とある少女の日常 二

 私の言葉にその場にいた全員が唖然とし、一斉に吹き出した。それはもう完全に馬鹿にした笑い声だ。なんとなく予想はしていた反応ではあったのだが──彼らの反応に龍神と式神が殺気立つ。


(のぁああああ!? 二人とも大人の対応してぇ!)


 いち早く殺気に気づいたリーダーの《クロサキ》は、慌てて騒ぎを鎮める。


「おーいお前ら、騒ぐのはその辺にしておけ。こちとらピクニックに来ているわけじゃないんだ。ほらほら、各自さっさと積んである荷を取り出して準備しろ」


《クロサキ》が手を叩いて騒ぎを止めると、みな「了解アイアイサー」と行動を開始する。緩慢な動きだが、それでもそれなりの修羅場をくぐってきた彼らはテキパキと武装していく。


(た、助かった……)

「フン、……命拾いしたのう」

「次はないですけれどね」


「いやいや。味方、味方だから!」と私は二人に詰め寄って念を押したのだった。


 ***


「うひょう~! 対・物怪用、閃光発音筒フラッシュ・グレネードに、FN社が開発したPプロジェクト90、短機関銃と特殊弾。今羽織っているこのコートも特殊繊維で編み込まれた防弾スーツ。俺たち末端の人間にまで配給される武器としては、上物ばっかだな」

「そうッスね。これだけでも裏市場で売れば、当面は遊んで暮らせる……」


 ポロポロと聞こえてくる話は、よくある無駄話だ。手を動かし、慣れた手つきで銃の装備を整える。


「違いない。だが、売ったら最後、始末されるんだろうな。武装集団、謎の化物である《物怪》の出現、ここ数年で飛躍的に向上した高度な医療技術、そんでもってこの化学兵器。この国はいつから物騒になったんだか」

「さあ、……《一九九九年のあの事件》からッスかね?」


 そこ単語に私はドキリとした。自然と雑談に耳を傾けてしまう。


「あーたしかに。あの爆破テロから行方不明に、意識不明者。オマケに可笑しくなって爆破テロする民間人が増えたからな」


 そう、その通りだ。あの日の事件で、世界の均衡が壊れたから。

 意識不明となる《未帰還者みきかんしゃ》、ある日忽然こつぜんと姿を消す《神隠者かみいんじゃ》、ある日突然この世界を呪い、恩讐おんしゅうに身を焦がし爆破テロを起こす《復讐者アベンジャー》と政府は名称を発表した。本当の理由を誤魔化すために、それらしい名前を付けただけだ。

 その原因は……。


「でも、それってほとんどが《物怪》が関わった事件ッスよね。なんで政府は《物怪》の存在をひた隠しにするんスか? 人体実験の失敗から生まれた産物だって噂もあるっスけど……」


 それはこの仕事をする者が一度は思う疑問。

 なぜ世間に公表しないのか。

 政府の後ろ暗い何かを隠匿したいからなどと、陰謀論などが囁かれる。

 でも実際は、もっと根深い──



 ***



 京都嵐山上空、十七時十三分──

 秋空は宵闇に包まれ、月明かりではなく町の街灯が大地を照らす。


 私と式神、そして龍神は先に嵐山の森に降りた。小さな祠を前に、山積みされた酒の樽が並べられている。これで準備は整った。あとは私が術式をくみ上げるだけだ。

 これが私の仕事でもある。この地の土地神から少しの間、力を借りて術式を展開させてもらう。土地にあまり馴染みはないけど、土地神様とちがみさまと呼ばれている大蛇に、頼んでみる。

 するとあっさりの承諾で「いいよー」と二つ返事で承諾してくれた。


(毎回思うけど、そんなに軽くていいのかな。……というか、ここの神様は気難しいって報告書に書いたのは誰だ!?)

「軽くないよー。ダメな時はダメっていうしー。ってか、キミの話は聞いてたから、会うのを楽しみにしていたんだよねー」

「私に?」


 土地神様には、私の心の声など筒抜けのようだ。もっとも今は小さな白蛇に姿を変えて、私の首に巻き付いている。


「そー。木霊こだま福寿ふくじゅ殿に、田の神の眷族である狐たちから話は聞いてたしー、なによりが一緒にいるんだからねー」


(みんな情報通だな。携帯とかないのに、どうやって情報交換とかしているんだろう)


「森は森で繋がっているから行き来は自由だよー。ウチは存在がでかいから中々出られないけどねー。つーか、この山から出たら他の影響が大きく出るしー」

「そっか。旅行にも出かけられないって、ちょっと大変だね」


 白い蛇は小さな舌を出して頷いた。


「だろだろー。……お、そうだ。冬が終わったらウチと一緒に海を見にいかないか?」

「ん? 海。いい──」

「ちょっと待て」

「ちょっと待ちなさい」


 式神と龍神は息ぴったりに私の言葉を遮った。

「どうしたの?」と聞く前に二人は早口でまくしたてる。


「何を考えておる! というか、気軽になんでも願いを聞き届けようとするな!」

「そうです。毎回毎回、すぐ仲良くなったかと思えば、アヤカシ古き神の願いを簡単に受け入れて、どれだけ口説き落とすつもりですか貴女は!」


 凄まじい形相の二人に、私は思わず後ずさりする。


「くど……? いやいや、願いとかそんな大げさなこと頼まれたことないよ?」

「そーだ、そーだ。ささやかじゃないかー」と土地神様白蛇も反論する。

「どこがだ!」

「どこがですか! そもそも山の神が不在となるだけで、森の息吹が──」

「日帰りでも?」


 龍神は「はあ」とため息をこぼすと、そのまま言葉を続けた。


「毎回、花見に行こう、里を見て回ろう、遊ぼう、花火を見よう、鍋をしようなどの《アヤカシ》の願いを聞き入れなくていいのですよ!」


「なんで?」と私はムキになって龍神に言い返す。


「みんな無理なこと一つも言ってないのに、どうして断るの? さすがに無茶苦茶な《約束》はしないよ! できる範囲にしてもらっているし!」

「そう──ですが、…………なら私とも……逢瀬おうせを重ねたいという願いを叶えていただけるのですか」


 【逢瀬おうせ

 会う機会。特に、恋愛関係にある男女が人目をしのんで会うこと。 (大辞林 第三版について引用)

 龍神の出てきた言葉に、私はドキリと心臓が跳ね上がった。龍神はいつも鉄面皮で表情が乏しいし、いつもそっけない。ので、気づきにくいのだが、さすがに今のは私でも分かった。


「そ、それって……、そのデートのお誘い……ですか」


 声が裏返ってしまったが、私はなんとか最後まで言葉にできた。


「…………」


 龍神の長い睫毛まつげがわずかに揺らいだ。酸漿色ほおづきいろの双眸は私を見返すばかりで、感情が読めない。

 私の勘違いなのかもしれない──けれど、彼の指先に触れて答えを促す。


(うわあああ……! これでデートじゃなかったら、今後龍神の顔とか見れないいんですけど!?)

「姫、私は──」

「作戦開始三分前だ。秋月燈、準備はできているな」


 突然の声に、龍神の言葉は遮られた。


「し、師匠!?」


 そこに姿を現したのは、巨漢の男だった。深緑色の斜めに切りそろえられた前髪、筋骨隆々の鍛え上げられた肉体、強面の顔はどう見ても堅気には見えない。彼の名は浅間龍我あさまりゅうが。私の師であり、《失踪特務対策課》零課の戦闘部門統括──つまり上官でもある。


「…………ふむ」


 浅間は瞬時に何があったのか把握し、時計へと視線を移したのち、

「三十秒で話を済ませろ」と言って去っていった。

 次いで式神も所定の位置へと戻っていく。


(めちゃくちゃ短いんですけど!?)


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