序幕 終わりは唐突に
第1話 天地鳴動・前編
私の記憶はいつだって炎から始まる。
燃え上がる
二〇〇九年 日本──××県
その日は十月過ぎだというのに、真冬のような寒さだった。
「姫……」
玄関先で靴を履いていた私に、龍神は見送りに現れる。居間に忘れた私の赤いマフラーを持ってきてくれたのだ。
彼は「寒いだろうから」と、私の首にマフラーを巻いてくれた。些細な気遣いに、口元がにやけてしまう。
(ふふっ、幸せだな……)
私の頬に触れる彼の大きな手に体温がない。けれど気にならなかった。
『早く夫婦になれば良いものを』
式神の×××に冷やかされつつ、私は自分の影を足先で軽く叩いた。
「春になったら言うからいいの」
来年、私は十六歳になる。それまで、あと少しの辛抱だ。
玄関口で二人に「いってきます」と言って出た。
「ああ、いってらっしゃい」
『いってらっしゃい』
二人は有り体に言うと人ではない。神さまであり《アヤカシ》と呼ばれる存在だ。どちらも似たようなモノで、呼ばれようには《妖怪》とも言うらしい。けれど私にとっては大切な家族で、大切な方々だ。
「あと、少し……《あの事件》の事と私自身との向き合う《鏡開きの儀》が終われば……」
《あの事件》とは今から十年前、一九九九年七月三〇日。
池袋駅に直結しているMARS CITYで起こった無差別爆破テロのことだ。
通称、《MARS七三〇事件》。死者五千人以上を出し、重傷者と行方不明者は数百人を超えた。当時は、《二〇世紀最後の悪夢》と新聞やメディアに取り上げられていたらしい。
その日、現場にいた両親と妹は、爆発に巻き込まれて死に──私は奇跡的に救出された。
私を引き取った××××の話だとこの日、世界は
その時、幼稚園児だったか、私は「世界なんてそんなもの」と驚くほどあっさり受け入れた。
なぜなら──
「トモリ、あそぼー」
「ござる、ござる」
私の目の前に──日常に《アヤカシ》たちが、
「途中までならシリトリしてもいいよ」
「わー、わーワリカン」
「うん、一瞬でシリトリ終わったね。……ってか割り勘とか、どこで覚えたの?」
「わー、わー?」と木霊たちは、わらわら風に流され漂っていく。
「ごさる、ござる」
ぴょんぴょんと、飛び跳ねて抱っこを要求するのは、雪だるまみたいな姿をした木霊だ。この子だけは、他の木霊と少し異なる。といっても他にも家の近所で掃き掃除を日課としている老夫婦も木霊であり、
「ござるー」
「おはよう、
ともあれ私は《アヤカシ》が見える、聴こえる、触れられる──という体質のため失踪特務対策室、通称ゼロ課に所属している。
(師匠の言葉を借りると《役目》だっけ?)
「《役目》じゃなくて、《約束》」
私の心の声を拾う物好きな《アヤカシ》たちが現れた。しかしそれは人の心を読むことで有名な妖怪──
「古より、冥界と現世は繋がっていたから」
「
「だから《我らの神々》は世界と冥界を
下生えした獣道から尾が三つある狐たちが、にょきっと姿を見せた。みな額に朱色の紋様があり、とことこと私の傍に歩み寄る。この狐たちも《アヤカシ》で、《田の神様の眷族》だ。昔はよく鬼ごっこをしていた。
「おはよう。
「昔の盟約、トモリが守ってくれて嬉しい。らしい?」
「うん、そこは嬉しいで言い切ってほしかったな」
「《田の神様》も嬉しい。たくさんの人間が《忘れて》悲しいって言っていた」
「そっか……。ごめんね」と私は人間を代表して謝罪した。
《物怪》を生み出したのは人間だ。
その数はあっという間に増え、世界を食らい尽くさんとしていた。滅亡の危機に陥った人間たちは神々に助けを求め──神々は人間に《ある条件》をつけた。
──封じた《物怪》の浄化は、人間が行うこと──
人間と神々の《約束》であり──《盟約》。神々は溢れかえった《物怪》を一時的に封じるため、《現世》と《冥界》を切り離す決断をした。
「減りすぎた人間を増やすために」
「人、いっぱい増えれば、《物怪》の浄化も楽ちん?」
「うん。そうだね」
切り離された《冥界》を支える要となったのが、《十二の玉座》と呼ばれる神々の存在だ。冥界の国を治める《十二の神々》──神の力によって《異界》に目を光らせ、《物怪》の監視と、
(浄化……か。確かに神様は《物怪》を討伐は出来るけど、浄化は人間しかできない……)
もっとも今、そんな話をした後で「浄化の手伝いをしろ」と言われたら、私は失笑していただろう。たしかに私は《アヤカシ》を見れる、聞こえる、触れられる──でも《剣術》や《術式》の才能がまるでない。
「それで浄化とか無理でしょ」と、言って関わらない道だって確かにあった。けれど私は《
(私は私が自分にした《約束》を守りたい。それに──)
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