第2話 ルンペン


 晴れ渡る空。

 行き交う活気ある雑踏。

 赤く輝くレンガの町並。

 そして何よりも、大通りに面して立ち並ぶ様々なギルドの看板の大群が、彼女にとっては特異だった。

 彼女は雑に表現すると、「田舎者」だった。


 アリシアは魔法使いである。

 深紅に染まったショートカット、そして同様に紅に輝く眼。炎熱系、高温に関わる魔法を得意とするもための代償として彼女に発現したものだ。


 アリシアが街に出てきた理由、それは出稼ぎに他ならない。

 家族に楽をさせたい。病気がちの妹を助けたい。

 農家の三女として、どこかに嫁ぐよりは、魔法を使って街で稼ぐ方が百倍ましだと考えたのだ。いざとなったら───。

 

 さてさて、現在彼女はぶらぶらと街を放浪している。求人を扉に張り付けているギルドを探しながら。

 

『冒険者求む!歴戦の戦士職!』

『医療ギルドのため、白魔法、ヒーラー募集中』

『土魔法使い、設計士、ビーストテイマー、建築ギルド〈白亜の城壁〉は君を待っている!』


 等々。戦火の及ばぬ、ましてや商工業で発展するロイス市は傭兵ギルドよりも、ダンジョン探索、物資生産、そして増える人口を賄うための住居建築と衛生環境の改善のための求人が主だった。

 しかも彼女は何も経験の無い初級魔法使い。魔法使いギルドの認可も持っていないのだ。

 通常、魔法使いは魔法使いギルドに入会し、証明書を発行してもらわなければならない。そのためには莫大な入会金か、もしくは著名な魔法使いの推薦が必要だった。無学で、コネクションも何もないアリシアには不可能だった。

 

 何も働くところが無いじゃない……。

 彼女は裏路地に入り、座り込んだ。そこは光もあまり入らず、ゴミがうずたかくつまれ、物理的にも精神的にも暗く落ち込んだ場所だった。

 何が悔しいのか。涙が溢れる。

 母さん、父さん、私は街で生きていけるのでしょうか?

 ふとうつむく顔を上げ、目の前の壁に目をやると、紙が張られている。掠れてはいるが、書かれた字はうっすらと見える。


『傭兵ギルド、〈長耳の人狼〉は君を求めている!

 入会を希望する方は、〈勝利の酒場〉の店員へその胸を伝えてくれ!』


 傭兵ギルド!

 ここなら万にひとつの可能性があるかもしれない!

 いてもたってもいられなくなったアリシアは裏路地を飛び出し、〈勝利の酒場〉を探した。

 あれだ!

 数百メートルの距離を駆け、勢いよく酒場の扉を押し開けた。

 目の前にはどんちゃん騒ぎをする冒険者、そして職人たちの姿があった。

 笑い声、注がれた琥珀色の液体、こんがり焼かれた骨付き肉、みずみずしい植物、活気溢れるロイス市の姿がここにあった。

 アリシアは恐る恐る店員を探し、尋ねた。


「〈長耳の人狼〉に入会したいのですが……」


 小声ではあったが、その呟きにも似た発言は、酒場の活気を一挙に凍らせた。

 客たちはアリシアの方を見つめ、口々にこういった。


「やめとけ!あそこに入るなら娼婦になった方がましだ!」

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