第1.5話 天地鳴動・後編
「ござござ……ござる?」
「あ、ううん。ちょっと考え事をしてただけ」
私は福寿を抱き上げると、もちもちした感触はぬいぐるみのようだ。女子中学生が雪だるまのぬいぐるみを抱きかかえ、狐たちをお供に通学路を歩く。傍から見たら異常だろうが、周囲は田んぼと連なる山々に囲まれており、人の姿はない。見かけるのも稀だ。
ちなみに狐たちの本体は神社の境内──狛犬ならぬ狐として
「ござる~♪」
「トモリ、自転車は乗らない?」と、小首を傾げる
「きゅう?」
「あー、うん。でも師匠がね……」
学校まで徒歩で一時間以上かかる。そのため自転車かバス通学も考えたのだが、師匠
「トモリ、風で、飛ばす?」
「ダメだよ、天一に、天空」
ふわふわと風に乗る
《アヤカシ》と
「風、気持ちいいよ。また凧に掴まって一緒に空、飛ぼう」
「うん。あの時は糸が切れて大変だったけど、またやりたいね」
「ござる。ござる」
《物怪》の討伐や浄化で手伝ってくれるのは、私を
龍神は冥界の神であり《十二の玉座》──その十二のうちの一柱。
「なんで、私なんだろう。……いつか教えてくれるかな」
少し聞くのが怖いが、来年の春には答えが聞けるはずだ。
私が《物怪》の討伐やら浄化に駆り出されるのは、人間の《祈り》が足りないからなのだろう。神々の力の根源は《人々の祈り》と《願い》。純粋に万物を、人を愛する想いだ。人は
しかし時代が下がるごとに神への祈りは減り、願いは人間個人の欲望へと変化していった。そして《MARS七三〇事件》を皮切りに
『──人は地獄の中であろうと、新たな社会を構築し成長を続ける。《異界》の脅威に対して各国の政府は、それぞれ秘密裏に対策を図った』
その声は唐突に、けれど当たり前のように私の耳に届いた。珍しく黙っていると思ったが、どうやら会話に入るタイミングを見計らっていたようだ。彼が私を主と呼ぶ式神──そして保護者みたい存在である。
「…………えっと、×××?」
からかうように、けれど
『義手や義足などの医療の飛躍、化学技術の発展に貢献したのは、各国に降り注いだ流星群だった』
「それってアレでしょ、一九九九年を境に定期的に降ってくる隕石……」
私の言葉を待っていたかのように、×××は喉を鳴らして笑った。
『然り。その隕石は野球ボールほどの
「わかったらしい」「らしい、らしい」「らしい?」と狐たちも歌うように話す。
あ、うん。それ民間人に一番バレちゃダメな
私は
『これによって各国は隕石の情報を
「そりゃあね。豊かな食生活と充実した医療技術、《物怪》と対抗するための警察組織、そして戦力を着々と備えていった。私の所属している《対策室》もそうだし、各国の政府の完璧な計画によって、《異界》の問題は解決すると信じていた」
「信じていたらしい」「らしい?」「らしい、らしい」と狐たちは小首を傾げる。うん、可愛い。
──と話が逸れたが、政府はそれなりに努力したのだ。
人類はただ怠惰で、慢心していたわけじゃない。貧困を減らし、人々の心にゆとりを作り、戦争する理由を意味消失させようと本気で実行していた。
だが、そんな理想的な《幸福紀》は訪れなかった。理由は簡単だ。社会の豊かさに反比例して
つまり人の心に巣食う闇が、新たな《異界》を魂の内に作り上げてしまったのだ。
「そりゃあ、誰も神に
私が頬を膨らませると、木霊たちも真似をし始めた。その可愛さに口元が緩んでしまう。《アヤカシ》たちはどこまでも優しくて、純粋だ。良くも悪くも。そして人の基準では動かない。だからこそ、私は《アヤカシ》たちが大好きなのだ。
『ま、それを正したところで変わらん。心根では自分勝手な願いを想っているのだから、致し方あるまい』
──その結果、真っ先に新たな《異界》を作り上げたのは、《MARS七三〇事件》の生き残った人たちだ。彼・彼女らは後に《神の祝福者》と呼ばれるようになる。
それは意味は幸運だとか、奇跡的だったからという意味ではない。生き残った者の大半は精神が病んだ末──
意識不明となる《
ある日
ある日突然この世界を呪い、
そうして負の連鎖は新たな被害者と加害者を生み出し、増加の一途をたどった。
『アベンジャーとは、皮肉が聞いておる。元々は別の名称があったのにのう』
「私、あの《呼び名》は嫌いだから良いの!」と、燈は再び頬を膨らませた。影の中にいる式神は『かかかっ』と笑い声をあげる。
『そうか。……しかし、我が主は《神の祝福》のどれでもないのう』
「まあね……」
私はどれにもならなかった。きっとそれは──単に運が良かったからだ。
(そう、運が良かっただけ……)
私は天を
稲の収穫が終わった田畑では、二足歩行をしている兎と狐とカエルが
(うん、いつも通り!)
私にとって賑やかな日常。違うと言えば今日は××××が家に帰ってくることだ。
任務の要請もないフツーの日。
私は式神や友人でもある《アヤカシ》たちと他愛無い会話を楽しみつつ、学校に向かった。
学校に行って、そう──
家に戻って──なんの変哲も無い一日になるはずだった。
***
暗がりの中、赤黒い光が空に映える。暗くて、空気がやけに張り詰めていた。
学校の帰り道。私は何かに追われるかのように、足を速める。気づいた時には駆け出していた。
いつもなら街灯が道を照らすのに、今日に限って暗い。よく見れば黒い霧が周囲に満ちていた。
(まずい。この嫌な感じは──)
そう思った瞬間──
私の住んでいた家が、その周辺が一瞬で灼熱の炎に包まれた。
「×××、私は師匠に応援要請を出すから、その間に状況確認を──」
私はポケットから携帯を取り出し、連絡しかけて異変に気付く。
×××の返事がない。でも、それは遅すぎる反応だった。
「×××──」
獣に似た
マグマが吹き出すような炎と、灼熱を
絶望がそこにはあった。地獄が産ぶ声を上げたのだ。
私は空を見上げながら、彼らの本来の姿を目にした。
「嘘でしょ……」
声が漏れた。
冗談だったら、どれだけよかっただろう。
今朝まで仲間だと──大切な家族と思っていたモノたちが、本来の姿に戻って、
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