第39話 舞台は過激で凄惨に
一気に空気が張り詰め、周囲の窓ガラスがキシキシと悲鳴を上げる。
「問おう。貴様らはアヤカシ──《のっぺらぼう》か。それとも《ぬっぺっぽう》《のっぺら坊》……さらに古い《
《
「《のっぺらぼう》は目鼻、口のない顔で人を驚かせる妖怪とされたが、その象徴は顔という自分の心を忘れた《自我》に起因する」
浅間の言葉に反応し、光の矢が生み出されていく。それは言の葉による力──《物怪》の正体を看破することによって、破邪の力を数段引き上げる。
──キキキッ……!──
校舎内に
対して肉塊はぶるぶると大気の震えが伝わり──本能的に危険を察知したのか、浅間に向かって一斉に床を蹴って飛び掛かる。
「《ぬっぺっぽう》または《のっぺらぼう》は、肉塊そのものであり、人の形はしていない。個である《己の形を忘れた者たち》だ」
膨れ上がる光の矢に──否、浅間の放つ
べちゃ、ぐちゃ、と気味の悪い音が響き、ぶるぶると、また
「そして中国の妖怪である《
琴を
「
引き絞られた弦を解き放した瞬間──超高濃度に圧縮された光の矢が具現化し、校舎内を明るく照らす。
「ふぁあっ……!」
草薙は吹き荒れる強風に、自分の髪とスカートを抑える。
瞬く光は太陽の如く煌めき、校舎内全てを包み込んだ。
それと同時に肉塊が消え失せ──代わりに数十人の生徒や職員が床に転がり落ちる。外傷はなく、みな気を失って昏倒しており、黒い痣も消え失せていた。
光の
「ふう。こんなところか」
浅間は一呼吸置くと首元のボタンを一つ外した。
その刹那──浅間の左腕が
きぃん、と甲高い音と共に左腕の数珠が廊下に散らばった。
「室長!?」
「
上質な軍服は二の腕まで一緒に切り刻まれ、傷口からは深紅の血がたれ流れていた。慌てる草薙とは対照的に当の本人は涼しげな顔で廊下を
(……術を使いその力が強大であれば、その分だけ自身に跳ね返る。だが土地神の力を借りた索敵には反応していない。《物怪》の掃討と結界のみ発動するものか? いや、先ほどの一撃は術式と関係ない。だとすると俺の場合、対象範囲を拡大するために数珠による増幅をかけた。それが術式とみなされた……?)
おそらく校舎にあった魔女の血痕は《物怪》と対峙したからではなく、結界術式を発動したことによる反動。稀代の魔女と謳われた者ならば、致命傷にも近い傷を負っただろう。
もはやこの《異界》は人為的に作られたとみて間違いなかった。それも《物怪》を掃討する者が自滅する術式まで組み込んでいる。
「となると、まずい」
浅間はすぐにトランシーバーで出羽班に連絡を取る。結界はもちろん術式の使用禁止を改めて命じ、代わりにありったけの護符を使用することを許可する。
圏外であろうと浅間の使用している特別製のトランシーバーは、半径二キロ圏内であれば通信可能だった。次いでノインに連絡を入れるが、交戦中なのか応答がない。
(このやり口、そして大規模な術式とセンスは、アイツの息子で間違いないな)
浅間は自己修復しつつある腕を見返す。傷は内側から暴発していたせいか治りが少しばかり遅い。それは《物怪》となった人間が爆ぜるのに似通っていたことを思い出す。
「急ぐぞ」
「了解です」
廊下の突き当りに見える目的地──室内プールがあった場所に、浅間と草薙が辿り着く。
***
時は室内プールの爆破直後に戻る──
建造物は凄まじい爆発によって、一瞬にして瓦礫の山と化した。プールだった場所には泥水が広がり、周囲には水蒸気が吹き上がる。散在する瓦礫の山は、爆破の凄まじさを物語っていた。
「ふぅー」
そんな中、瓦礫の上に佇む人影が一つ。少年は砂利音を立てながら、周囲を見渡す。
彼は黒の学生服姿で、中肉中背、童顔で瞳も猫のように大きい。パッと見れば中学生に見えるのだが、纏っている雰囲気は大人びていた。その黒く濡れたような髪が風によって揺れる。
「うん、術式は正常に作動している。人為的に人間の内側から《異界》を作り出すのも、《物怪》を生み出すのもこれで完成かな」
少年は懐から黒い手帳を取り出すと、すらすらとペンを走らせた。
「それにあの男への呪怨もちゃんと機能している。うんうん、上々。まあ、でもさすがに致命傷まではいかないか。うーん、あの男以外に術式を使って死にかけている子がいるけど、気配がなくなっちゃったし……。残念だな。サンプルとして持ち帰りたかったんだけど……ン?」
「……ゃああああああああ!!」
突如、上空から歩行戦車が校庭に凄まじい音を立てて着地をする。履帯やタイヤではなく、六本の脚をもち、歩行によって移動する装甲戦闘車両──試作機〇五四ヤマツチ。牛鬼をモデルとした迷彩色の機体は、全長三メートル。両ひざに装備した対戦車用ミサイル、両腕部の機銃、頭部口腔内に内蔵した水圧カッター、背部には人が一人外付けにしがみつける手すりが装備されている。
その手すりに救助用のベルトを巻きつけ、身体を固定していたのは燈とノインだった。もっとも燈の負担を減らすため、ノインが彼女の体を支えている。
「脱出および《心の友その壱》の回収、
ノインはベルトを外すと、機体に乗ったまま少年と対峙する。一方、燈と言うと……。
「うう……き、気持ちわるい……」
燈は眉間に
「うわ、かっこいい。回収完了──いいね、一度ボクもそんな風に誰かを救ってみたいよ」
学生服姿の少年は心の底からノインに羨望の眼差しを向ける。対してノインは手すりから右手を放し──腰のホルスターから銃を取り出す。ベレッタM92の照準は少年に向けられた。
「浅間龍我の読み通り、《クロガミ怪奇殺人事件》と《白霧神隠失踪事件》を起こした黒幕で間違いないな。投降を推奨する」
銃口を向けられてなお少年は身構えることなく佇んでいた。徐々に黒い霧が彼の周辺に密集していく。ノインは威嚇のために銃弾を撃ち込むが、霧の密度は増し、銃声がむなしく響いた。
「投降? キミはこれを見ても同じことが言えるのかな?」
それは不吉な悲鳴にも似た声が上がった。
少年の前に黒い霧が密集し──その深淵から──十メートルを超える怪物が姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます