(30)告白

 私は青井を追いかけ、隣に立つ。

 満潮が近いのか、波打ち際は数歩先まで迫りつつあった。両端にある磯は完全に水没し、幅二十メートルほどの狭い砂浜に入るには、駐車場と繋がっている階段を使う以外にない。

 薄紅色に染まった小さな渚は、今は私たちふたりだけの空間だった。


「……まさか、鵜飼ちゃんが俺のこと好きだと思わなかった」


 私が階段の最下段に腰を下ろすと、青井がぽつりとこぼした。


「俺は魚住さんの話ばっかりしてたのに……。恋愛的な意味で好かれるなんて思わないじゃん」


 私は座ったまま青井を見上げ、「そうなの?」と目を細めた。


「だれかを好きになるのに理由なんていらないって、前に言ってなかったっけ?」


 青井は「言ったけど……」と口ごもる。ごまかすように眼鏡のフレームを指で押し上げてから、私に顔を向けた。


「とにかく、鵜飼ちゃんからの告白は俺にとって完全に予想外だった。三原くんと付き合ってるって聞いてたから、ますます油断してたんだよ」


 沖のほうから冷えた風が吹いてきた。

 鎖骨の下まで伸びた髪が巻き上がり、頬にまとわりつく。

 私は顔まわりの髪を整えながら、「どんなふうに告白されたの?」と話の続きをうながした。


「昇降口で鵜飼ちゃんに呼び止められて、いきなり『好きなんだけど』って言われたんだ」

「青井はなんて返したの?」

「『ごめん』って」

「それだけ?」

「他になにも言えなかった」


 私は「そう」とうなずいた。

「好きです」に対する返答が「ごめん」はなんだか噛み合っていないような気がした。でも、“そういうもの”なのかもしれない。恋愛にはよくわからないルールがたくさん存在するから。


「ねえ、なんで恋をしたら告白することになってるの?」

「そういえば、なんでだろうね」


 青井は私の隣にひとり分のスペースをとって腰かけた。

 恋人や友人にしては遠くて、でも他人にしては近い距離感。互いに手を伸ばせば、指先だけなら触れ合うこともできるだろう。


「俺の場合は……魚住さんに好きって想いを知ってほしかった。『届け、あふれる俺の愛!』って感じで。魚住さんが無反応すぎて、何度も告白しちゃったけどね。俺の気持ち、伝わってないのかなぁって」

「伝わってなかった」

「やっぱり」

「菜々子も、青井に恋心を知ってほしかったのかな」


 青井は「……わからない」と鈍い動きで首を横に振った。

 私は足もとに転がっていた割れた桜貝を蹴り飛ばす。

 恋愛感情を持っている青井でさえ、菜々子の想いがわからないなんて。私に菜々子の恋心を理解できるはずがなかったのだ。


「……それで、菜々子はどうしたの?」

「『そうだよね』って言って、昇降口から外に出て行ったよ」


 私は波打ち際に目を向ける。

 波が引いたばかりの濡れた砂浜に、朱色の夕日が映りこんでいた。


「鵜飼ちゃんは笑顔だったけど……無理してるようにしか見えなかった。それがかえって痛々しくて……。嘘でもいいから、『俺も好き』って言うべきだったのかもしれない」

「それはそれで菜々子は怒りそう」

「怒られたほうがずっとマシだった」


 青井の声は血を吐くような切実さに満ちていた。

 私は海の彼方へと視線を投げかける。

 真正面にある太陽は対岸の山際にますます接近し、いよいよ沈もうとしていた。


「……俺は鵜飼ちゃんを追いかけるべきだった」


 青井は赤みを増しつつある西日に照らされながら、慎重に話を続けてゆく。


「でも、どんな言葉をかければいいのかわからなかったし、振られた相手に慰められても嫌だろうなって……。怖じ気づいたんだよ。まっすぐに帰る気にもなれなかったから、屋上に寄って頭を冷やすことにしたんだ」


 青井の語り口は冷静だった。

 出来事だけではなく心境までも整理されていることから察するに、菜々子の死について何度となく想いを馳せてきたのかもしれない。


「屋上から海を眺めてたら、芝崎にひとがいることに気づいた。顔も服装もよく見えなかったんだけど……鵜飼ちゃんだって、直感した」

「菜々子はなにしてたの?」

「堤防に寄りかかって、海のほうを向いてた。……もしかすると、魚住さんに電話してたのかもしれないね」


 菜々子からの留守電メッセージには、風の音が入りこんでいた。青井の読みは、たぶん当たっている。


「鵜飼ちゃんも俺と同じように頭を冷やしてるのかなって思った。芝崎がお気に入りの場所だって聞いたことあったし。でも、一方的に鵜飼ちゃんを観察しているのも気まずいから、屋上を出て鍵を返しに行って……職員室の前で魚住さんに会ったんだ」


 台風の日、職員室から出てきた青井はいつもと変わらない軽薄な態度だった。あのときはまだ、青井も菜々子が死ぬなんて思っていなかったのだろう。


「魚住さんから鵜飼ちゃんと連絡がとれないって話を聞いて、嫌な予感がした。いくら芝崎から夕焼けを見るのが好きでも、台風で荒れた海辺に行くのは変だって。それで、急いで芝崎に行った。行ったんだけど……」


 青井の語りが不自然に途切れた。

 私は息をのんで、青井の次の言葉を待つ。

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