第48話 式神が守るは我が主人

***


 ノインが崩れ落ち一気に戦力の均衡が崩れた。

物怪もっけ》──かしゃどくろの分裂体である骸骨たちが押し寄せる。しかしいつの間にか校庭から《鵺》が消えていた。おそらくはともりが浄化を成功させたのだろうと式神は判断した。


向こうには龍神が出張ってきているだろうから、まあ、心配はない)


 とはいえ式神が手放しで喜べる状況でもなかった。戦況は最悪。

 少なくとも式神は伏兵ふくへいの存在、そしての戦力を計算に入れていなかった。否、警戒はしていた。兆候と予測も経てていたが、それでも連中の方が狡猾こうかつで、一枚上手だったということだ。


(チッ……。目的はか)


 遠距離からの狙撃。そして襲い来る骸骨から自らの主を守るため、式神は姿を変える。出来れば使いたくなかった力を一部解放した。


「起きろ、月桂げっけい


 漆黒の影が揺らぎ、黒い塊が式神を取り込む。

 黒狐の姿は影に溶けて消えた瞬間──数千、数万の漆黒の槍が影から天を貫かんと飛び出す。矢の如く放たれた槍は三六〇度、半径五〇メートルに存在する《物怪かしゃどくろ》全てを一撃で貫いた。


「アヤカシの中でも《かしゃどくろ》は怨念や呪詛の塊だからな。《物怪》になったやつらなんぞ自業自得。お前らに一切の恩赦おんしゃはない──消えろ」


 校庭に群がっていた《物怪》である《かしゃどくろ》と《以津真天いつまで》までもが一瞬、それも一撃でほふる。


「ふう」


 溜息が漏れた。

 座り込んでいる秋月燈の背後に壮年そうねんの男が立っていた。見た目は三〇代だろうか、焼けた肌に、無数の刀傷が目立つ。目鼻立ちには白い骸骨の様な面がピタリと張り付いている。長い黒髪は束ねておらず、頭には五本の白い角が天を穿うがたんとそそり立っていた。大鎧は無く、篭手こてと具足のみで、服装は狩衣かりぎぬを着崩しており、武器は腰には大刀を佩刀はいとうしているだけだった。

 式神の瞳は鷹のように鋭く、狙撃手を睨んだ。


「名乗ったらどうだ、天界の回し者」


 式神の問いに銃声が返ってきた。

 彼は影から防壁を何重にも展開させ、弾丸を弾いた。


小僧ノイン、狙撃手の位置を特定出来るか?」


 小僧──地面に倒れているノインに式神は問うた。

 撃ち抜かれたはずの頭部は無傷だった。銃弾が着弾する寸前で、式神の投げた石礫いちつぶてとぶつかり、頭蓋骨の損壊を回避したのだ。

ノインは僅かに首だけを動かし式神を見上げた。


「……センサーが大破により、計算から距離の把握と特定のみ可能」


「ヤマツチは動けるか?」


「応答しない。恐らく本体は俺の影に戻った……」


「……そうか」


 式神のダミ声は健在だが、その口調はまったくの別人のようだった。見た目が変わったからというよりも、元々そういう口調というのが正しいのかもしれない。


「そうか。なら後は某に任せよ……時間もない故、少々粗っぽくなるのでな」


 式神の傍で眠り続ける燈へと視線を移す。彼女の左指には黒々としたが浮かび上がっていた。


(ここに来て、我が主の危険性に勘づかれるとはな……。やはり記憶の改竄かいざん希釈きしゃくには限度があったという訳か)


 銃声が轟く中、式神は手を翳すだけで燈の影を使役して砂塵を巻き起こす。それによって弾丸の威力をさらに削った。ただの鉛玉では式神の作り出した影の防壁を貫くことはできない。

