傭兵と嗤う帝国
@Tito_66
第1話 東から来た男
傭兵、すなわち働くもの。
傭兵、すなわち戦うもの。
傭兵、すなわち奪うもの。
傭兵。
内戦、紛争、戦争、あらゆる武力衝突に、自らの技術と戦果を売り付ける集団。
転じて、ハゲタカのような狡猾な武力集団である。
いまや、貴族も国王でさえも頭が上がらなくなった新興階級、ブルジョワジーに操られる金の亡者。それが傭兵である。
戦争は国王の道楽でも、貴族の面子のためでもなく、ただひたすら商人たちの利益追求、もしくは商売敵への懲罰へと変化した。
さてさて、我々は所詮、金の亡者にすぎないのだ。
「隊長!我の友軍の左翼、崩れつつあり!騎士隊の突撃を受ける恐れあり!」
左を見渡せば、赤一色の軍服を着た部隊が後退を開始しつつあった。しかし最低限の規律を保ちながら。
あれは〈赤の親衛隊〉か。精強が売りの銃兵主体の傭兵団だったはずだ。ああ、そういえば、最近あそこは内部分裂が起きて、色々とトラブルが起きていたっけ。よくそんな状況で規律が維持できるものだ。
「左翼の状況は?」
「敵銃兵の射撃を受けつつ交代中。敵銃兵横隊の背後には騎士が蠢いてます。これァ、残り時間も秒読みです」
そう報告した兵士の右目は青く発光している。読心魔法の副作用だ。しかし、発光が強いほど、魔法の威力は凄まじい。彼の右目の発光は並の魔法使いよりは上だった。
「では、対騎兵戦闘を行うとしよう」
中央戦力の最左翼、もっとも騎士の襲撃を受けやすい場所に彼らの部隊は位置していた。傭兵団〈長耳の人狼〉二番隊。隊長の名は東城伊作、遥か東の国からやって来た兵隊らしい。前だけにつばがある軍帽、、漆黒の大外套、そして左腰に指してある長短一対の片刃の刀剣が彼のトレードマークだった。
その風貌のせいで、東の国にいた頃は貴族だったとか言う噂もある。
「二番隊、小隊ごと密集!対騎兵横隊にィ、移れッ!」
東城の号令と共にラッパが吹かれ、兵士たちは行動を開始した。ドラムが鳴り響き、歩調を整える。長槍を持ったパイク兵が数列の横隊を造り、その後方には銃兵が縦隊を造る。これは歩兵の横隊と銃兵の縦隊を組み合わせたパッケージだった。
ある程度のところまで移動するとパイク兵は足を止め、その場で騎士たちを待ち受ける。
あの騎士たちは〈南方宣教騎士団〉か?征服した場所に一神教と奴隷制を持ち込む害悪集団じゃないか。ならば慈悲はない。我々は公明正大、民衆に優しい、仕事をきっちりやりとげる傭兵ギルド〈長耳の人狼〉だぞ?商売敵は徹底的に撃ち破る。
「敵騎兵隊、距離おそよ四百!まっすぐ突っ込んでくる!」
蒼い右目の兵士は再び報告した。
正面突破か。面白い。見栄っ張りと宗教屋が好きそうな行動だ。いや、その二つはもともと同じようなものだったかな?
受けてたってやる─────。
騎士たちがまたがるのは、人間が飼い慣らす馬と、大陸中央部に広がる人類未踏の区域に住む魔獣との混合種だった。馬の高速性と、魔獣の強靭さを併せ持っている。彼らの突撃は大陸一に匹敵するものだった。
騎士たちが大空に槍の穂先を向け疾駆していた体勢から、穂先を前方に、槍を水平に持ち変えて、襲歩に移行しようとした瞬間、彼らの足元が、蹄の直下が爆発し、肉塊が巻き上げられた。
地雷である。樽に詰めた火薬が、地中で一気に爆破されたのだ。
だれが騎士サマなんかと正々堂々勝負するかよ!こちとら防衛側なんだぜ!戦場に細工をしなきゃならねえ立場だ!
征城は口角を上げ、にやりと嗤う。
〈小人の金槌〉様々だ。奴等の援助が無けりゃ、こんなに火薬が有り余ってなかった。
〈長耳の人狼〉のスポンサーの一つに、〈小人の金槌〉という工業ギルドがある。彼らは急成長しつつある組織で、所属する労働者が運営する民主的な労働組合によるギルドだった。
今回の戦争は、〈小人の金槌〉が存在する地域、ロイスラントが宣戦を受け始まったのだ。
〈小人の金槌〉は独立したギルドである。ロイスラントに存在する多数のギルドも同様だった。彼らは自分達を防衛するため、互助会を組織し、傭兵たちに声をかけた。
そのうちの一つが〈長耳の人狼〉だった。ロイスラントの中心地域、ロイス市を根拠地とする彼らは、もちろん喜んで参戦した。東城も同様である。
「逆襲に転じる!突撃にィ、前へェッ!」
ドラムが叩き鳴らされ、ラッパと笛が兵士たちに前進を命じる。傭兵が好む戦場音楽だ。
東城は心底楽しそうに歩き始めた。根っからの傭兵気質らしい。
彼が長靴の裏に違和感を覚え、足をどけると、それはちぎれた人の指だった。
おちゃめなやつめ。
東城はそれを拾い、ぽいと放り投げた。
その指は〈南方宣教騎士団〉の不運な一人の男の指だった。
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