第34話 事件の真相

 ともりは、ノインから借りたドローンを起動したのち、廊下を駆ける。ドローンとは無人航空機UAVのことで、手のひらサイズのカメラに似たフォルムに、ヘリのようなプロペラが両極存在し、空中飛行を可能にしていた。

 ドローンは全部で四機。主な攻撃は目くらましと誘導だ。その為、殺傷能力は高くない。人間相手なら十分な戦力になるが、《物怪もっけ》では足止め出来るかどうかだ。


(《物怪》が出てくる前に、ううん。ここが《異界》になる前に何とかしなきゃ……)


 燈は廊下を駆け抜けると、保健室のプレートが見えた。


「失礼します!」


 少女はノックなしで保健室のドアを勢いよく開いた。消毒液の匂いが鼻につく──しかし柳の姿はなかった。


「まだ出勤していない……? それとも……ううん、考えるのは後!」


 燈は保健室に書置きを残すと、すぐさま移動する。

 次に《黒い手紙》が密集している場所を順々に回っていく。《黒い手紙》は全て封筒に入っており、十枚ずつ束になって輪ゴムで止めてあった。


(封を開けた形跡はない……)


 燈は手紙の中身が気になった。中身は一体何が書かれているのか──しかし何がキッカケで術式が発動するか分からない為、開封を断念した。

 少女は護符を置いて次に向かう。今まで見つけた場所は棚の上や、引き出しの奥など見つけづらそうな所が多いのだが──


(……なんだろう、この感じ)


 特に障害もなく、燈は《黒い手紙》をなんなく見つけていく。というのも、少女の目には黒い霧がよりハッキリと見えるし、ヨクナイモノの気配も敏感びんかんに察知できているからだ。


(うーん。杏花が手紙の対処をしたから主犯が気づいて、戦術を変えて《黒い手紙》を校舎内の至る所に置き始めた……って聞いてたけど)


 燈は唸った。

 校舎内を回っていると《黒い手紙》が、ゴミ箱、特別教室の机の中、棚の引き出しに突っ込んでいるのもあった。しかしに落ちないのは、束ではなく手紙は一、二枚だけだ。それも乱雑に丸めて置いて──いや捨ててあったと言うべきか。


(最初は見つからないように工作してたけど、途中から諦めて量で押し切ろうとした? うーん……几帳面な人間と大雑把おおざっぱな手紙の配置……。二つの置き方の落差がどうにも気になる。……それともこの犯行に及んだのが別にいる?)


 嫌な予感だけが膨らんでいく。燈は不安を振り払おうと、次の場所へと急いだ。


 一階の食堂、講堂、事務室を回ったのち、二階の科学準備室、臨床実験室、実技室、図書室も難なく終わらせた。


(後は三階と、一階の下駄箱に、室内プール……)


 燈は校舎内の静けさに嫌な汗が流れ落ちる。

 普通なら生徒の姿がちらほら見えるはずなのだが、誰ともすれ違わなかった。それだけではなく、いつも聞こえてくる話し声や喧騒も聞こえない。


(昇降口に、結構な生徒がいたはずなんだけど……)


 少女は校舎内の隅に見え隠れする黒い霧を睨みつけ、足早に廊下を駆ける。


(そもそも《黒い手紙》を使って、なんで《異界》なんか引き寄せようとしたの? 彼女たちの目的はなに──?)


 燈は急に立ち止まった。


 


 なぜ今まで気づかなかったのだろう。

 《黒い手紙》のオマジナイ、その話を聞いた段階で「誰が手紙を書いたのか」と言うことに燈は注視しなかった。

 なにより《クロガミ怪奇殺人事件》も《白霧神隠失踪事件》も燈とは直接関係ない。そう認識してから、犯人やその事件背景など詳しく調べなかった。しかし、普通に推理すれば《黒い手紙》を書いた人物などすぐに気づくものだ。いや、答えなど最初から出てきている。あまりにも近くにいすぎて気づかなかった。

 《自称ファンクラブ》。

 佳寿美の嫌がらせと、オマジナイの《黒い手紙》が結びつかなかった──理由は簡単だ。オマジナイという不確かなものに頼らず、彼女たちは実際に佳寿美に暴力を振るっていた。


(いや……。直接的な嫌がらせでも駄目だったから、オマジナイに走った?)


 大量の《黒い手紙》を独りでまかなうのは難しい。

 なによりなぜ校舎を選んだのか──

 《クロガミ怪奇殺人事件》と《白霧神隠失踪事件》。

 この二つの事件は、初めから佳寿美をだったとしたら? 《異界》に引き寄せ──行方不明──《神隠者かみいんじゃ》を意図的に作ろうとした──?