 あっという間に燈を中心に全方位、半径三〇メートル内に防壁を展開させた。もはや強固な要塞といってもなんら遜色ないだろう。

 銃声が轟くが、弾は全て弾かれ金属音が空しく鳴るだけだった。


「疑問。……これほどの防御力……なぜ、今まで使わなかった?」


 倒れたままノインは客観的に式神の戦闘力に瞠目した。式神は隠すつもりもないのか素直に答える。


「リスクが高いからだ。だから出来るだけ、この手は使いたくなかった」


 それでも使った理由はとてもシンプルなものだ。


「まあ、これを使わなければ、お前と主──二人を守り抜くのは無理だと判断しただけだ」


「理解不能。俺のデータはネット上に、バックアップをとっている。俺が破壊されても問題──」


「あるんだよ。我が主が泣くだろうが」


 吐き捨てるような口調だったが、そこには主を想う気持ちが込められていた。


「つーわけで、大人しくしていろ。あと一人を黙らせれば──」


 ひゅん、と風を切った音がした瞬間、影で作られた防壁は紙屑かみくずのように千切れ、一条の矢が式神の腕を抉った。


「……チッ」


 その破壊力は凄まじく、式神の負傷した傷が癒える事はなかった。一撃を受け、式神の表情が険しくなる。


(……神話クラスの武器を持ち出してきた……? でなければ、あの防壁を破ることは不可能。さらにここまでの威力となると──)


 有名な記紀の一節にある国譲りの時にその武具の名がある。

一書に曰く、天照大御神、天稚彦アメノワカヒコに勅して曰く「豊芦中国とよあしはらのなかつくには、これ我が児の王たるべき地なり。れどもおもんばかるに、残賊強暴横悪ちはやぶるあしき神どもあり。故、汝先づ往きて平けよ」とのたまふ。乃ち天鹿児弓あめのかごゆみ天羽々矢あめのははやだ。をたまわる。


(アレを使いこなせるのは、因果がある天稚彦か。……よりにもよって天津神を裏切った男が刺客として現れるとはな)


 矢の一本、一本が式神の防壁を完膚なきまでに打ち砕く。そのたびに燈に当たらぬよう彼は全ての矢を自身の体で受け止める。


「ぐっ……」 


 腹の肉が削がれる。

 両腕の肉が抉られ、背中に幾つもの矢が突き刺さった。

 矢をすべて大刀で切り裂くことも出来たが、万が一燈に矢が向かぬように全て受け切ったのだ。背中に刺さる矢が増えるたびに、黒い血が地面を染める。

 頭から血を流し、影で出来るだけ防壁を組み立てるが間に合わない。


(これ以上……力を使えば主の体が持たん。次の一撃で武器だけでも破壊しなければ……)


 式神は自身の力を一つに集中させる。影が沸騰したかのように湯気が立ち昇り、そこから弓と矢が顕現する。


***


 体育館上に陣取った狙撃手は、しぶとく粘る式神に苛立ちが募りつつあった。


「やっと巡ってきたチャンスを、ここで奪われてはかなわへんしね」


 こざっぱりした髪型、一八〇まではいかないものの長身、警察官というよりはアスリートに近い健康的な体格の男。黒の軍服姿で、に配属された一人。その名は──四季柊次しきしゅうじ

 出羽班全員を昏倒させ彼はたった一人、待ち望んだ復讐のためだけに銃口を向ける。何度か発砲をしたがあの化物相手には通用しなかった。


(PGMヘカートⅡの狙撃銃を弾くやと? 化物が!)


 柊次は学校から借りてきた弓道部の弓梓で構える。矢は見えない──が、そこには凄まじい熱量を帯びた矢が瞬時に生まれ、解き放たれる。一撃穿つたびに弓が持たずに燃え尽きてしまう。


(死ね、死ね……死ねぇえ……!)


 一本、一本が《物怪》を討伐するだけの力を有している。だが、それでも式神は倒れない。

 元々が《物怪》である式神は、本来ならば一撃で消滅してもおかしくないというのに、主を守らんと攻撃を全て受け切っている。

 それはかつて矢の軌道を逸らさせた事によって生まれた悲劇を繰り返さない為──式神は自らの主を守らんと足掻いていた。


(化物が……足掻いて、なに守っている……っ!)


 その足掻きをみて柊次は歯軋りを立てた。

 私怨で動く彼は渾身の一撃を込めて弓を構える。沸々と抱く怒りを、想いを乗せて矢を解き放つ。


(秋月燈、お前さえいなければ、弟は消えずに済んだ……っ!)


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