Counterattack

 私の家は最近できた三階建てのアパートの一室にある。一人暮らしには最適な広さで何不自由なく生活できている。けれど、何故か裏の世界では私の家の位置が広く知れ渡っているらしい。だから、こんな手紙が送られてくることが日常茶飯事なのだ。



 【今日こそお前の命を奪いに行くからな。お前は今日こそ死ぬ】



 と言われても、っていう感じの文面がいつも送られてくる。もう慣れっこだからいいんだけど、朝から物騒な話はやめて欲しいよね(笑)。





 日本に来て三年、追いかけられて十年。来日して二年間ほど見つかることがなかった城西夕莉葉じょうせい ゆりはは複雑な事情を忘れてしまうくらい、かなりのんびりしていた生活を送っていた。だが、たった二年の平和な時間に終止符が打たれて、今は朝昼晩と狙われ続ける生活。夕莉葉は本当にうんざりしていた。



 「で、今日もまた狙われちゃうのか。いい加減狙って来るなら、家にでも押しかけてきたらいいのに。まあ、そんなことをできる人間はこの日本にはいないよね」


 

 こんなことを言えるのはこの空間だけ。誰にも聞かれない、誰にも邪魔されない私だけの空間だから言えること。

 夕莉葉は残り少ないコーヒーを一気に飲み干すと、いつもの正装に着替えるためにクローゼットがある寝室に向かった。



● ●



 もうすぐ、午後九時を回ろうとしていた。夕莉葉は手紙を寄越したとされる人物からここに来るようにと、誰にも教えていないはずの夕莉葉のPCのメールボックスに送って来たのだ。【千賀公民館裏の駐車場。午後九時】という『来てください。お願いします』といわんばかりの文面。夕莉葉は当初全く行く気がなかったが、後に【逃げるのか?】という挑発的な文書が送られてきたため、プライドを捨てるくらいなら、と出向いたのだった。



 「もう九時だからな。早くこないかなー」



 春の夜はまだ若干寒い季節のなごりがあり、長袖を着ていないと待てないくらいだった。そのため夕莉葉も先ほど言っていた正装、タートルネックにニットにチノパン。レザージャケットを着て、ローファーのような革靴。頭の上にはサングラスがのっており。いかにもスパイのような恰好をしている。衣装は全てメタリックブラックに統一されており暗闇の中でも目立たない仕様になっている。そして、以前も使用した数珠型じゅずがたデバイスがニットの袖の奥に潜んでいた。



 「………送信してきた人、遅刻でもしてるのかな。それともそこらへんに潜んでいたりして」



 と言いつつも、彼女は分かっていた。自分の後ろの物陰に約一名、こちらを窺う新人エージェントさんがいることを。



 「さあ、私を呼んだそこの貴方。出てらっしゃい?」



 しまった!と勘づいた正体不明の人間は闇夜の中へ消えようとしていたが、彼女に先手を打たれてしまい逃げることができなかった。



 「……ああクッソ。逃避結界なんて使えるのかよ。やっぱバケモンだな、あんた」

 


 「あなたこそ、よく私のPCに予告上を送りつけてくる真似なんかしてきたわね。死にたがりなのかしら?」



 「そうだな。俺は金の欲しさに目の眩んだ、ただの小遣い稼ぎチャレンジャーさ」



 そう言うと、彼はコツコツという音を鳴らしながら月夜に照らされる私の方へ歩みよって来た。そして、ようやくその姿が夕莉葉の視界に入って来た。

 


 「へー。私が貴方の姿を見て驚くと思っていたの?…………牛島飛雄馬うしじま ひゅうまくん」



 「やはりバレていたのか…………いつから気付いてた?」



 その男は夕莉葉が話したことのある、知り合い程度の男子。夕莉葉の親友、三塚真鈴の彼氏でバスケ部所属の牛島だった。夕莉葉には少し衝撃が走ったが、それ以外の感情の方が強かった。

 夕莉葉は牛島の質問を無視し、まず自分から質問をぶつけた。



 「…………で、のこのこ私に殺されに来たのはどうしてなの?」



 牛島はフッと笑って、さも当たり前かのような口調で答えた。



 「なんでって……、金が欲しいからじゃん?」



 あっさりと自分の欲をさらけ出した牛島は悪い笑みを浮かべていた。彼の着ているブラックに赤のラインがサイドに入ったベストが急な突風でなびいていた。夕莉葉も同じく、チャームポイントのポニーテールが揺れる。

 そして、今度は牛島が二度目の質問を投げかけた。



 「じゃあ、次こそは答えてくれよ。いつから俺のことに気付いてたんだ?」



 「そんなに知りたいの?私が君のことにいつから気付いてたかなんて……………まあいいわ。それはね、初めて会った時よ。どう、これで満足?」



 「……フフフ。いや、まだだ。その気付いた根拠が知りたいのさ」



 「簡単よ。貴方、私と真鈴が待ってるよりも先に着いて、私達を監視してたでしょ。遠くから変なを感じたから超音波波動エコーロケーションで調べたらあなただったのよ。貴方も、まさか異能者だったなんて思わなかったけどね」