「……佳寿美が危ない!」


 燈は着いたばかりの美術準備室を飛び出すと、急いで階段を駆け下りる。三階から一気に駆け下りると、下駄箱──一階に近づくにつれて、黒々とした濃霧で足場が見えなくなっていった。

 一瞬、火事かと思ったが、焦げる匂いはない。ただ嗅いだことのない──思わず吐き気が込み上げる。


(うっ……)


 燈は自分の手足が震えていることに気付く。背中から汗が噴き出し、歯がかちかちと噛み合わず音を鳴らす。進もうとしているのに、足が凍りついたかのように動けない。どんなに急ごうとしても亀の歩みになってしまう。


「………っ急がないといけない……のに」


 燈は蒼崎が佳寿美にプロポーズをしていたことを思い出す。誰もが祝福し、拍手をしていた。もし、あの祝福が心からのものではなかったとしたら?

 みんな心の底では妬んだり恨んでいたとしたら──?

 憎悪の矛先は二人に──


 一階の階段を下りると、目の前に下駄箱が並んだ昇降口に出た。だが、黒い霧のせいで下駄箱の輪郭がぼんやりと見える程度だ。


「佳寿美?」


 燈は叫ぼうとするも声が出ず、むせてしまった。しかし、いくら待っても返事はない。

 人の気配に反応しているのか、黒い霧からむしの羽音が耳に届く。恐怖を具現化した音が燈に肉薄する。


「ひっ」


 燈は目の前で起こっている異常な光景に戦慄せんりつし、小さな悲鳴を漏らす。それに反応し、少女の傍に浮遊していたドローンが真っ先に動いた。


『雑魚が、蹴散けちらすぞ!』


 四機のドローンがまるで一つの生き物のように動き、燈の背後から強風ブレスが吹き荒れる。

 轟──

 凄まじい衝撃波が黒い霧を蹴散らす。下駄箱まで霧が引いていく──燈のを警戒しているようだ。

 少女は、その存在に心当たりがあった。


「もしかして式神!?」


(まったく。逃げろと言ったのに……)


