第43話 荒御魂と現人神
数千年、生き続けた《
「俺が死ぬだけだ。そうすれば、アイツの元に
「「……はっ……」」
愉快そうに、そして底抜けに明るい笑い声が
「「ははははっ! 嘘だろ、おい! もう数千年も前だぞ。それだけのために、オレを探し続けて来たのか!?」」
浅間は押し黙る。
それが答えだと言わんばかりに。
「「オレと
「ああ。俺と
《
「「人間をただ
激しく刀がぶつかり合い、草薙と浅間は
「ぐっ……」
鮮血が
「
その武骨な指先から
「「なっ……があああ!」」
美女──草薙は鍔迫り合いの状態から離れると、腰のホルスターからベレッタM92を抜く。
数発の銃声が鳴った。一発は浅間の肩を射ち──残り二発は弾丸が地面に落ちた。間合いギリギリからの銃弾を見切ったというより、感覚で
「おい、
「「知ったことか」」
負傷した浅間に二人掛かりで、
キィン──
しかし、金属の手ごたえのせいで剣先が弾かれた。
その勢いによって、浅間の首にかけていたチェーンが千切れ──二つの指輪が宙に舞う。金色のチェーンに指輪。それは宝石などの装飾もない値打ちの低い安物。
「……!」
ふと浅間はあの二つの指輪を見て、あることを
(ああ……そうだ。あの指輪は……昔、馬鹿弟子が寄越したものだったな)
浅間の胸の奥底に
「剣術だけではなく料理を覚えたい」と言い出した少女。共に住む者は料理が壊滅的だったらしく、浅間に泣きついてきたのだ。
式神の
(くっ……何とも情けない。俺が
一つの記憶が紐解くとそれは、ドミノ倒しのように次々と思い出せた。浅間が数千年生きている理由を聞いて、「いつか待っている奥さんに渡してあげて」と馬鹿弟子が、小遣いを叩いて買ったペアリング。
(そういえばあの時は、龍神や式神が勘違いして、とんでもない騒動を起こしていたな……)
「まったく」と浅間は口元を緩めた。
剣術も術式もからきしで弱いくせに、《役割》を引き受けた本当に愚かな弟子。
(いつ買ったのか
随分と燈の傍にいたのだと、浅間は改めて気づかされた。彼の表情の
「「本当に……俺は変わったんだな」」
「なに、お節介な馬鹿弟子が、たまたま答えに気付かせてくれただけだ」
「「そうかい、オレは壊すだけだ。厄災、破滅、
「そうか。……俺もこの世界が嫌いじゃない。馬鹿な奴らしかいないがな。だから、仕方なく、守ってやるだけだ。……そのためにもオレをここで逃すわけにはいかない」
元々は同じモノだった。神としての側面を失った《現人神》と、厄災を押し付けられた《荒御魂》は同時に大地を
剣戟が互いを貫く──否、刃に貫かれたのは浅間だけだ。
木下と草薙の二人と浅間の
前からは
「ぐっ……はっ……」
鮮血が飛び散り、傷口から赤黒い血が大地を濡らす。
本来ならば致命傷を負い、決着となる──だが浅間は踏み止まり、乱撃を繰り出した。
「「無駄、無駄。数千年前も、今も、俺はオレを殺せない。あの時も
浅間の一撃は空を切り、二人に
勝負あり。そう《荒御魂》が判断し、大きく振りかぶり刃を掲げた刹那──
「
強烈な一撃が下段から
「「なっ──!?」」
少年と美女はその剣圧に押され後方に下がった。それにより攻撃を回避した──はずだった。
浅間は今まで溜めていた雷電を刃に乗せ、その繰り出された一撃は凄まじい火力を
「……ああ、今更だが草薙を連れてきたのは
「「なに……を?」」
「これでチェックメイトだ」
数千、数万の剣戟が今になってようやく発動し、二人の甲冑だけを切り結ぶ。その
浅間は手にしている刀を《荒御魂》に改めて見せた。それは一振りの刀だったが、本来の姿を現す。
「「まさか──その刀は……」」
その名は
この剣本来の使い道。それはいかなる邪気、禍、災厄を
《荒御魂》──荒ぶる神を
木下と草薙の体が宙に舞う。すでに漆黒の甲冑は粉々に砕け──周囲に
かつて神は
「草薙は稀に見ぬ剣術の達人。であれば、《荒御魂》が憑依する器として選ぶと踏んだ」
「「……だから、わざと実力が
「ああ。
「「があああ……全部……読み通り……か……」」
二人はアスファルトではなく、庭園の刈り取られたツツジの上に崩れ落ちた。
「ぐっ……」
浅間は片膝を突き、荒い息を吐いた。
(流石に血を流し過ぎたか……)
体から吹き上がる湯気は弱々しく、完全回復にはだいぶ時間がかかりそうだった。
浅間はくたびれた体を壁に預けた。先ほど張り巡らせた稲妻の結界は継続している。これを解除するにしても、今暫くは体力の回復を待たなければならなかった。そして──