 牛島は驚きの表情を夕莉葉に見せた。まさか、と顔に書かれているのがよく見えるくらい動揺していた。彼女の自分との差に歴然とさせられたのだろう。

 動揺を隠し切れずにいた牛島からは冷汗が流れ始めていた。その冷汗は月光に反射して良く見える。



 「そこまで知られてしまっていたとはな。まあ、あんたも俺と真鈴がイチャイチャしているのをみてイラついていたのは分かった。だが、いつも心を読めるはずの俺の力、狙撃手の目スナイパー・アイズが効かなかったから内心ヒヤヒヤものだったぜ」



 「あー。精神干渉系の何かが私の感覚をくすぐっていたのはそれだったのね。でも、あなたはあの日に会うよりずっと前に私と会っているわよね?」



 見透かされすぎて呆れてしまった牛島はもう返す言葉もなかった。でも、突かれてしまったからには答えるしかない。



 「………丁度一年前だよ。あんたのことを裏サイトで知った時にどんな奴か見てみたくて後ろを付けたことはあるな。まさかそん時か?」



 「いや、それはわからないけど。貴方をどこかで見た気がしていたの。だけど、私のことを知ってしまったからには逃げられないわ…………だけど、一度だけ逃がしてあげるチャンスをくれてやるわ」



 夕莉葉は腰に手を当て、年上相手に上から目線で言い放った。それは私の方が強いから逃げるなら今だよ。っという夕莉葉のある意味優しさ。その優しさが牛島の心に届くかと言ったらまた別の問題だが。



 「………ったく。この前は俺の部下達をあの世へと葬り去ってくれったってのに、今度は俺の存在まで消すつもりかよ。まあ、親とかいないから別にいけどさぁ。―――だけどな、舐められるのだけはいやなんだよ。それもあんたみたいなイキった女子にだけは言われたかないなっ!」



 「じゃあ、今から一回しか言わない質問。ちゃんと答えてよね」



 牛島が手に持っていた棒状のデバイスのようなものを手に取り、その先端からダークブルーの光線が出現した。そして、それを持って待機する。



 「んだよっ。早く言えっつうの‼」



 牛島が夕莉葉をかし、殺したくてたまんないという表情を浮かべる。そして、夕莉葉は牛島の目を見てそっと言った。



 「真鈴のことはちゃんと好きだったの?」



 それは最初から気になっていたことだった。初めて会った時、牛島が真鈴に対してそこまでの好意を持っているようには見えなかった。だから、夕莉葉はずっと疑問に思ってはいた。イチャイチャする姿は本当に疎ましかったが、あれが本物の愛だといえるのか。そこがどうしても知りたかった。

 その夕莉葉の友達想いの質問に、牛島はこう答えた。



 「ああ?あいつがお前の知り合いっていう情報を掴んだからに決まってんだろう?お前の素性を少しでも効率よく調べるための駒にしか過ぎない女だったさ。まあ、俺もいい男だからさ、ヤってからでもよかったんだけどな。ハハハハ‼」



 夕莉葉はその言葉の一言一句を聞き逃しはしなかった。効率、駒、情報……様々なアイツの言葉が脳を駆け巡る。親友が愛した男がこんなクソ野郎だったとは本心では思っていなかったために、いつも以上の殺意が湧いた。

 夕莉葉が無言になり黙り切った時、牛島は手に握っているライトセイバーを夕莉葉に向け、嘲笑した。


 

 「言い残したのはそれだけかああ?じゃ、遠慮なく『暗殺』の時間に移させてもらうぜっ」



 ライトセイバーの切っ先が夕莉葉の喉元に触れかけていた。それでも、夕莉葉は動かなかった。牛島があと一歩前進すれば死ぬという、まさに決死の状況だ。

 そんな状況に対して持つ恐怖を億尾にも出さず、夕莉葉は言った。



 「てめぇは、二度と現世に戻ってくんな。地獄に堕ちろ」



 急に口調が乱暴になった夕莉葉。この状況は以前戦った、というより殲滅させたときに見せた【もう一人の夕莉葉】だった。

 覇気が彼女の周りを包み込み始める。白から紫へと変化するオーラ、これは夕莉葉の内心を表すメーターのようなもので、どんどん黒に近づいていくほど心が怒りに満ちていたり、殺意を持っていたりしているサインだ。

 すると、そのオーラによりライトセイバーの刃の部分がみるみる石化していく。



 「っておいおいマジかよ……俺のセイバーの切っ先が石になってらぁ。う、嘘だろ。こんな奴相手にどうやって戦えば……」


 

