第3話 悪法
ロイス市は平和である。
一見、という言葉をつけなければならないのだが。
ギルドというのは間違いなく武装組織である。しかし、警察の役割を持ったギルドというのはよほどの大都市にしか存在しない。例えば、大陸一の学術都市である魔都ルーリエ等である。
すなわち警察権力の空白地帯が大陸に広がっているのである。
けれども大陸は平和である。それはギルド同士が銃口を突きつけ、柄に手をかけ、魔法の照準を向けあっているからに過ぎない。
例えばロイス市ではいくつかの正規ギルドと非合法ギルドが街の規律を保っている。正規ギルドと異なり、非合法ギルドの全容は誰もわからない。
正規ギルドの中で最も武断派なのが傭兵ギルド〈長耳の人狼〉である。荒くれものを組織し、問題を様々に量産するが、規律と平穏を維持しているという点において許容されている愚連隊である。
なんと言っても彼らは麻薬効果を持つポーションの密造に手を染めていないし、大量破壊兵器である魔導書の違法コピー品を売りさばいてもいない。
彼らは法律上、普通のよくある傭兵ギルドとして活動しているのだ。
話を元に戻せば、アリシアは傭兵ギルド所属を必死になって止められたのだった。
「嬢ちゃん、〈長耳の人狼〉だけはやめときな。あそこほどのトラブルメイカーは無え。もっと別のギルドを探した方が良い」と髭の生えた傷だらけの男が言う。
「鉱夫ギルドとか工場ギルドとか。いろんな選択肢があるじゃないか」と鋭い目付きの若い男が言う。
アリシアが客たちを見渡せば、彼らの特徴は一目でわかった。
そうか。ここは冒険者ギルドの本部兼酒場なんだ。
「でも求人ポスターには〈長耳の人狼〉入会はここに来たら良いって……」
アリシアが狼狽えたように問うと
「あれはもう十年ぐらい前のものさ!あのとき、やつらのギルド本部が壊滅してね、仕方ないから窓口だけ貸してやったのさ」
と、酒場の店主が応えた。
「君、仕事がしたいなら紹介しようか?俺の知り合いが人を募集してるんだ。ちょっときついかもしれないけど、〈長耳の人狼〉よりはマシさ!」
一人の男がいった。彼は筋骨が逞しく、見た目からも冒険者パーティーの前衛職だと言うのが分かる。しかも彼の座るテーブルには多くの冒険者がおり、彼の人望の厚さを示している。
「本当ですか!?」
「もちろん。俺たちは助け合わないとね。なんのためにギルド互助システムがあるか、わからなくなってしまう」
アリシアは仕事を見つけられた喜びと共に、はりつめていた精神が急に弛緩するのに気づかなかった。彼女は無意識の内に若干体勢をふらつかせていた。
「まあ、お嬢さん。仕事のことは一回忘れて、一緒に飲もうじゃないか!お代は俺たちが持つとしよう!」
歓声がアリシアを出迎える。
受け入れられたのだ。アリシアはそう思った。
数刻後、宴の余韻が未だアリシアを掴んで離さない。
今日の宿を探して、酔った足取りでぶらぶらと街並みを過ぎていく。
「嬢ちゃん、もしかして宿を探してるのかい?どれ、手伝ってやろう」
先刻、酒場にいた冒険者の一人だろう。
アリシアは渡りに船だと着いていった。
道なりに進んでいくと、アリシアが進む道は魔導ガス灯の青い光も息を潜め、暗黒が支配する路地に変化していった。
「こっちに宿があるんですか?」
アリシアの問いに
「もちろん。俺の知り合いがやってるんだが。良い宿だよ。なにしろ仕事もついてくるんだ」
突如として、アリシアは頭から麻袋を被せられた。
「わっ!」
アリシアの悲鳴は麻袋の中だけにとどまり、夜のロイス市に響くことはなかった。彼女を襲った男たちは、冒険者に目配せをする。
冒険者の男は笑みと共にひとりごちた。
「こいつらが俺の知り合いさ。わりいな、嬢ちゃん。こっちも商売なんでな」
男たちの徒党は闇に消えていった。
そこには何の痕跡も存在してはいなかった。
傭兵と嗤う帝国 @Tito_66
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