《幕間》 心の友その弐


「ちゃんと話すのは、九年ぶりでしょうね」


 ノインは相対するだけで彼は人ではなく、そして純粋な神でもないとハッキリと分かった。

 四季××。確かデータでは今年で二十一歳になるはずだ。精悍な顔立ちに白髪、陶器のように白い肌。しかしながら貧弱な印象はなく、黒い軍服姿が良く似合っている。

 なぜ彼が急に訪ねて来たのか。思いつく人物の名を上げてみた。


「……ここを父に聞いたのか?」


 彼は小さく首を振った。その表情は何処か厳しく、鋭さが感じられた。


「いいえ。私の作った警視庁セキュリティーネットに、不正アクセスの跡がありましたので、居場所の特定をしたらここだと出ましてね」


(…………痕跡は残していなかったはずだが)


「姫の機密情報を知った者への制裁のためで乗り込んだだけです」


 記憶違いだろうか。病室で会った少年と声紋、骨格、認証データから四季××だと九九パーセント同一人物と示している。だが、纏っている雰囲気は別人といえた。

 何より──


「……疑問。そんな捻くれた性格だったか?」


「くっ……姫との夏を九年間も邪魔をしてきた仇敵に、言われたくありませんね!」


(こんな性格だっただろうか)


 九年で色々拗らせて、闇を深めているような気がした。そもそも不可解な単語に、ノインは小首を傾げた。


「仇敵? 意味不明」


「え……。恋仇ではない? 毎年あんなに楽しそうに会話をしておいて……姫に惚れていないと?」


 本気で驚く彼に、ノインはいささか腹を立てた。五十君雅也と同じ反応に辟易へきえきした気分だった。なにをどう見れば燈とのやり取りを楽しそうに見えるのか。


「認識の相違──そもそも女として認識していない」


「へえ……。なるほど」


 四季××の声のトーンが下がった。

 不意にノインが彼の表情を窺うと「次に同じセリフをいったら窓から落とす」と顔に書いてあった。


(嫉妬? いやこの場合は、恋人を貶されたことによる憤りだろうか……?)


 ノインは感情が芽生えたと言っても人間の機微がやはり良く分からない。

「なぜ」を繰り返す。けれど自問自答では答えはでなかった。


(やはり秋月燈彼女でなくては駄目なのだろうか……)


「今、姫のことを想ったでしょう」


「……肯定。疑問──心を読める術でもあるのか?」


「ありませんよ。ただ、なんとなく貴方の表情が柔らかくなったような気がしたので……。姫と話していると、少しだけ前向きになれるでしょう」


「…………否定はしない」


 四季××は目を伏せ、幸せそうに微笑んだ。

「ああ、彼はあの病室の時と変わらず大切な人を想い続けているのだろう」と、ノインにでもその胸の温かな感情は伝わってきた。


「それで、本当に何をしに来たのか」そう本題を聞くと、彼はベッドの上にチェス盤を投げてよこした。


「賭けをしましょう。もしチェスで私が勝ったら、今年の夏も姫と一緒に過ごせるようにスケジュールを調整します」


「あの浅間龍我に直談判するというのか?」


「まあ、の扱いには慣れているので問題ありません。で、どうします?」


 浅間龍我と四季××では年齢が十歳以上も離れているというのに、妙な言い回しだった。だがもっと他に聞くべきことがある。


「……疑問。お前が勝った場合の要求は?」


 彼はチェスの駒を並べていた手を止めた。そしてノインの顔を真っ直ぐに見つめ真摯に言葉を紡いだ。


「私に何かがあった時に、彼女を守ってほしいのです」


 それはあまりにも唐突で、賭けるには重すぎる内容だった。


「理解不能──なぜ自分に頼む?」


「おそらく現世において、それが出来るに居るのは、貴方だけだからです。……私はすでに一度、彼女のことを救えずに大きな傷を負わせてしまった。……ですので、今度はそうならない様に、出来るだけ手を打っているだけです」


 そう言って彼は困ったように笑った。

「それは《MARS七三〇事件》のことか?」と、口にしかけて言葉を呑みこんだ。


「……理解不能。自分である必要性が不明慮だ」


「貴方はあの家でアヤカシがいると知っているでしょう」


「肯定……。普段からあんなにアヤカシがいるのか?」


 夏に家を訪れるたびにアヤカシがわらわらと集まってくる。これでは毎日がお祭り騒ぎではないかと思ったほどだ。

 その上、「バーベキュー祭り」とか言って、連日連夜庭でどんちゃん騒ぎ──


「彼女はアヤカシを惹きつけるのか、自然と寄ってくるんですよ。それに姫はすぐに家族だとか仲間と言って、名前で縁を結びますからね」


「相変わらずなのか」


「ええ、相変わらずです。……と、話が脱線しましたが《アヤカシの声が聞こえる》と言うのは少なからず貴方が《役割》をもっているからです」


「役割? 何のことだ?」


 四季××は龍神の末端──人間として転生をしていると告げた。そういう魂には《役割》が存在し、それを引き受けることで神々は現世で《一つだけ自身の願いを叶えるキッカケを得られる》という。武神の場合は《自分を殺せる人間の出現》であり、彼の場合は《ある魂と出会う》──つまりは秋月燈との再会のことらしい。


