Wanted the Princess
街宮聖羅
I’m a target.
私の耳に響く一発の銃声。
「………プリンセス。どこにいるんだプリンセス‼」
真っ暗な路地にひっそり
「――チッ。奴を逃しちまったか…………仕方ない」
その独り言の後、何かの画面を叩くような軽い音がした。おそらくスマホを使用しているのだろう。そして、その音はだんだん小さくなっていき、数十秒後には聞こえなくなっていた。足音が若干聞こえたので、おそらくどこかに行ったのだろう。私はホッと一息をつき、隠れていたブロック塀の裏から小道に姿を見せた。
「―――今日もうまくやり過ごせたみたいね。まったく、一介の女子高校生を狙うだなんてあり得ないっての」
私は苛立つ口調でこの状況に対して不満を露わにしていた。それもそのはずで、私は毎晩、どこかの誰かに付きまとわれているのだ。その相手がはっきりとはわからない。どんな容姿で、どんな声をしているのかも毎回違う。たまに以前見たことがあるな、と思う時はあるけれど、おおよそ百人ぐらいは私の後をつけてきたことがあるに違いない。
「早く終わんないかなー、この生活。……日常が欲しいな」
小さな願望のように聞こえても私には手にすることができない、叶うことのない願い。この生活も気が付けば十年が過ぎていた。もう正直慣れているけど、やっぱり普通が欲しい。だから、私は普通を求めて今日を生きていく。
●
桜が咲き、普段は趣の感じない河原に華が生まれる
「やはり、日本はこうでないとね。四季があるって最高だわ」
一際目立つ茶髪には一般人とは違うDNAが入り交じっているように感じさせる。少し高めに結ばれたポニーテールはいかにもお姉さんという感じだ。ライトブラウンのブレザーに暗めの色のミニスカート。紺色のハイソックスに茶色のローファーを身に纏う十六歳。その姿は通り過ぎる人々も立ち止まってしまうくらいに統一感のある容貌だ。「清楚」という言葉が一番しっくりくるような顔立ち。少し薄い色をした肌には若さ特有の潤いが。まさに完璧と言わざるを得ない少女だ。文句のつけようのないその少女の名前は
「夕莉葉!ちょっと待ってええ!靴擦れして歩きづらいの」
「え、大丈夫なの真鈴?ちょっと見せて…………うわあ、かなり擦り剝いてるね」
夕莉葉は進行方向を逆戻りして、真鈴の元に駆け寄り傷の状況を見ていた。そして、応急処置の絆創膏が見当たらずに奮闘している最中だった。
「ねえええ。高校入学してからさすっとこの靴で登校なわけじゃん?固いし痛いし擦り剝けるし、もう嫌だー!部活の時も痛くてまともに練習できないし!」
「仕方ないでしょう。学校の規則にローファーで登校って書いてあるんだから」
「でも、男子は運動靴やスニーカーってことになってんじゃん!あーもー!学校側もオーケーしてくれたらいいのにー!」
入学早々に学校の愚痴を言い始めるのは割に合わない。それならば他校を受験しても良かったのではないだろうかと思わせるほどだ。
夕莉葉はようやく鞄の中から絆創膏を見つけて、真鈴の足首に貼ってあげた。痛みがひいたらしく、真鈴は持ち前の元気を取り戻していた。立ち上がった彼女たちは登校を再開した。
「ところでさー夕莉葉。明日の夜とか空いてないの?ちょっと買い物に付き合ってほしいんだけどさ。できない?」
夕莉葉は少し困った表情をするも、何かを思い詰めたように下を向いた。
「あっ、ああ!やっぱいいよ。やっぱり自分で行くよ!」
真鈴は夕莉葉の感情の触れてはいけない部分を察知したのか、すぐに先ほどの提案を取り下げた。真鈴はいつものことだしと思いながらしょんぼりしていると。
「ううん。やっぱり行くわ。たまには気分転換とかしたいから」
「ええ!夕莉葉一緒に来てくれるのっ⁉嘘でしょっ!やったああああああ!」
「――真鈴が誘ってくれていたのにいつも断ってばかりだったから。それがいつも申し訳なくて。だから、今日は行く!」
真鈴は大喜びだった。親友なのにほとんど遊んだことがない、そんな関係を壊したかった夕莉葉の想いもあり、こうして遊ぶ決断をしたのだが、現実はそう甘くはなかった。
● ●
放課後が過ぎ、待ちに待った夜がやって来た。現在の時刻は午後六時半。冬が明けてようやく明るくなってきた時間帯だ。
「夕莉葉ぁぁ!こっちこっち!」
通っている高校から若干離れたところにある公園の時計の下。朝と変わらない様子で叫んでくる親友の姿があった。夕莉葉は真鈴を見つけると、小走りで駆け寄った。
「――ごめんね!少し遅れちゃった…………じゃあ、行く?」
夕莉葉は申し訳なさそうに遅刻してきた。しかし、真鈴はそのことを気にすることもなく「気にしないで」とだけ言って、夕莉葉の手を引きながら夜の街へと駆けていった。
● ● ●
公園を離れて約十分。彼女たちはとあるコーヒーチェーン店の前にいた。その店は少しお高めの全世界に点在している外国籍のものだ。
「真鈴。中に入らないの?」
夕莉葉は不思議そうに真鈴に声を掛けた。すると真鈴は顔を赤くして言った。
「ちょっと、待ってる人がいるの。だから、少しだけ待ってくれない?」
夕莉葉は他にも呼んでいたんだと、少ししょんぼりした。まあ、いつも断っていた私と比べたらそんなことは許せる範疇のことだ。
三分後、少し談笑していた彼女たちの前に一人の人物が現れた。
「よっ、まーちゃん。少し待たせたか?」
話しかけてきたのは男、というか男子。年齢は同じくらいの部活帰りの格好をした、黒髪のさわやかボーイだ。
「ううん、全然。二人で今さっき来たところだから」
「そうだったのか。ま、ここで立ち話も何だし、入ろうか。」
夕莉葉はなんとなくこの人が誰か想像がついていた。それに、ちょっとだけ見覚えがあるような、初めて会った気がしないような雰囲気に少し寒気がしていた。
そう言って、彼と私たちは待ち合せのカフェへと入って行った。
● ● ● ●
「で、お二人さんは付き合い始めたと。なるほどねー。私もこんなことに気付かないとは親友失格だわ」
「夕莉葉!そんなことはないよ。だって、私達付き合ってまだ二週間よ?それに先輩後輩っていう関係しか周りには知られてないくらいの初々しいカップルなの!」
夕莉葉はすでにこの状況に飽きていた。早く家に帰りたいという自身の欲求がますます強くなっていく。最初は興味深く聞いていた
率直に言えばこのことは嬉しかった。昔からの親友にやっと彼氏ができたのだ。これを祝福せずにしてはいられない気持ちが八割、だが、少し疎む気持ちが二割。心の底から祝福したいのはもちろんのことなのだが、何故か認める気持ちにはならない。娘をお婿に行かせたくない、それに似た気持ちが夕莉葉の心の中で渦巻いていた。
「―――っていう一連の流れで付き合ったわけだけど、夕莉葉はどう思う?」
「えー。そりゃあ羨ましいよ。幸せそうだしさ」
「へーー。そういうことらしいよ、飛雄馬くん!」
「ははは。僕らのことを認めてくれたようでなによりだね。そういや、城西さんって彼氏とかいないの?絶対いそうなんだけどさ」
「い、いませんって。私なんかに寄り付く男子なんてほとんど……」
「あー嘘ついたー。いっぱいいたでしょ!この前の誰だっけ。明石君とかさ」
「あれは違うよっ!告られたから振ったの………うん、振ったのよ」
「ははは。二人とも面白いよ、今年の一年生はめちゃくちゃ元気があるなぁ」
と、いうようなたわいのない話をしているうちに午後九時を回っていた。
● ● ● ● ●
ずっとイチャイチャしている二人と別れ、私は帰路についていた。現在の時刻は九時半を回っている。電車に乗り四駅ほど揺られながら、朝来た道を逆走する。いろいろと疲れていた夕莉葉は今にも倒れそうな歩き方で自宅へと向かっていた。
「真鈴と彼がうまくいくのを願っておこう…」
幸せを願うのが友としての役目。もし、彼が私の気になっていたこであっても私は素直に応援できていた気がする。特に恋愛に対して執着心がない私は嫉妬とか疎むという感情になることが非常に少ない。だから恋愛に関してだけ言えば、精神面で傷をつけられたことは無い。
そう考えていたのも束の間。夕莉葉はまた後ろに気配を感じた。
「また後を………私が本気を出したらどうなるかくらいわかってるでしょうに」
夕莉葉は小声で誰にも聞こえないように警告した。別に警告してもしなくても結果は同じだから。
「はああ。たまには撃退してみちゃうのもアリかな。いつも逃げてばかりだから」
そう言った夕莉葉は突然歩みを止める。そして、一節の言葉を唱えた。
《遥か彼方に消えなさい》
夕莉葉が詠唱すると、後を追っていた人物の姿が謎の白い光に包まれて消えた。人物の姿が消えると、放っていた光も豆電球のように落ちてった。
「―――この力使うのしんどい。だから、使いたくないのに」
追われる身になって十年。この力とともに逃げてきた人生はつらく苦しかった。
「といっても、まだついて来るのね。何人いんのよ、これ」
口調がどんどん夕莉葉らしくなくなっていく。荒れた言葉遣いになりつつある彼女からは感じたこともない覇気が漂ってくる。
「――――十人。今日は一段と多いわね。どうしちゃったのかな、そんなに焦っちゃってさ!」
我慢しきれなくなった夕莉葉はすかさず後ろを向いて言った。
「お前ら。どうなってもしらないからな?覚悟しなさいよっ」
夕莉葉は腕に付けいる数珠のようなデバイスに何かを唱え始める。
《白く・神々しい・灯よ》
すると、そのデバイスが白い閃光に包まれる。光は夜空を照らすくらいに眩しい。隠れていたであろうその約十人のストーカーが一斉に姿を現した。そして、彼女は唱えていた術を完成させた。
「お前ら、来世はこんなことすんなよ。《
夕莉葉が視認している人間から白い光……いや、白虎に見紛う炎が出現する。
「うああああああああああああ」
男性の
「う、う、貴様ぁ。こんなことをして、いいと思っているのかぁ……ああ‼」
夕莉葉に話しかける元ストーカーは白き灯に炙られながら悶え、消えていった。その場に残ったのは炎の欠片のみ。追ってきた黒い影の痕跡はそこにはなかった。
「煩わせるんじゃないよ。…………こんなこと、私だってしたくないの。それだから、一生懸命逃げてたんじゃない!」
零れ落ちる一粒の涙。先ほどとは偉く変わって、落ち着きのある彼女に戻っていた。いつもきっちり着こなしている制服は今に限ってはかなり乱れている。ネクタイを片手に持ち、ブレザーのボタンは全部外している。らしくない姿をした夕莉葉は河原の脇道の中腹でうなだれる様に座っていた。
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