 式神は燈に声をかけようとはしなかった。

 代わりに触媒依代に選んだドローンを手足のように動かしながら、少女の周囲を飛び回る。


「使い魔さん、いいタイミングなのです」


 杏花は杖を掲げたまま燈の元に駆けつける。

 もう片方には大量のプリントを抱え──いや、先ほどよりプリントの量はだいぶ減っているようだった。


「杏花、逃げてなかったの!?」


 杏花がなぜ遠回りである職員室側から現れたのか不思議に思ったが、燈は彼女との合流に驚愕きょうがくの声を上げる。


「まったく、酷い話なのですよ。少しは委員長である私を頼ってもいいんじゃないですか?」


 合流早々、杏花は燈をなじる。

 どうやら「先に逃げて」と言った言葉を根に持っているようだった。


「でも……」


「でもじゃないです。……これでも稀代の魔女と言われているのですよ。その私よりも、あのロボ○ップみたいなのに頼るなんて……」


「なぜその喩え!? 年代的にターミ○ーターでいいんじゃない……? というか、口調は機械っぽいけど、結構個性的な人だよ?」


「と・に・か・くです。秋月さん、何か言うことは?」


 杏花は頬を膨らませ、燈を凝視する。


「うっ……」


 危険なのは燈も十分にわかっている。だからこそ、自分の決めた事に友人を巻き込みたくなかった。でも、杏花の求める言葉はそうじゃないと言う。なら──


「本当、杏花は頭がいいのに、時々馬鹿だよね?」


 燈は思わず口元が緩んでしまった。


「失礼な。だいたいどこが馬鹿なのです?」


「普通なら逃げると思う」


「普通なら逃げますよ。……でも、貴女が残るんですから、しょうがないじゃないですか」


 どうして「しょうがない」という選択になるのか、その理由を燈は知らない。けれど、手を貸してくれる──その言葉に心から感謝した。


「じゃあ、稀代の魔女さま、一緒に手伝ってください」


 杏花は燈のその一言に目を細めた。


「まったく、しょうがないですね。さっさと終わらせて校舎を出ましょう」


 杏花は黒い霧を前に軽口を叩くと、そのまま杖を一振りする。杖は熱を持ったかのように凄まじい光を生みだし──黒々とした霧は軽快な音を立てて弾けて消えた。

 その隙に燈は《黒い手紙》の束がある場所に向かった。

 すでに目星をつけている。

 榎本佳寿美の下駄箱だ。

 彼女の名前が書かれた下駄箱のドアを開く──幸いにも鍵はかかっていなかった。


 きぃ……


 にぶい音を立てて下駄箱を開くと──《黒い手紙》が目に飛び込んできた。 

 開けた瞬間、大量の手紙が床に落ちる。見ただけでもゾッとするほど悪意に満ちていた。燈はすぐさま護符を手紙の上に置く。


 刹那──自然な風とは異なり、護符から解き放たれたつむじ風が、下駄箱から外の昇降口へと一気に吹き抜ける。

 黒い霧が消えたおかげで視界が開けると、昏倒している生徒が次々に姿を見せた。いや、突然現れたという方が正しい。


「もしかして……《異界》に引き寄せられていた?」


「ええ、この校舎はまだ完全に《異界》に呑まれていません。ですので、黒い霧を払えば向こうに行った人でもすぐに引き戻せます」


 燈はすぐに倒れている生徒に歩み寄り、膝をついて安否の確認を行う。幸い気を失っているだけで、呼吸も脈も安定している。


(よかった……。目立った外傷はないし、気を失っているだけっぽい……)


 下駄箱には次々と生徒たちが折り重なるように倒れていく。その中に蒼崎匠の姿を見つけ、燈は慌てて駆け寄った。


「……美。……佳寿美……」


 彼は地面にいつくばるような格好かっこうで昇降口に向かっていた。


「先輩!?」


 燈は背負っていたバッグを床に投げ捨て、蒼崎を抱き起す。


「先輩、佳寿美は!?」


 少女の声は蒼崎に届いていなかった。そのうつろな瞳は、目の前の燈を見ていない。しかし双眸そうぼうが闇に囚われていてもなお、姿の見えない恋人を探そうと前に進もうと足掻いていた。


(昇降口……外!?)


 燈は蒼崎の肩を持ちながら昇降口へと急ごうとするが、霧散していった黒い霧に行く手を阻まれる。どうやら先ほどの護符で散っていた霧が再び密集していた。

 あっという間に昇降口──いや外の様子が全く見えなくなっていく。


「キョウエモン、なんとかできる!?」


「なんですか、そのネーミングは!? 私は未来の猫型ロボットじゃないのです、よ!」


 的確なツッコミを入れながら、杏花は杖を力一杯振りかざした。


「〝七つの烏よ、ヴィーラの荒々しい風をここに〟」


 杏花の手元から三枚の黒い羽が舞う。

 刹那、彼女を中心に竜巻が生じ──轟、と音を立てて、昇降口に集まっていた黒い霧を一気に掻き散らす。


「さすが、杏花!」


「ふふん、当然なのです。あ、でも散らしただけですから時間が経てば……って聞いています!?」


 燈は自慢気な杏花をスルーして蒼崎を連れて昇降口の外に向かった。ぷりぷりと怒る杏花だったが、少女の性格をよく理解していたので「しょうがない」とその背中を追いかけた。

 燈が昇降口から外に出ると、下駄場と同じように生徒が大勢倒れている。


「佳寿美!」


 周囲を探すが、それらしい姿はない。

 《異界》から戻っていないのか──


 ずるずる──


 ふと、何かを引きずる音が聞こえた。その音の方へ視線を向けると、佳寿美を連れ去ろうとしていた女子生徒の姿が目に入った。

 校舎を出て温室プールの方面、燈から十数メートル以上離れている。女子生徒の三人は、ぐったりした佳寿美の腕と頭髪とうはつを掴んだまま、引きずるように運んでいた。


「「「…………あは、アハハハハハハハハハハハ」」」


 女子生徒たちは燈に気付き、それぞれ不気味な笑い声をあげた。

 奇妙な笑い声だった。

 音階がうねり、不気味さが増す。


「あなた達……」


 三人の女子生徒はみな体の一部が獣に変わっていた。一人は虎の片腕、もう一人は猿の顔、最後の一人は虎の足──どれも《鵺》の一部だ。

 その姿に普通なら足がすくみ震えるだろう。だが、燈は佳寿美の姿を見た瞬間──衝動に駆られ、体が動く。


「佳寿美を離しなさい!」


 ──燈は蒼崎をその場に置いて、すぐさま佳寿美の元に駆け出す。

 半瞬、少女を追い越す影を見た。


「えっ──」


 燈は思わずギョッとした。

 その人影は先ほどまで一人で歩く事すら出来なかった蒼崎だったからだ。

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