第41話 星を奪われた神
ノインは少年の問いに答えない。銃弾を撃ち込むが彼は、するりと
「ふーん、じゃあ牛鬼。キミは祀られぬモノ、忌まれ、疎まれ、蔑まれ、必ず悪役として退治される。なのに、なんで君は対峙する側にいるの? キミの立ち位置はこちら側だろう。《復讐者》として災いをまき散らし、人間を殺す。それが本来の役割だ」
黒い霧が生き物のように、
言葉の毒は対話するもの全てに適応され、影響を及ぼす。それはアヤカシも同じ。魂に刻まれた怨念はそう易々と拭えぬように、負の感情に傾けば──
『ぐ……アガ……』
「人の味を忘れたか? 人の
黒い霧は
「ぎゃっ!?」
ノインは燈が地面に転がり落ちるのを拾って、少年と
『ぐ、ガアアア……ノイン、大破させろ……デなければ……』
ヤマツチは必死に何かと戦い、抗いながらノインに告げる。
「そうか。承知した」
「え」
『ぬ?』
ノインは躊躇いなく、起爆スイッチを押した。
爆音が
機体に内蔵されていた爆弾により内側から豪快に爆発し、装甲の一部が吹き飛んだ。歩行戦車は一瞬で火だるまとなった。
『ぬぉおおおおお!』
「ちょ──なに問答無用で爆破しているの!?」
思わず燈はノインの胸倉を掴む。「お前は悪魔か!?」そう喉元まで出かかった。
「なにか問題があったか? 本人の承諾も得ている上に、向こうが敵になれば、こちらの勝算は──」
「ああいうシチュエーションならもっとこう──葛藤するとか、そんなこと出来ないとか、そういうセリフをかけるべきところでしょ!」
「そうなのか?
「典韋は曹操を守って死んだんだからね? 忠義の人だからね!?」
「理解している。我が人生に、いっぺんの悔いなし的なキャラだったと自負しているが……」
「ニュアンス的には間違っていないけど、そのセリフは世紀末的な違うキャラだから! ……というかなんで呂布と関羽をチョイスしたの!? 二人とも最後は仲間に裏切られているからね」
『うら……うらうらうらうららうららららら……』
甲高い音階に、燈とノインが同時に視線を向ける。
殺意と
「キミにボクが名を与えよう。《
──
歩行戦車は炎に包まれ──ブツリ、と糸が切れたかのように機能が停止した。
半瞬、黒々とした霧が形を帯び──機体が
『裏切リモノガァアアアア!!』
咆哮──
否、生前の無念を嘆く叫びだった。そこにはどれほどの悲嘆が込められていたのだろう。
(これがあの少年と相対してはいけない理由? 言葉だけで相手の狂気を引き上げる?)
燈は恐るべき能力を持つ少年に警戒心を抱く。対して彼は少女の視線をにこやかに受け流す。
「すごいだろう。ほんの少し会話しただけでこんな風に白が黒に変わる。味方が敵になっていく感覚……わかるかな?」
薄らと微笑む少年は、言葉そのものが呪言のように、全てを腐らせ──狂わせ──終わらせる。生きる死に神を
「《心の友その壱》、その質問に答える必要はない」
ノインは
「ヤマツチ。お前と共に学習し、三国志を読み明かして得た友情は介在しないというのか」
『異国の武将など知ったことか! せめて戦国の武将をあげろや!』
(え、そっち!?)と燈は心の中でツッコんだ。
「……交渉失敗」
「早い! まだ戦国武将の名前を挙げれば何とかなるかもだよ!?」
『俺が、戦国時代の人間なんか知るかーー!!』
(うわ……。言ったのそっちじゃん)
本当にこのヤマツチ──牛鬼は世界を恨んでいるのだろうか。
燈は彼の態度に疑念を抱いた。
「やはり速やかに
ノインは
『させるか!』
しかし、発砲寸前に白い糸がノインの腕に絡みつく。それはヤマツチの技──
あっという間に腕ごと特殊な糸で巻きつけられ、膨らんだエネルギーは行き場をなくして爆ぜる。
「ノイン!?」
爆炎と黒煙に包まれ、ノインはその場に崩れ落ちた。
燈は周囲を警戒する。既にかしゃどくろ、
(ここで使うしかない!?)
燈は影に潜む式神を
『うらうらうららら……!』
異形の姿と化したヤマツチは暴走しているのか、やたら糸を周囲に撒き散らし校庭内を走り回っている。
少年はヤマツチから興味が失せたのか、視線を少女に向けた。
チリチリと焼きつくような視線を浴びながらも燈は、少年と向かい合う。
「邪魔者はいなくなったし、これでようやくキミと話ができる。いや、ね。驚いたよ、ボクの力って神だろうとアヤカシだろうと効果があるんだけど……」
少年の瞳は血も凍るような──冷ややかで底の知れない闇があった。一度覗きこんだら最後、戻って来られないほどの深淵──
「キミはどうして《あの事件》の時も、今も平気でいられるんだい?」
「なっ──」
燈は胸がざわついた。《あの事件》とは……いつを指しているのか──
嫌な予感がする。
這いずる蛇が喉元に絡みつくような、そんな
「ボクも、
言い終える前に、燈の影から槍の雨が少年に降り注ぐ。それは放たれた火矢の如く、少女に降りかかる厄災を払いのける。
轟──黒々とした槍は鋭く美しく、なにより重く大地に深々と突き刺さった。その槍は少年の腕や足を貫き、その笑みが
「ぐっ……!?」
『そう何度も後れを取る訳にはいかんのでな』
燈の影が急激に広がり、少女を守る様に
「式神!?」
そこに式神らしい姿はない。だが、より濃厚な気配が感じられた。
『
式神の声と同時に暴走していた歩行戦車が──
倒れていたはずのノインが一斉に総攻撃を開始する。
『りょーかいだぁあ!』
「
黒い霧から身を乗り出していた《物怪》たちは総攻撃を喰らい、横転する。鵺、かしゃどくろ、怪鳥が校庭に倒れ込み、凄まじい土煙が生まれた。
かしゃどくろの白々とした骨は砕け、その欠片から人と変わらないほどの骸骨が校庭に溢れ出す。また鵺も巨大化した姿から、分裂して人の姿を保ち、猿の顔、獅子の胴に手足、蛇の頭を持つ尾──化物が数十体校庭に散らばる。
燈たちを取り囲み、量で押し潰す作戦に切り替えたのだ。
(なんて数なの!?)