 そう言いながら、牛島は後ずさりする。石化した切っ先をまじまじと見つめながら目が泳いでいる。信じられないという驚愕の表情。



 「あんた、この戦いから降りる気なの?ふーん……逃がさないけどね」



逃げようとしている牛島に夕莉葉が脅しをかけた。まあ、脅しではないだろうが。



 「わ、わかったよ。前言撤回だぁ、お、俺は真鈴を心の底から…」



 「もう遅いわよ。このゴミクズ以下が、調子乗ってんじゃねえぞ?」



 腰を抜かし、その場に転がる牛島。彼は完全に夕莉葉の逆鱗に触れてしまったのだ。決して開けてはならないパンドラの箱をぶち開けてしまった。

 一体これが何を意味するのか……お分かりだろうか?



 「あなたみたいな底辺は………この場で消滅デリートしてあげる」



 夕莉葉は数珠型デバイスを腕をまくって露わにし、起動文スタートセンテンスを詠唱した。 



 「《黒き眼差まなざしを顕現させよ・神のご加護を抹消し・運命と共に消滅》」



 詠唱後、夕莉葉の前に大きな赤と黒の円環陣が出現した。その幻想的な光景に圧倒され、牛島はただ見ていることしかできずに反撃の策も講じなかった。

 そして、夕莉葉の淡々とした詠唱が続く。

 

 

 「《赤き闇と黒き闇・二種の闇が混ざりし瞬間とき・我に力を与えたまえ》」



 ジ・エンドだ。



 「《雲散霧消パーフェクト・デリート》‼」



 融合した二つの円環陣は肥大し、中心部から赤と黒が混在した光線が放出した。それは駐車場ごとを飲み込む大爆発を起こし、後ろにあった公民館ごと吹っ飛ばした。



● ● ●

 


 次の日、世間では一夜にして消えた公民館の話題で持ちきりになった。一体誰がこんなことをしたのかも、何故このようになったのかも不明のまま。警察もお手上げの状態だという。ただ、突如現れた目撃者の証言により事態は一変したという。そして、その目撃者はこう語っていた。



 『まさに悪魔のような人物だったよ。女性か男性かは分からない。ただ、変な光線がその人から出ていたんだ。だから、危ないと思って思わず逃げちゃいました』



 この何とも可笑おかしな証言は日本中に報道されて、いろいろ批判を受けたみたいだ。でも、この人が言っていることは全て正解。彼は本当のことを口にしたにも関わらず日本中にバカにされるという始末。名前まで知れ渡ってしまい、バカな奴だと言われて散々罵られている彼は現場付近の島病院に入院しているという。


 

 「……嘘じゃねえのによ。なあ、真鈴。信じてくれるよな?」



 入院用の患者服に来た男が隣に居る女性に話しかけている。右手と右足の複雑骨折だという。


 「う、うん。まあ、そうなのかもしれないね。ところで、なんで行ったかも記憶がないのにそこだけ覚えてるわけ?」



 「さあな……本当に思い出せないんだよ。黒い服装の奴がなんかわけわからないものを出して、それに吹っ飛ばされて飛んで行ったのは覚えてるのに。その前が全然記憶にない」



 「んー。まあ、私達の記憶が残ってるならいいじゃない!」



 という会話が病院の一室に響いた。なぜ、がここにいるか。そして、何故彼の記憶がはたった一人の少女しか知らない。



● ● ● ●

 


 「お前。今は城西夕莉葉って名乗ってるらしいな。いや、それとも本名だったりするのか?日本人みたいな顔してるしな」



 明らかに肥満体型のギャング。スーツのボタンはかろうじて止まっており、走っただけで取れてしまってもおかしくない。口加えた葉巻はボスっぽい風格を漂わせている。そして、彼の手元には黒の銃が夕莉葉の方へと向けられている。



 「まあ。そうですね、確かに本名です。それが何か?」



 「フハハハハ―――。ようやく見つけたぞ‼」


 

 はあ、と吐息をついた夕莉葉。彼女は、もう私の素性知っているだなんて、と呆れていた。


 

 「んじゃあ。私を狙う理由はそれよね?……だったら、抹消しないとね」



 こうして、彼女の世界に対する反撃カウンターアタックはこうして繰り返される。そして、そのあまりにも美しい殺し方に人々が名付けた異名。



 「こ、これが『反撃の薔薇戦姫カウンター・ヴァルキリー』か!」



 魔法。強すぎるが上に狙われてしまう究極の力。

 その稀な力をとある国家が懸賞金を懸けてでも欲したために、彼女の運命は大きく狂わされてしまった。

 


● ● ● ● ●



 だから、私はいつだって標的者ターゲット。消えた日常の為、反撃する。

 

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Wanted the Princess 街宮聖羅 @Speed-zero26

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