第37話 浅間、参戦!

 プール施設内の空気が一気に上昇し、灼熱しゃくねつ業火ごうかの如く、更衣室もろとも凄まじい爆発によって吹き飛んだ。その爆発によって周辺教室の窓ガラスは粉々に砕け、廊下もまた同様に足の踏み場がないほどガラスの破片が散乱した。

 耳をつんざくような爆発音と衝撃。しかし校舎から生徒や教職員らが飛び出してくることはなかった。


 爆破と同時に体育館側の駐車場に黒のセダンと、警察のテロ対策車一台が滑り込む。アスファルトにタイヤ痕が残るほどの急カーブによる停車。後ろについて来たテロ対策車も激しくタイヤを鳴らしながら止まった。

 黒のセダンの運転席から降り立ったのは、黒い軍服姿に身を包んだ男。

 警察庁──《失踪特務対策室》室長、浅間龍我あさまりゅうがだった。全長二メートルの巨体に、窮屈きゅうくつそうな全身黒い軍服。それだけでも印象的だが、深緑色の斜めに切りそろえられた長髪、堅気には見えない強面の顔つきはどう見ても警察関係者には見えない。

 だがしかし、このような危機において力強い援軍であることはいうまでもない。


「空間が隔絶かくぜつする前になんとか滑り込めたか」


 バタバタと対策車から武装した軍服姿の男たちが、浅間の前に列を組んで並ぶ。その動きに乱れはなく、よく訓練された精鋭部隊たち二十四人が室長の指示を待っていた。


「日吉班は校舎内の生徒職員の救護。狂神現象きょうしんげんしょうがレベル壱から参までは体育館に移送させろ」


 《狂神現象》のレベル表記は、《物怪》になるまでの過程を現す。

 レベル壱で身体、特に指先や足といった一部に紋様もんように似た痣が生じる。痣の色合いが徐々じょじょに黒く変質すると、レベル弐に移行する。

 レベル弐では身体の一部が完全に墨色に染まる。身体に拒否反応が生まれ痛みや違和感を覚える。レベル弐の末期症状になると四肢が痙攣けいれんを起こし、自分の意思とは関係なく奇怪な動きを見せる。この段階で日常生活に支障をきたす者が多い。

 次のレベル参では意識の混濁こんだく、精神崩壊や被害妄想による過剰な反応を見せる。この段階から人格の崩壊が始まり、支離滅裂な言葉を繰り返すようになる。

 レベル肆はもはや人間性を失い本能のおもむくままに行動を起こす。だが、近年ではより狡猾こうかつになりレベル伍になるまで身を潜め、周囲を貶めるような行為に走る《物怪》モドキも存在する。

 レベル伍に昇華された者は完全な《物怪》となり、人格が崩壊する。そして討伐対象──殺害もやむ無しと判断されるのだ。

 補足として黒紫の痣が出たとしてもレベル壱から参に限っては、ストレスケアによって痣が消滅する事例ある。逆に言えばレベル肆以上になると戻る方法はなく、手遅れと判断していた。


「日吉班、了解しました」


 日吉亮介ひよしりょうすけは、《失踪特務課対策室》の専属特殊部隊隊長の一人だ。プレイボーイでなければ完璧と揶揄やゆされるほど、外見から性格まで文句なしの人間だ。爽やかで女性からの人気が高い甘いマスクも、任務中であれば消える。一八〇センチには届かないが、長身でバランスの取れた肉体は黒い軍服がよく似合う。長い前髪を後ろ髪ごと一つにまとめ上げ、浅間の指示に答えた。


「次に出羽班は体育館内に二重結界を張れ、今回は上位結界、《桃樹文とうじゅもん》《鳳凰文ほうおうもん》を使え。それと狂神現象レベル肆と伍に関しては各々の判断に任せる。……が、向こうから危害を加えてきた場合のみ発砲を許可する」


「室長」


 出羽耕哉ではこうやが一歩前に出た。

 《失踪特務課対策室》の専属術式部隊隊長の一人。軍服の上に黒の外套がいとうとフードを被っているため、その表情をうかがうことは出来ない。背丈は一六〇センチ前後。くぐもった声で浅間に意見する。


「……術式を組むのであれば、校舎の方が適切なのでは?」


「いや複合術式による暴発の危険がある。そうだな……」


 浅間は一度状況を整理する。


(ノインの報告では校舎内に《黒い手紙》が大量に存在し、それによって《異界》を引き寄せたとあった……。マジナイの術式自体は、発動していないようだ。黒い霧を抑える護符の術式は発動こそしていないが、効果は継続されている……)


 生徒や教職員の救助場所、及び対応を即座に考える。もっとも効率よく、かつ被害を最小限に抑えるための方法。


「よし、上位結界の発動は取りやめる。代わりに校舎内に存在する《黒い手紙》の消滅および護符による強化をほどこすように手配しろ。術式は極力使うな。……と、専門家である貴様には不要な忠告だったか」


「いえ。作戦の変更──出羽班、了解です」


「室長。私は何をすればいいんでしょうか?」


 他校のブレザーの制服を着込んだ女子高生、草薙祈織が黒のセダンから姿を見せる。黒のベストに赤のリボンと、お嬢様のような清楚な印象の制服。さらに少女の容姿も可憐だった。


「滝さんとタッグを組みたかったのに……」


(貴様と滝を組ませたら、アイツが役に立たなくなるんだが……)


 浅間は急な頭痛を覚え、眉間にしわを寄せた。


「貴様は俺と共に《物怪》の討伐だ。車の中に《退魔たいまの刃》と《破魔弓はまゆみ》。あとは試験的に《破邪はじゃの球》を使った銃もある。好きなのを使え」


「了解しました」


「十五分だ。その間に異界を形成している中心核をはらう。それまで奪う命を極力避けろ」


「はっ!!」


 全員が返事をすると、すぐさま行動を開始した。それぞれ《役割》を理解し、無駄なくきびきびと動く。


 現在、浅間のいる場所は来客と職員用の門扉から学校の敷地内だ。

 浅間は黒のセダンのトラックから武装を装備し、爆発の起こった場所に向かって歩き出す。彼が選んだのは黒塗りの刀──《退魔の刃》だ。名のある鍛冶師が古の製造法に則り、現代に蘇らせた技術──人ではなく、《物怪》のみを斬るためだけの刀だ。

 腰に刀を差し、素早く武装を整える。


 次に浅間は視界の端に昇降口を捉えると、大股で駆け出した。およそ五十メートル離れている場所をほんの数秒で移動し、状況の確認を急ぐ。

 草薙は浅間の速度に追いつけず、慌てて追いかけた。


(意識のある者はいないか……。ん、羽根?)


 浅間はふと烏の羽とプリント用紙が散乱していることに気づく。恐らく学校内で異変に気づいた人物が術式として用いたのだろう。そして残していった触媒から見て、術者が魔女だと推測ができた。


(魔女と言えば、悪しき魔女──《ワルプルギスの夜ヘクセンナハト》……もしくは善良なる魔女──《魔女の夜パルティナ》が代表的だが……。しかしどちらにしても妙だな。一九九九年以降、魔女は本来身を隠し、世間に紛れてひっそりと暮らしていた。こんな分かり易い触媒を残していくなど考えられない……)


「あ、これ! あの憎っくき双子の魔女じゃ!?」


 火に油──ガソリンをぶちまけたかの如く殺気立つ草薙に、浅間はため息を漏らす。


(このくそ忙しい時に……。《魔女狩り》をするとか言い出しかねないな)


 浅間は少し早いが草薙に対して、切り札を出すことにした。



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