『なに、案ずるな』
ヤマツチが張り巡らせておいた糸の網が機能し、骸骨や鵺を足止めしている。突破するには今暫く時間が稼げそうだった。
「どうやら、先ほどのような問答より先に、こちらの動きを封じにかかっているようだ」
「ノイン……! 顔が……」
「戦闘に支障はない」
先ほどの暴発のせいで二の腕から顔が焼けただれていた。特に顔半分の損傷が酷く、人工皮膚は溶けて骨の代わりに鋼色の金属を覗かせていた。
燈は彼の姿を見て、「
今を生きているのだから、自分の体を大切にしてほしい。
そう燈は心から思った。
「……おそらく浅間龍我も他の《物怪》と交戦している可能性──九〇パーセント」
『まったくとんだ厄日だな。あれだけ不意打ちをついて止めを刺しきれないとは、火力が足りねえのが問題か』
ヤマツチの見た目は《物怪》と大差ないが、その口調は先ほどと変わらないようだ。
「えっと……じゃあ、さっきのは?」
『ははっ、相手を騙すにはまず味方から。どうだ、見事な演技だっただろう?』
ノインは顔の半分が焼け焦げたまま、親指を立ててヤマツチの演技を絶賛する。
「ああ、台本通り完璧だった」
「台本とかあるんだ」
『まあ、俺は《物怪》として好き放題したころもあったが、元々は《
「す、素戔嗚の眷族? あ、牛だから?」
『応よ、
「ええっと……。主と契約って、どういうこと?」
『ん? ノインが素戔嗚の分霊──末端。要するに神が人間として転生したんだ。となれば《役割》の為に補佐・助力する力が必要となる。そこで眷族として契約を行い、俺が傍にいるという訳だ』
「は。はあああああ!?」
《
《
のちに
「ええええ!? あの、「母親に会いたい」って言って泣きまくって父親に怒られ、姉に別れの挨拶に行ったら戦争吹っ掛けられたと勘違いされ──天照を引きこもらせた
「そのようだ。……伝承ではそう語られているが、俺は
「もう難しすぎて良く分からないけど……。神様みたいな力は使えないってこと?」
「肉体の損失が大きいため不可能だ。もっとも人間の器で神の力を使えば体が持たない。その一部でも扱ったとすれば、片腕が簡単に吹き飛ぶ。……浅間龍我は別だが」
「え……?」
「あの男は神代の肉体のまま現世に居続ける《
今度こそ燈は絶句した。
あまりにも情報量が多すぎて処理し切れず、少女は今にも知恵熱が出そうだった。
その後、自爆スイッチもノインの暴発もすべて自作自演だったという話で少女は我に返る。
「こんな事もあろうかと、『困ったときマニュアル一〇九八──圧倒的戦力で、……あ、これ無理ゲーっぽくない?』というページが作成してある。条件は挿げ替え可能な機体が一体いる場合だ」
(そんなマニュアル誰が考えた!?)
『アハハハ、現世は本当に楽しいな! こう血が
(機械なんだが滾るのか。燃料的な? ……ってか《アヤカシ》はみんなノリがいいんだろうか)
燈は思わず口元がほころんだ。
『……我が主よ。そこに某は含まれておらんよな?』
「え、バリバリ入ってるけど? むしろ、なんで式神が入っていないと言い出したのか、さっぱり分からない」
『ほほう』
燈の影が急にふくらみ、影が巨大な獣へと変わっていく。
少女の三倍もある獣の肢体、漆黒の毛並みに、緋色の瞳、四本の尾。猫かと思ったが違う、これは狐だ。
「え!?」
黒い狐はぶるりと身体を震わせると、襲い来る骸骨たちを四つの尻尾で迎撃する。
その尾はまるで鞭のように滑らかに、そして凄まじい威力を
『何を悠長に話しておる。ここからが正念場と心得よ』
「了解」
『りょーかい、りょーかい』
「式神……その姿」
『なに、ここは《異界》。なれば某とて具現化ぐらい──』
「なんで鎧武者じゃないの?」
『む? ああ、あれは我が主の負荷が大きいのでな。名前が分からぬ今は、この姿が限界なのじゃ』
燈は真剣な顔で「後で、もふもふしてもいい?」と尋ねたが、式神に「却下」と一蹴されたのは言うまでもない。
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