第42話 貫くは秋霜烈日

 どれぐらい経っただろう。

 爆炎と剣戟けんげきの嵐の中で、襲い来る《物怪》からの攻撃を防ぎ、突き崩す。

 先陣を切って戦うノイン、歩兵戦車ヤマツチ、燈の影から黒い狐として顕現けんげんした式神──しかしながら敵の数は個々の戦力を上回っており、このままではジリ貧になるのは目に見えていた。

 だからこそ、燈は打開策を考え続けた。

 

(みんなが戦っているんだ。私は私に出来ることを考えろ……)


 どうすれば《異界》──隔絶された空間から現世に戻ることが出来るのか。

 術者らしい少年の姿はいつの間にか消えていた。視界には土煙とぬえと、骸骨しか見えなかった。


(護符の力で突き崩すには、火力が足りない。師……浅間さんが打開策を持っていたとしても、それを待つ前に壊滅したら意味がない)


 この《異界》を引き寄せたのは《黒い手紙》と、《自称ファンクラブ》の女子生徒たち。

 それなら──


(かしゃどくろや以津真天いつまでは、《異界》になってから顕現けんげんした。でも、そうじゃない《物怪》がいる。私の推測だけど……)


 ヤマツチが糸を事前にき散らしていたおかげで、燈を中心に糸の結界が出来上がっていた。それに加え、式神の迎撃で一時的ではあるが、ノインと話すだけの時間が作れた。


「式神。ノインを借りるね!」


『承知した。だが、長くはもたんぞ』


「うん!」


 燈はノインの腕をつかんで、作戦内容を相談する。本当なら口頭で素早く説明したかったが、土煙と轟音ごうおんで、普通に話すことすら難しい。そのため燈は声をかける前に、作戦内容を携帯端末に打ちこんでおいた。少女はそれをノインに見せる。


「…………」


 ノインが一読いちどくするまで、燈は周囲の敵から針のむしろに似た視線を浴び続けた。出来るだけ目立たぬよう二人そろって座り込んでいる。


「了解した──どちらにしろ《心の友その壱》は、戦闘に参加しない方がいい。八十九パーセントの確率で足手まといになる」


「おふ、その通りだけどノイン……私に対して結構辛辣しんらつになってきたね」


「戦力不足──事実を言ったまでだ」


「それに一人称も、からになったし」


 ノインは少しばかり燈の言葉に困惑したのか、それとも今自分で気づいたのか固まっていた。彼は自分の口元に触れた。


「聞き違いだ。……とにかく、俺は《心の友その弐》との約束がある」


「……《心の友その弐》って誰? 私の知っている人?」


「この一件が終わったら──」


「ストップ。その死亡フラグっぽいセリフ、やめてくんない!?」


「死亡フラグとは……? いわゆるこれが終わったら一杯やろう、両親に親孝行をしてやりたい──正確にはやたら出番のあるモブ兵や、突然目立ち始めるサブキャラ、途中で敵が味方になったキャラ、勘がいい人物などのことか?」


