《幕間》 空白の黒幕
夏の熱気を含んだ生暖かな風が暗がりの病室に入ってくる。緩やかに白いカーテンがなまめかしく踊る中、銃を向け合う二つの影。
一人は
ノインは眉間に皺をよせ、歯を食いしばった。改めて対峙して眼前にいる男を見据える。深緑色の長い髪が風によって揺らぐが、その巨体は大樹の如く聳え立つかのようにどっしりと構えていた。
向けられる殺意は重く、鋭い。
纏う空気はより深淵のように黒く禍々しい。眉一つ動かさず、男は銃口をノインに向けたまま佇んでいた。
「少なくとも……俺の知る浅間龍我という男は、味方に凍り付くような殺意を向けるような人間ではない。なにより纏う気配が全く違う」
ノインは浅間と直接関わったのは、そう長い時間ではない。だが、それでも浅間龍我という男が、どんな奴なのかを知るには十分だった。
ノインはやや特殊な経緯で、警察庁に着任している。いくら内部で
だからこそ秋月燈のバックアップや、支援などが迅速に行えたのだ。信頼していた。これからも、《異界化》進む中で過酷な現実と戦う、頼れる指導者だと信じて疑わなかった。
(芝居の可能性──〇・五パーセント。威嚇による反応速度の確認──つまりテストの可能性……二十三パーセント。周囲に《物怪》がいるため……、浅間龍我が《物怪》に乗っ取られた可能性──、荒御魂による暴走──)
ノインは演算を繰り返すが、どれもパーセンテージは低く邪推もいいところだ。無意識的にか、はたまた気づいていないのか──その可能性を失念していた。
「俺がこの一連の《黒幕》の可能性は考慮したのか?」
「なっ……!」
完全に虚をついた言葉に、ノインは言葉に詰まった。その一瞬の躊躇いを見据えて浅間は引き金を引いた。が──金属音が僅かに病室に響いただけだ。
(空? 最初から弾を抜いていたのか)
その僅かなタイムロスがノインに反撃の隙を与える。彼はワルサーP99のトリガーに指先をかけず──浅間に向かってゆっくりと放り投げた。
「!」
現人神である浅間であっても、目の前に放り出された拳銃に一瞬視線を向けてしまう。そしてその手の陽動は、ある少女がよく使っていたものでもあった。
秋月燈。
彼女の姿が浅間の脳裏に過ったのも相まって、一秒ほどノインの存在が薄らいだ。
それを見越して──もう片方の腕に内蔵されていた棒手裏剣を投げる。予備動作を最低限に放たれたソレは、標的ではなく病室の壁に突き刺さった。
浅間はあの巨体で──信じられないほどに軽々と窓から素早く飛び出し、戦いの場を外へと切り替える。ノインは素早く浅間の攻撃を読み、棒手裏剣を投げた。
空中では身動きが取れないと判断による追撃だったが、浅間には掠りもせずに、三階から飛び降り、数少ない足場で建物へ飛び移っていく。
ノインも拳銃を拾い上げると、窓から飛び出す。浅間の後を追ってビルの合間を飛び移る。もっとも、ノインは浅間ほどの脚力は出せず、腕からワイヤーを使って速度と移動手段をカバーした。
「反応速度──予想より三・七秒速い。動きや反応パターンの更新──同期」
都内からの避難勧告もあり、ビルの灯りは転々としている。街灯の明かりもか細く、ここが首都圏とは到底思えないほど、人の気配がなかった。
暗がりのビルの合間を飛び交いながら、先に発砲したのは浅間だった。病院だから気遣っていたのか、抜いたのは回転式拳銃、四十四マグナム。正式名はS&WM、二十九回転式拳銃の中で、世界最強の拳銃と言われた破壊力のある銃。昔の映画で車のエンジンを破壊するシーンは、フィクションではあるがそれに近い威力はある。それを躊躇いなくノインに向けて撃った。
「予測可能領域──戦術コード〇二三五」
凄まじい銃声音と共に、弾丸がノインへと襲いかかる。
だが、ノインは棒手裏剣を投げて弾丸の軌道をずらす。間髪入れずに浅間はトリガーを引いた。その全てをノインは予測と分析で回避する。ゴールデンウィークでの賭け試合とは比べ物にならないほど動きは洗練され、浅間に取ってノインはやり辛い相手へにまで成長を遂げた。
(単騎で追撃と見せかけておきながらの、ドローンによる援軍か……!)
