになった高層ビルが、地鳴りのような悲鳴をあげるのももはや日常で、他のコンクリート質の物は全て酸で溶け脆くなった箇所から崩れ落ち、道路などはさながら荒れた人の肌のようになっている。
昔のテレビとやらでは、宇宙に飛ばした衛星やら、空中を飛び回るヘリコプターなどで、地上を観測、または雲の流れを観測し、その情報を民間に流すことが出来たらしいが、今はそんな技術も途絶えた為、生き残った民間人はここ以外の都市の状況も、自分達の座標も、年々忘れていっている。
皆、今はそんな歴史や地理の話ではなく、自分の目の前に突きつけられた現実をどうにかするので精一杯なのだ。
例えば、食料問題なんかは一番分かりやすいものだろうし、他で言えば、秩序が無くなったことによる暴徒多発化も無視出来ない。これらは人類の後退に直接繋がる問題であり、皆が抱えた恐怖そのものだ。
そうした目先のことしか考えられなくなった人類が、いつしか過去を忘れゆくのは必然的だろう。余裕のない環境から施される教育なんて、精々ナイフの握り方や、人の殺し方程度だ。だが、それもまだいい方で、そもそも親の顔を知らないで生きる少年少女は後を絶たない。
こうした世界の中で、何故世界がこうなったとか、何故雨は降り続けるのとか、そんな疑問を抱くことは、怪異の目で見られる結果となる。
実際、彼女はそうして集団から迫害された。
この町で誰かと群れを成していられることは、生存競争において最も有利だったが、彼女は見なくてもいいものを見ようとし、聞かなくてもいいことを聞いて知ろうとした。
だから、この有様。
一人屋根のないところで放置され、その小さい顔には数々の痣が出来ている。年齢はおそらく13歳ほどだろうか。
まあ、自分の歳を知ってるものなんてそれこそここには居ないから、それを確証つけられるものは何もないが。
僕は考える。
彼女が震えるのはどうしてだろう。
人間は見たものでしか判断出来ない。じゃあ、目で見たものが二つ以上の可能性を指し示していたら、彼らはどうやってその選択肢を選び取れるのだろう。
情報が必要しなくなった世界で、暴力が蔓延るこの町で、そこまで思考を張り巡らせる住人なんて、もはや皆無になってしまっている。
目の前のものが欲しければ他人を傷つけてでも取る。
そんな原始的な思考だけで生きていける世界で、この選択をちゃんと考えられたら、それは立派な異端者だ。
だけど、僕は悩む。
人間になる為に作られた僕は、人間がどうしてそういった経緯を辿るのかを観測し、電子回路に刻む義務がある。別に、今でも誰かに命令されている訳じゃない。だが僕の存在意義というものは、もはやそれ以外に考えられないし、僕もそれを容認している。これが人間でいう、課せられた運命ってやつだと思って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます