《幕間》 式神と女狐
また、こうなるのか。正直そう思った。
いつだって某の手は空を掴む。守りたいもの守るつもりで、出ていくたびに、逆に助けられて生き延びる。
無様だ。
肝心なところでいつも守られ、生かされる。九尾を封じた時はようやく何か返せたとおもった。だが、結局その業は転生した
「某では……ダメなのか」
力が入らず式神はその場で崩れ落ちる。体の半分は影と同化し、式神の体はもちろん、意識まで取り込もうとしていた。
「また……背負わせて、某は闇に堕ちる……のか……」
「それは、お前の気持ち次第だろう」
不意に耳に入った声は弱々しくも、強がった口調だった。
式神は声の方に視線を向けると、一羽の烏が地面に突っ伏しているのが見える。烏天狗の
「……生きていたか」
「ああ、そうだ。お前の主のお節介で生き延びた。……追わないのか、今ならばまだ空間を開けるかもしれない」
柳は烏の姿で後を追おうとする。だが、動くたびにくちばしから血を吐いて体を震わせていた。これ以上動けば死ぬかもしれない。
「お前では勝ち目などない。……あの武神だぞ、相手が悪すぎる」
式神の言葉など無視して柳は体を引きずって鳥居へと這う。
「それでも……小生は、我が王に任されたのだ。命をとしても……全うする。これは小生が自分の魂に誓った……ことだ。鬼、お前は全部放って、また逃げるのか」
逃げる。
遥か昔、それこそ式神が人間だった時、あの時ですら妹を置いて逃げた。
自分の命惜しさに、見捨ててさったのだ。
あれから数千年が経っても、自分は何も変わっていない。そのことに式神は笑みが漏れた。
「逃げる、か……」
逃げるのは楽だ。流れに身を委ねてしまえばいい。そうやってぐるぐるしぶとく生きてきた。
だが、何のために長く生きてきたのか……。
なにを──
想い目蓋を閉じ、考えることを放り投げた。深淵の闇に堕ちる中で、式神は遥か彼方の記憶が通り過ぎていく。
それをどこか人ごとのように見過ごして──その後、意識も途切れた。
──兄様、……待って──
「!?」
一瞬で意識が覚醒し、瞼を見開く。
拳に力が戻り体が灼熱より熱く滾る。
何のために化物となったのか、何のために生きてきたのか──シンプルな目的。
かつて妹だった魂を─────今度こそ守りぬく。
それだけだった。
(傍に居たい? 何を寝ぼけたことを……。某がそんなものを望んではいけなかったというのに! ……守るために強くなった)
──なにを下らないことをいっている。永劫に続く苦しみから守る方法など一つしかあるまい──
深淵の奥底から聞こえる声は妖しく、甘い毒のように芳醇な香りが漂っていた。
「出たな女狐……」
──フン、人間に肩入れした愚かな鬼が、今更人間にでも戻りたくでもなったのか? 古き神を騙し、貶め、封じたあの者たちを守ろうなど──
「別に人間を守りたいと思ったことなど一度もない。むしろ大半の人間を殺していた側だ。……某は、もう一度守りたいと思った。妹に恥じぬ兄で、男であろうと……」
──くだらぬな。そんな何の役にも、徳にもならんというのに……──
「お前こそ、忘れたのか。某もお前も復讐と殺意にまみれていたけれど、それでもアイツは某たちを受け入れたではないか。それすら、お前は忘れたのか?」
──さてな、吾にあるのは復讐のみ。真っ先にあの娘を食らって器を得てやろう。その方が楽しめそうだからな──
式神は歯噛みする。沸々と湧き上がるのは怒りだ。
「なぜだ。なぜお前も、武神も、龍神もあの魂にこだわる……! なぜ普通を、平穏から遠のくようなことをする!?」
──しれたこと、あの娘がそう望んだからだろうよ。今度こそはなんとかしようと、矮小ながらも夢を抱いたのであろう。愚かよのう──
「…………!」
──ああ、
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