浅間は舌打ちしながらドローンに警戒しつつ、一撃撤退を繰り返す。
外に出た瞬間からノインは周囲を巡回していた警備用ドローンにアクセスし、上位命令を上履きして援軍として浅間に追撃命令を出していた。
浅間を直接狙うといったものではなく、誘導させるためのドローン。主に飛行可能な形状は六十サイズの段ボールに似ている。
それ以外にはペイント弾、閃光弾、ゴム弾と殺傷能力は低い。しかしノインはドローンのスペックを最大限利用しつつ、浅間を廃ビルまで誘導するに至った。
足止め、一撃撤退、陽動、けん制の発砲。そのすべては浅間の呼吸を常に感知し、それを崩す。
五月に起こった《異界化》及び《物怪》との、大規模戦闘の経験があってこその成果ともいえた。それぞれの役割の中で最大限生かす方法──
浅間が窓ガスもない倒壊寸前の廃ビルに入った瞬間、真昼ような照明が彼の姿を照らし出す。ドローンの照明機能により、黒い軍服が闇からあぶりだされたように見えた。
浅間は殻薬莢を地面に落とすと、すばやく装填する。その時間は数秒であり、ノインが廃ビルに入り込んだタイミングでもった。
ノインと浅間。互いに相手の心臓に銃口を向けて対峙する。
先ほどとの相違点。
浅間の周囲にドローンが数機飛び交い、いつでも拘束可能な準備を整えていた。
囲まれた中で、浅間は脱出経路を確認するが、全て絶たれており、力業で押し通るか、援軍などでない限り難しいと判断する。
──というのも、ノインの影にいる
「降参だ。ゴールデンウィークでの戦いとは別人だな。己の武器が何かを知ったか」
浅間はあっさりと殺意を消し去り、拳銃を床に置いた。いつもなら「不意打ちによる試練」とノインも安堵するのだが、今回ばかりはそうもいかない。より一層緊張した面持ちで、眼前を男を睨む。
「虚を突く。……嫌というほど、
ノインの銃口は浅間の心臓に向けらたまま、未だ指先はトリガーに触れていない。
「そうか」
「…………」
ノインは浅間の周囲に纏わりつく深淵を見つめた。黒々とした炎が影から湯気のように噴出している。その影は《死》という概念そのものが、形を帯びて顕現したかのように思えた。
「警戒を解かない、か。まあ、おおむね正しい判断だ。今後の事を考えればやはり、貴様が《適任者》だと言わざるを得ないな」
浅間は目を伏せると、小さくため息を吐いた。ノインは浅間の言葉が飲み込めず、口を開く。
「……今後?」
「ああ、俺が現世からいなくなった後は、貴様が皆を引っ張っていけ」
浅間の言葉に、ノインは耳を疑った。彼の受けた衝撃を他所に、浅間は話を進めてしまう。
「──と言っても、全ての記憶が戻っている俺からの言葉だから、その時が来るまではピンとこないだろうがな」
妙な言い回しに、ノインは眉間に皺を寄せた。彼の表情を見やって言葉を紡ぐ。
「簡単に言えば、今の俺は一九九九年の《MARS七三〇事件》から起こったこと全てを把握している。つまり、《理》の施した記憶喪失や上書きもない」
浅間は続けてこう口を開いた。様々な要因と《荒御魂》による演出が、今まで悲劇を生んだ。それは浅間の半身による業だから、引き受ける責任があると語った。
「貴様のよく知る俺は、いくつかの制約のため、記憶が抜け落ちている状態というだけで多重人格者だとか、乗っ取られたとか、別人という訳じゃない」
全てを知らないからこそ、記憶が欠落した浅間の行動には演技や裏がない。だからこそ誰も──おそらく本人すら気づいていないだろう。
確かに《荒御魂》が《黒幕》の要因を占めているなら、筋が通らなくはない。だが、それならば責任を取るのは木下馨一や、《荒御魂》が取り憑いた者たち自身だ。浅間は常に戦ってきた。誰よりも世界を守ろうとしていた人物の最後が、世界に裏切られる。そんな事があっていい訳がない。ノインは思考するが、感情が先に出てしまって、考えがまとまらなかった。
「理解不能。……疑問。何故、記憶の一部を削除している?」
「それが《理》と話し合った結果、俺が唯一願いを叶える方法に繋がるからだ」