「その《役割》に気付かずに一生を終える人もいます。その場合、《願い》が叶う可能性もかなり低くなりますが。……ですので気づいたのなら、それを果たさなければならない。その《役割》が何かと、出来るだけの力があって何もしないのは罪なのだから」


 そう淡々と告げながら駒を進める彼は、人間らしさなど欠片もなかった。先ほど少女の話をしていた時とは別人だと思えるほどの落差があった。


「……それは自分に勝った場合の話だ」


「その辺はご心配なく。貴方は負けます。ですので時間短縮も兼ねて説明をしました。……ああ、貴方が負けても、合宿に参加出来るよう手配ぐらいはしましょう」


 彼の完全勝利宣言に、ノインは腹が立った。ネットを利用しての演算能力を駆使しているノインに敗北の二文字はない。

 そもそもチェス、オセロ、囲碁、将棋などは二人零和有限確定完全情報ゲームに分類する。この分類のゲームの特徴──理論上は完全な先読みが可能であり、双方のプレーヤーが最善手を打ち続ければ、必ず先手必勝か後手必勝、または引き分けが決まる。しかし、通常完全な先読みを人間が行うことは困難なため、ゲームとして成立しているのだ。


「チェックメイト」


 彼は顔色一つ変えずに、ノインに敗北を叩きつけた。


「……………」


 後頭部に雷でも落ちたかと思うほどの衝撃だった。

 まったく予想だにしていなかった結果に、ノインは一瞬思考回路がフリーズしかけた。何度分析解析を行っても、勝算が上がらない。最善の手ではなく、恐るべき駆け引きを計算に入れた悪魔的な戦略。

 ゲームを始める前から彼の勝ちは動かなかったという事実に、さらに苛立ちが増した。


「これで姫に力強い味方が加わりました」


「疑問──先ほどから告げている《姫》とは、秋月燈の愛称のようなものか?」


「まあ、そのようなものです。私が相手のを口にすれば、それはしゅとなり相手を縛ってしまいますからね……」


「理解不能──恋仲なら名前を呼べばいいのではないか」


 四季××は一瞬、間抜け過ぎるほど目を見開いて驚いていた。ややあって彼は頬を掻きながら微苦笑する。


「ええ、そうですね。来年──彼女が十六になったら告白しようと思います。この先、どう生きるのか、どうしたいのかも話してみるとしましょう」


「まだ告白していなかったのか」とノインは呆れてしまった。

 その後時間を許す限りチェス勝負を挑んだが、ノインは十三連敗と黒星を刻んだ。


「次回は勝利する」


「無理ですね。今の貴方では駆け引きがまるで出来ていません。それで夏の強化合宿の件はどうしますか?」


「不可能──Artifactアーティファクト knightsナイツのシステム調整、及び日常生活を行うカリキュラムで一年はスケジュールが詰まっている」


「なるほど。では参加できたとして来年ですか……。姫に何か言づけでもしておきましょうか?」


「意味不明──不要だ」


「ま、まさか。再会と同時にプロポーズを考えているのでは?」


 四季××は眉を寄せてノインを睨んだ。

「なぜ、こと恋愛に関してはここまでポンコツで、ヘタレなのだろう」とノインは溜息を落した。


「否定。別段、何か伝えることは無い」


 ***


 それから暫くの間、彼は定期的にノインの病室を訪れた。正確にはドアからではなく、防犯システムが整っている窓の鍵を解除しての不法侵入だが。

 彼が窓を開けると夏の蒸すような熱風と、セミの鳴く声が聞こえた。


「疑問──なぜ毎回窓から登場する?」


 ノインは今日も黒星を増やしながらも懲りずに、四季××にチェスを挑む。


「昔、姫が見ていたアニメ映画で、窓からの訪問ってカッコいい。と言っていたので試してみたのですが……やはり変でしょうか」


「不明」


 その映画のタイトルは《カリ○ストロの城》。

 ノインは検索データから情報を引き出す。確かに泥棒が窓から登場している。しかし「泥棒の不法侵入は、違法行為」と、冷静に分析結果がでた。


「昔、姫が私は《その泥棒》と同じだと言っていたのですが、当時私の職業を理解していなかったのかもしれませんね」


「不明──回答適任者でないと提示する」


「では次はドアから入るとしましょう」


 そう四季××とやり取りを交わし、黒星がまた三つも増えた。



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