 杏花だけではなくノインも死亡フラグを出すので、燈は思わず声を荒げた。


「そーだよ! あと食べ物の話とか、出撃前に何かを途中のままにしておくとか、 仮面キャラが素顔を見せるとか、負傷を圧して戦いにおもむくとかも!」


『我が主よ、途中から作戦に関係ない話が聞こえるんだが……。まだ方針は決まらんのか?』


 式神のもっともな言葉に燈はビクリと肩を震わせた。

「えっと、うん、大丈夫! バッチコイだよ」とにごしながら答える。


「あー、えっと……それでノイン……」


「作戦は承知した。確率は低いが──現状ではそれが最適解と言える」


 ノインはすでに立ち上がっていた。彼は清々しくも、どこか楽しそうに少女の名を呟く。


「秋月燈。では、行こう」


「ノイン……うん。私が戻るまでお願い」


 思えばノインとは、ゴールデンウィークの時から一緒に組んでいるのだ。彼には何度も助けられた。心強い味方に燈は拳を突き出す。

「なんだ、それは?」と、以前なら口にしていた彼はいない。

 ノインはコツンと拳を軽く合わせ──ここからは互いに自分にできることに集中する。


「式神、あの刀をお願い」


『応。……しかし、


「もちろん!」


 燈の影からねるように、黒い刀が飛び出す。少女はその刀をしっかりと両手で受け取った。《退魔の刃》を鞘のまま地面に突き立てるようにして座り込んだ。

 そのまま額をつかに押し付けると、ゆっくりとまぶたを閉じ──意識を手放す。

 外側からの火力が足りないなら、内側──夢渡りによる《鵺》の討伐。それが燈の導き出した血路けつろであり、彼女が出来る戦いだった。



 ***


 燈が夢渡りによって、己の戦うべき場所に赴いている頃──

 校舎内では激しい剣戟けんげきの嵐が展開していた。


 激突する剣戟は幾度いくども火花を散らし、その響きは一撃一撃が重い。たった一撃で廊下の壁を砕き、浅間龍我は中庭へと飛び出す。

 対して鬼の仮面を付け、漆黒の甲冑に身を包んだ美女は──嬉々として刃を四方八方に放つ。その威力は凄まじく、校舎の壁が紙切れのように斬り裂かれる。


「あ……嗚呼嗚呼嗚呼!」


 操られている美女は、悲鳴に似た声を漏らす。


「あはは……。を連れて来たらこうなるとわかっていたのに、?」


 濃霧と同化した少年は、、浅間に反撃のすきを与えない。

 浅間は人間技とは思えない速度と威力で、剣戟の全て受け流す。土煙が舞い、ロングコートはボロボロにきざまれるが、かすり傷一つない。


「…………」


 中庭に咲き乱れていたツツジの花が、剣戟によって蹴散けちらされ、刈り取られていく。宙に舞う花びらははかなくも無残に踏みにじられた。


「望月──いや木下馨一きのしたけいいち。貴様の後ろには誰がいる?」


 剃刀かみそりのような鋭い眼光に少年──木下は下卑げびた笑みを浮かべた。黒々とした悪意と殺意が、少年の周囲に漂う霧の濃度をより闇色に染める。


「なんの事です? ボクが黒幕ですよ」


 少年は挑発するようにうやうやしく頭を下げ──顔を上げると同時に──奇妙な仮面を付けた。まるでその姿が本来の姿と言わんばかりに、肌にぴったりとくっ付いており、一つ目の仮面は、憤怒を象った鬼そのものだった。


「そうか。……では、もう一つ。貴様の目的はなんだ?」


「復讐に決まっているじゃないか。父を殺したキミと世界に」


 どろりと、少年の周囲にまとわりつくソレはもはや濃霧ではなく、空間を汚染する歪みそのもの──穴がぽっかりと口を開いた。


「!?」


 空間の切れ目にあらわれた穴が全てを無に変えんと広がっていく。

 穴の向こうはまさに深淵そのもの──


「キミが、あの時……、父さんを見殺しにしなければ……! なにが親友だ。ふざけるな……。キミがやったことは自己満足だ……」


 業火に焦がれたその感情は、操られている草薙にも伝播でんぱして剣戟の速度と威力を跳ね上げた。

 怨嗟えんさにまみれた言葉。

 少年は浅間に怒号と、罵声ばせいを吐き続けた。


 十、いや二十合打ち合い、金属音が響き合う中で、浅間は草薙の剣戟を全て弾き、受け流す。

 底知れぬ体力と膂力りょりょく──鋼の精神力を持つ男は膝を屈することも、後ろに引き下がることもしなかった。真正面から全ての攻撃を打ち砕く。

 洗練され磨き上げらた力強く、猛々しい剣舞けんぶ


「……なるほど。《荒御魂あらみたま》に取り憑かれながら、理性を保ち続けている貴様の精神力、執念は驚嘆きょうたんに値する」


 浅間は剣先を相手の目に向ける正眼の構えを崩し──右足を引き、体を右斜めに向けて刀先を後ろに下げた。


「だが、それだけだ。貴様の魂を復讐者に仕立てた《荒御魂あらみたま》を──」


 浅間はつかを握る指先に力が入った。胸の奥にたけり狂う感情を抑え──数千年の待ち望んだ瞬間を前に、薄らと笑みを浮かべた。


「ここで仕留めさせてもらう」


 刹那──浅間と木下馨一、そして草薙祈織を含めた三人を取り囲むように、雷が降り落ちる。縦、横、高さともに三〇メートルほどの空間──否、立方体の雷の檻が出来上がる。校舎内も結界の中に入り、凄まじい轟音を上げて切断された。

 《異界》が隔絶された空間だというなら、雷の空間は規模をさらに縮めたものだ。

 逃げ場はない。四方の結界は、触れれば骨まで溶かす熱量──


「くっ……」


 浅間は術式の反動で脇腹に激痛が走り、血がどろりと滴り落ちる。だが、その傷も数秒ともしないうちに湯気が吹き出し、凄まじいスピードで肉体が再生──完治した。周囲に漂う微弱な霊力による超回復。

 それが浅間自身──武神としての呪い。


「あは、あははは……」


 眩い煌めきに深淵から抜け落ちた《荒御魂》は、木下と草薙、二人の体に同時憑依ひょういした。

 少年の体は黒く染まり、プレートアーマに身を包んだ。鎧武者というよりは騎士に近い超重量兵のようないで立ちだった。

 対して草薙の甲冑は速度を生かすため最低限の武装に変わっていた。こちらは鎧に近く、大袖と両腕の篭手、具足のみだ。漆塗りで塗られたかのような黒々としたつやが不気味に煌めく。二人とも同じ鬼の仮面が──嬉々として口元を歪めた。


「「やめておけ」」


 浅間と同じ声で、木下と草薙が同時に口を開いた。


「今までどおりオレもも光と闇、白と黒、表と裏」


「……」


「「そういう風に位置づけられた存在じゃないか。オレは与えられる限りの最大の厄災を。代わりには世界を守るんだろう。人は常に希望と同じくらい破滅を望んでいる。その代行であるオレたちが殺し合ってどうするんだ?」」


 神は人の願いによって力を得る。なら人の欲望と破滅を願う想いは──神の反面であるモノが、《荒御魂》が請け負う。

 そこに善悪の基準はない。本来は一つだったモノを──人が勝手に決めつけ押し付けた。

 数千年、生き続けた《現人神あらひとがみ》は、構えを解く気は微塵みじんもなかった。

 揺るがぬ心──それは覚悟を決めた者の目だった。

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