浅間の言葉にノインは釈然としなかった。彼はすんなりと悪役を受け入れていたからだ。そして彼は個々人の願いの為だけに、全ての人間を欺いていたというのだ。秋月燈はもちろん、ノインも浅間のことを信頼していた。だからこそ、彼の言葉に衝撃と失望、そして怒りが込みあがった。
全てをノインに押し付けて、眼前の男はいなくなるというのだ。
「…………貴方は」
「俺不在でも、戦力増強ということで
「……あの男?」
ノインは自分の声が掠れていたことに驚いた。これも動揺から来るものなのか。全身義体化しているというのに、妙な気分だった。
「ああ、貴様が《心の友その弐》と認めた男の兄だ。……といっても
淡々と今後のスケジュールを口にする浅間にノインは感情が追いつかない。けれど、彼が口にしていること全ては理解が出来た。頭にも入ってきている。
それなのにモヤモヤが晴れない。
「…………っあ」
ノインは口を開くが、言葉が出ずに歯噛みした。
「木下馨一は隔離施設にいるが、万が一……。術者が足りないという非常事態の時にだけ条件付きで、釈放できるように目途を立てておく。詳細は後でメールでいくつかに分けて送っておこう。今後予想される出来事も──」
「なぜ、それで俺を指名した? 浅間龍我、貴方の目的は……」
浅間は「ああ」とノインの言葉に微苦笑した。
「空白となっている《黒幕》の座を勝ち取ることだ」
「空白……、黒幕……? 勝ち取る?」
まるで新作ゲームのルールブックを読んでいるような気分だった。ふざけたような話だが、浅間は至って真面目にノインに話す。淡々と用意されたセリフを口にしているかのようだ。
「《異界》は処理し切れないほどの《物怪》が有象無象に存在している。それらを現世に顕現している器に全て押し込めて、《化物》という厄災を人為的に生み出す。それが俺の言う《黒幕》の事だ。その座を勝ち取れば、退治する対象として舞台に上がることが出来る」
「ふざけて──」
「ふざけているものか」
「理解不能──疑問、なぜ退治されることを目的とする?」
浅間は心底羨ましそうにノインを見つめた。羨望に近いかもしれない。
「まあ、それが普通の反応だ。……冥界の神々が《十二の玉座》という《役割》を担っているのには、目的がある。《願いを叶えるきっかけ》を得られるというもの。大なり小なり、可能性がある。龍神は《ある魂》の転生者と出会うこと。……可能性がほぼゼロだったが、数千年の時を経て巡り合う機会が訪れた。それが今というわけだ」
ノインは黙ったまま浅間の話に耳を傾ける。いつだったか、四季××とチェスをした時に、そのような話をしていた。
なぜ転生者に会いたいのか、記憶も人格も異なる他人だというのに──という印象をノインは受けたのを覚えている。
なぜ固執するのか、執着するのか。
理解できなかった。それだけの長い時をたった一つの些細な願いのために投げうてる。ある種、狂人ともとれる行為。
しかし、それと同時に彼らの願いは、本当に些細なものなのだ。世界征服だの、破滅や自身の地位を確固たるものにしたい──などという願いからかけ離れている。
「話を戻すぞ。つまりはお膳立てされた舞台、事態収拾のための配役が必要だということだ。歴史を見ればわかるように、化物、厄災、禍津神、鬼、物怪……名称は様々だが、ソレが現れた時に対峙する。世の中を歪めて、悪しきモノが跋扈する分かりやすい展開。押し付けられた《黒幕》が必要だということだ。いつの時代もな」
「……それなら木下馨一こそ《黒幕》であり倒すべき者では?」
「ああ、だが既に先の事件で《荒御魂》は取り除いた。今はただの人間だ。ただの人間であるなら配役からは外される」
ノインは苛立ちながら、矢継ぎ早に口を開いた。
「ならその配役を決めているモノを──」
「それは集合無意識であり、人類の総意というものだ。そしてそれが破綻しないように、調整をしているのが《理》であり、金色の海を揺蕩う集合無意識であり、また万物そのものでもある。神という概念とは異なるので、何とも曖昧模糊な説明になるがな」
浅間が言うには歴史、集合無意識とは巨大な川のようなものだという。川の流れを変えるのは容易ではない。
