後半

「はいおつかれさまでーす」

 私のその声に、『お疲れ様でーす』と周囲から声が返ってくる。

 いつもの、終わりの合図。

 収録が終わり、私は一息つく。一筋の汗が流れたので、それを手の甲で拭っておいた。

「今回はどうですかね?」

 そうプロデューサーに問うと、プロデューサーは笑みを浮かべて首肯する。その反応は即ち、悪くないと言うことだ。私は満足げに笑みを浮かべて、礼を言う。

 周囲に目を向けると、カメラマンやディレクターの人たちが、

『いい絵が取れたよ』

『今回も視聴率取れるね』

 などと賞賛してくれて、嬉しくなった。

 私は役者をやっている。先ほどまで撮影していたのは、とあるバラエティ番組である。

 そのバラエティ番組はかなりの人気があり、年末には特番も組まれるほどだ。中でも人気なのが、先ほどまで収録していたコーナーである。

 ゾンビに溢れる世界に置かれた人間の反応を見る、というコンセプトのコーナーだ。毎回違った台本が組まれてて、その状況に何も知らない人を巻き込んで、どのような反応をするか、という……まあ有り体に言ってしまえばドッキリである。

 このドッキリがやたら人気があり、番組の中でも一番の視聴率を誇るコーナーとなっている。やっぱりみんなドッキリが好きなのだろうか、と思わざるを得ない。

 さて、と。

 私は自分の腕を見る。そして周囲の人たちを見る。

 みんな、普通の人である。

 みんな、普通の人だった。

 みんな、普通に腐っている。

 私は腕が腐り落ちている。

 プロデューサーは目が腐り落ちている。

 カメラマンさんは顎から下が腐り落ちて、よだれが垂れ流しになっている。

 ディレクターさんは小腹が空いたのか自分の肉を食べていた。かゆうまってやつかな?

 何を隠そう、この世界はゾンビの世界だ。腐った人たちの世界である。

 先ほどの『彼』は、この世界における一番人気の役者。唯一の存在。唯一の人間。

 彼だけが、この世界で腐っていない。だからこそ、彼にしか出来ない役回りがある。

 まあ、彼はそのことを知らないし、知ってもすぐに記憶を消されるのだけれど。

「……さて」

 小さく息を吐き、思考を切り替える。明日も仕事だ。

 明日もまた、何も知らない彼に会える。彼の驚く顔が、絶望する顔が、もう一度見れる。

「……楽しみだな」

 そう呟き、嗜虐的に口元を歪める。


                ○


「先輩、そっちはどうですか」

「そうだねー、今のところゾンビの姿は見えないかなー」

 ホームセンターの中、俺と先輩の二人は、まさかの事態に巻き込まれていた。

 ラジオによると、この付近でゾンビパンデミックが発生したらしい。俺と先輩は家に帰るわけにもいかず、ホームセンターにバリケードを築いて籠城しているところだ。

 俺は先輩のことが好きだ。だから、何があっても先輩のことを守りたいと思っている。

 仮に先輩が噛まれて、先輩がゾンビになってしまうことを想像すると、身の毛がよだつような気分になる。

「ねえ後輩くん」

「なんでしょうか」

「君は私がゾンビになったらどうする?」

 先輩の、俺の心の中を見透かしているような一言に、俺は言葉が詰まる。

「…………そうならないように、頑張りますよ」

 そうさせてたまるか、という祈りを込めつつ返す。

「……そうか。じゃあ、頑張ってくれたまえ」

 先輩は俺の言葉にそう返し、微笑む。その微笑みを見て、心の中に温かい気持ちが満ちる。

 決意を新たにする。

 俺は先輩をゾンビなんかにさせないぞ、と。

「先輩、絶対に生き延びましょう」

「……ああそうだね、必ず生き残ろう」

 俺と先輩はそう言葉を交わし、互いに持ち場に戻る。

 ずきり、と頭が痛む。

 先輩の腕が腐り落ちる場面が、何故か鮮明に浮かんだ。


                 ○


『はーいオッケー!』

 収録が終わったことを知らせる声が聞こえてくる。私は張り詰めていた気を緩めた。

 もう演技はしなくていい。

 彼は気絶していた。今回は私をかばってエキストラの人たちに襲われて倒れる、という終わり方だった。無論、感染はしていないはずだ。

 何度目かわからない失神をしている彼を見つつ、ぼんやりと考える。

 私を守ってくれる彼、私のことを好いているであろう彼。

 その感情に対し、私はこう思う。

 可愛いな、と。

 そして、こうも思うのだ。

 いつかその肉を食べてあげたいなあ、と。

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檻の中 眼精疲労 @cebada5959

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