──
《荒御魂》は憑代を失い、黒々とした影となって木下と草薙から離れた。水溜りほどの影から白い鬼の面が顔を出す。五つの角と、十五の瞳がギョロリと動き浅間を睨んだ。
「ああ。そうだな……《
浅間は全てを承知した上で、《退魔の刃》──
──……理解できない。本当にオレを殺すつもりだったのか?──
「ああ、殺すさ。……今度こそ逃さない様に、な。だが、何事にも準備というものは必要だ」
浅間は壁に寄りかかったまま、ずるずると座り込んだ。眼前にある水溜り──《荒御魂》の影に手を置いた。
水溜りに手を突っ込んだように黒い塊が跳ね、その漆黒にも似た闇が浅間の体の中に
──!? ……チッ、それが目的か──
「だから言っただろう。今度は逃さんと。あの時は、俺の息子を
神と鬼は一つだった。神でもあり、厄災でもあった。二面性を持った存在を人間は勝手に別解釈を付け、異なるものとして別けた。
その結果──
数千年前、《荒御魂》は最愛の妻を殺した。愛していたからこそ、真っ先に命を奪った。それがその半神のもつ唯一の愛情表現だから。
《現人神》は愛する者を失って初めて、悲しみと愛おしさを自覚する。看取った時、腹の子は全てを見ていた。
見ていて選んだのだ。父親への復讐を──
──ハッ、あのガキが勝手に望んだだけだ。だから手を貸してやった──
「……そう言って憑代にした癖に、逆に力を利用されていては世話がない」
水溜りの仮面が闇に溶けて沈んでいく。けれどそれは何処か満足気でもあった。
──よく言うだろう。ガキは父親を越えるもんだ──
「苦し紛れの言い訳だな。ガキが道を踏み外す前に、全力でぶつかりあって止めるのが父親だろうが」
数千年前、《現人神》は己が息子を殺すことでしか救えなかった。その後、転生を繰り返した魂は、同じことを繰り返し──《現人神》はそのたびに間に合わず、失敗ばかりを繰り返してきた。
だが、今回は──今回だけは間に合った。
気を失っている木下馨一を見やって、浅間は安堵の
「
浅間は重たげな
彼は墨色の紋様を片腕──手の甲のみに集約させ封じ込んだ。二匹の白と黒の蛇が複雑に絡み合った紋章が
本来、《荒御魂》を人の身に宿せば、肉体が耐えられない。故に、《荒御魂》本体は木下の影の奥に潜み取り憑いていたのだ。それが長い年月をかけて、少年の魂に染み付き《禍い》を引き寄せ周囲を狂わせる原因となった。復讐──強すぎる想いが消えるまで少年の魂は、何度転生しても周囲を不幸にする。
その長い、長い悪夢が終わりを告げた。あとは少年の魂次第だ。
(何だかんだで、木下の肉体と魂に負荷がかからないように、取り憑いていたとは……
浅間との死闘を演じる上で、《荒御魂》が
──で、どうするんだ? このままオレと完全に同期すれば、単に《武神》に戻るだけだぞ──
体内に取り込まれた《荒御魂》の声は、浅間の脳裏に直接流れ込んで来た。しかし彼は目を閉じたまま、心の内で言葉を返す。
(……だから、言っただろう。これはオレを逃がさないためだ。そして俺は死ぬ)
──馬鹿も休み休み言え。
浅間は唇から零れ落ちた血をそのままにして、笑った。
あの幼い子供がなぜ自分に弟子入りしたのか、そしてそれを受け入れたその理由を思い出した。少女とある《約束》をしたのだ。
(……馬鹿弟子の……次の試練としては、ちょうどいいだろう)
浅間はそう小さく呟くと、意識を手放した。
***
浅間龍我と木下馨一の戦いが終わっても《物怪》たちは消えず、また異界も展開されたままだ。
なぜなら《異界》を引き寄せたのは、《
燈は夢を通じて、《鵺》となった少女たちの心に触れる。
以前の《第一級特異点》は、無意識化の中で形成された空間だったが、今回は《鵺》を形成した少女たちの集合した──
そう、飛び込んだ
視界に飛び込んできたのは、整理整頓された綺麗な部屋だった。2LDの広々としたリビングに女子高生が五人と、蒼崎匠の姿があった。
その雰囲気は明るく、燈が想像していた展開とはまったくもって異なっていた。
「それじゃあ、この問題を解いて行こうか」
「はい」
「蒼崎さん、ここがわかりません」
「あ、ずるいわ」
「私だってこの公式が……」
(……なに、この空間……)
(……普通に勉強をしている)
賑やかな感じはあるが、それでも皆の関係は悪くない。
「え、どういうこと?」
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