「疑問。これは人類全てが負うべき責務。それを個々人に押し付けては、何も変わらないのではないか?」
「ああ、その通りだ。末法時代の時もそうだったが、《物怪》は人の負の感情から生み出される。そのたびに《異界》との境界が曖昧模糊となって溢れ出た。その時の当時も退治され、悪役を押し付けられた。だからこそ今回は神々と精霊と人間によって、それらを回避するために《MARS七三〇計画》が発案された」
七福神の転生者たちによる大規模な展開術式。マイナスをプラスに変換させ、個々人が負債を背負わないで済む方法──しかし、それは水泡に帰した。
「あの計画で、足りなかったのは強い《祈り》だと言う結論に至った。だからこそ二〇一〇年に計画した《
「……アクシデントがあった?」
「その通りだ。予想以上に一九九九年で起こった《MARS七三〇事件》の後遺症や影響によって人員が揃わなかったところが大きい。神の転生者だった者たちまで、みな《未帰還者》へと陥った」
揃わなかったピースと事実がノインの中で、点が線へと結びつく。それは記憶を失った浅間が辿り着けなかった答え。
否、辿り着いた瞬間に、記憶から抜け落ちたのだろう。
「疑問。負のエネルギーを正に昇華させる
「そうだな。人間が《祈り》を捧げ続けていれば、こうはならなかった」
「祈り……?」
確かに日本における信仰は、希薄とも言えるとノインは思えた。
「ああ。自身の私利私欲ではなく、万物への恩恵だ。利己的で腐敗した欲望なんぞが《祈り》だとでも思うのか?」
それも歴史の中で《現世御利益》を高らかに謳ったツケなのかもしれない。人々は代わりに《祈り》ではなく《金銭》を捧げた。それにより立派で贅を凝らした社が建てられたとしても、本来の
「別に今の時代の人間だけじゃない、この国の歴史は血と怨嗟の上に成り立っている。それを忘れ、否……見ないふりをして、先延ばしにしてきただけだ」
浅間はノインから奪ったレベッタM92をノインに投げて返した。几帳面にも銃弾の入っていない拳銃を、ここまで持って来ていたようだ。彼はその銃を受け取り、ワルサーP99も戻す。
「だから次は貴方が《黒幕》になると……」
「ん。ああ勘違いするな。俺はずっとその《役割》を望んでいたんだ。それが唯一俺を殺すための方法だからな」
浅間は自分の願いを告げた。自らの死──
最強の男の言葉に、ノインはその意図と思いを推し量ることが出来ない。
「……なぜ」
今日何度目になるかわからない疑問。浅間の考えがノインには理解できなかった。
「数千年生きてきたのは、目的があったからだ。息子だった魂の転生者を殺さずに《荒御魂》だけを回収、そして俺と渡り合うだけの人間の出現。俺は自らの命を絶てない。かといって条件がなければ、死なないからな」
全ての条件が揃う奇跡。それが今回だという。
そこでノインはあることに気付く。では誰が、浅間を倒しうる人間なのか。少なくとも浅間と対等に戦える人間はいない。それこそ神々の力を借りない限りは──
「……まさか、貴方を倒す人間というのは」
「神々を味方にでき、尚且つ俺に向かってこれる人間はそう多くない。なにより、アイツはどういう意図があったのかは分からないが──俺の願いを叶えることを条件に弟子入りをした」
全ての記憶がある浅間は、馬鹿弟子とのやり取りを思い出す。あれは、一九九九年の《MARS七三〇事件》から二年半が経った頃だろうか。
***
二〇〇一年××月
六条院焔が孫を連れて栃木の訓練場にやって来た時だ。
山々の連なる緑豊かな土地での体力強化。新たに零課のメンバーを選定する為だったが、目ぼしい人材は今のところ一人ぐらいだ。四季××、いや、その頃は既に龍神と名乗っていた。
休憩時間に浅間のところにやってきた少女は、小学校低学年だったろう。脆弱な小さな命は、浅間に歩み寄った。普通の子どもなら、強面な顔を見て泣き出すはずだったのだが……。
木漏れ日の木々の下で、あの少女は「弟子入り」させてほしいと頭を下げたのだ。「剣術の修行を付けてほしい、もっと強くなりたい」と────
「俺にメリットがない。それとも貴様は、俺に何か提供できるものでもあるのか?」
下らないと茶番に付き合えず突き放した言葉だったが、少女は必死で考えてこう答えたのだ。
「貴方の願いを叶える」と。
あの時程、意表を突かれたことはなかった。白紙の小切手を手渡してきた少女に浅間は口元を緩めた。
「俺の願いを? たとえば──俺を退治するとか」
「退治……? わかりました!」
あっけらかんと少女は頷いた。あまりにもあっさりというので浅間は、少しばかり殺意を込めて脅かす。
「おいおい、遊びじゃないんだぞ。本気でその覚悟があるのか?」
「うん、そしたらアサマ、痛くなくなるんでしょ?」
***
懐かしい記憶。
思えばあの時から馬鹿弟子は、予想をはるかに超える答えを返していた。そして宣言通り、彼女の周りには浅間と対等に戦えるだけの戦力が揃っていたのだ。
何を想ってあの発言が出たのか、その意図は浅間にも分からない。だが、それでも人間でありながら、《神々》と《厄災》の助力を得られる存在は秋月燈だけだった。
「……心の友その壱に、師匠殺しをさせるつもりか!?」
ノインの目つきは鋭さを増し、声も低いトーンになった。だがそのことを本人は気づいていない。友情、恋慕、それとも恩義──どちらにしても、秋月燈は不思議と人を動かす。
たとえその場にいなくとも……。
「それも《約束》のうちだ。なにより弟子は師を乗り越えて貰わないと困る。まあ、失敗したら、またその機会が来るまで生き続けるだけだ」
その宣言は秋月燈の死を意味していた。師である浅間は、あっさりと言ってのけたのだ。あくまでも自分の目的を優先としたその言葉に、ノインは敵意を浅間に向けた。
「……そこまで聞いて、俺が何もしないとでも?」
「いや。むしろ勝手に動いてもらおうと思ってな。保険という奴だ。さっきも言ったが、《黒幕》──つまりは《異界》からあふれ出す深淵そのものの鋳型が誰になるか。誰が《その役目》を担うか。まだ決まっていない。万が一、《
「…………」
その凄惨な未来をノインは考えて、被りを振った。
「特に厄介なのには、秋月燈の影にいる奴だな。あの二つの厄災が同時に目覚めでもしたら、目も当てられん」
二つの厄災?
ノインは眉を顰めた。学校で見せた巨大な黒い塊、あれが厄災だというならわかる。だが、浅間龍我は二つと告げた。もう一つは──
影──強大な力。
あの時、あの式神は何と言っていたか──
──リスクが高いからだ。だから出来るだけ、この手は使いたくなかった──
「なっ……」
ノインは思わず声が漏れた。
そもそも浅間のセリフにも出てきていた《厄災》。それをノインは勘違いしていた。
秋月燈の周囲には神である龍神と、二つ目の《厄災》が傍にいたのだ。
(それなら俺は、俺にできることをするまでだ)
ノインは知らずのうちに力強く拳を握りしめていた。
***
時は戻り、二〇一〇年八月三十一日
四季冬樹による術式の再構築が終わりつつある中、ノインは塞がっていく結界の中に彼は突貫する。
(あと一〇メートル……、八……、これなら!)
「甘い」
浅間の放った金色の雷が、ノインに直撃する。黒い煙と爆発によって彼は意識が飛んだ。
「ぐっ……!」
ノインは飛びかけた意識の中で、秋月燈の姿がよぎった。
(このまま、行かせるものか……!)
ノインは手を伸ばし、照準を構える。起動補正を演算する中、唇を開いた。
「室長……、行けば貴方は……!」
「本当に覚えていないのだな」そう言いかけて、ノインは言葉を濁した。失った記憶、それでも彼の中でもすでに何のために向かうのか、気づいていた。
記憶があろうがなかろうが、おそらく浅間は止まらない。その目的を果たすために手段は選ばないだろう。
「だから何度も言わせるな。任せたぞ」
ノインの手は空を掴み、紙吹雪が舞う中で再び結界が再構築していく──
完全に結界が塞がる前に、ノインは指差しをした。刹那、小さな破裂音が鳴る。ただその音はノインだけしか耳に届かなかった。
打ち出され何かが、浅間の黒いローブに付着する。
(ここで打てる手は打った……。後は頼んだ、ヤマツチ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます