《幕間》 魂の記憶
つい先ほどまで
「彼女から……」
蒼崎は鋭い殺気を彼女たちに向け──火事場の馬鹿力とでもいうべき驚異的な身体能力で、女子生徒の一人を
「離れろ!」
蒼崎に次いで駆けつけた燈は女子生徒を取り押さえると、ノインから借りた緊急捕縛用のビニールテープを手首に巻きつけて縛った。
燈が一人を
(うわ……
人は自分以上に怒っている人間がいると、多少冷静になるようだ。燈は
気絶させた二人も念の為、ビニールテープで手と足を縛る。蒼崎の運動神経が良いとはいえ、その力は
(これも愛の力……? だとしたら愛は偉大だな)
「佳寿美!」
蒼崎は佳寿美を抱きかかえると、そっと頬に触れる。頬についた泥を優しく
「ごめん、……俺がもっと……しっかりしていれば」
彼は
「先輩、そのまま佳寿美を抱きかかえていて下さい」
燈は素早く呼吸の確認後、呼吸がしやすいように着物の帯を緩め、手首をつかんで脈を測る。他に外傷がないかも素早くチェックした。それは救助隊顔負けの慣れた手つきだった。
「
蒼崎は心の底から安堵し、佳寿美を力一杯抱きしめた。
「佳寿美……何も出来なくて……ごめん」
ふう、と燈は肩の力を抜くと胸を
(それにしても先輩。……トラウマで体が硬直していたのに、頑張っていたな……)
燈は蒼崎の姿勢を見て、少しばかり評価を改めた。
誰かを想い、想われる。結びあう恋はとても愛おしいものなのに、燈の胸はなぜかざわついていた。佳寿美を抱きしめる蒼崎に
胸が押し付けられるように痛い。
形容しがたい感情が溢れ出し、脳裏に見知らぬ映像が脳裏に流れ込んできた。
(なに……これ……)
燈は強い想いに引き込まれ、視界が光に──真白に染まる。
***
闇が最も深い夜明け前の空に、月や星々の輝きはない。ざわめく木立に雷鳴が轟き、全てをなぎ倒す。
燈が
偉丈夫は長い白銀の髪を揺らしながら
(あの女性。あれは──私……?)
服装や雰囲気はまるで違う。燈の前世というものだろうか。
ただ何となく、あの横たわっている女人が自分だという自覚はあった。
しかし──なぜ、切り取られた一部だけを思い出したのだろう。
(これも記憶の喪失に関係があるの?)
どこか他人事のように燈はぼんやりと眺めていた。
男が必死で名前を呼ぶ。耳が痛いほど声が聞こえるのに、その名は聞き取れない。
女人が動くことは無い。すでにこと切れているのだろう。
偉丈夫の衣服は
「×××っ……!」
悲痛な呻き声が燈の胸を掻き
「泣かないで」そう告げられたら、この痛みは治まるだろうか。
「悲しまないで」そう言って頬を濡らす涙を拭えたら、この苦しみは消えるだろうか。
後悔──それが魂に残った記憶だろうか。
なぜこのような
偉丈夫は激昂し──そして
大気はもちろん、大地を砕き地形をも崩す。雷鳴が轟き、洪水で全てを洗い流し、あらゆるものを死に誘う。
「どうして……、そなたが死ぬのだ……」
か細く震えた声。
紡がれた言葉は
「我が…望んだのは……くっ……!」
どうしてこうなったのだ。
どうして──
そう涙を流す声が、
独り悲しむ偉丈夫が、夢で出会った神と重なった。
あの神様は何者なのだろう。
目の前の情景は霧に覆われ、ついぞ思い出すことは出来なかった。
「─────」
ふと、嘆き悲しむ偉丈夫の背後に人影が現れた。強い殺意と憤怒を宿し、その人影は彼に手を伸ばす────
「────」
ぶつり、と強制的に視界が暗転した。
***
「秋月燈、そこで何をしているんだ?」
燈は自分の名前を呼ばれて、現実に引き戻された。少女が振り返ると、白衣を纏った養護教諭である柳が駆け寄って来るのが見えた。その表情は険しく、相当怒っているようだ。
「秋月燈、何をしている?」
繰り返し柳は
「よかった。すぐに佳寿美の手当てを──」
「そんなことより、今すぐにここから離れるんだ」
柳は燈に近づき腕を掴んだ。
倒れている生徒、負傷している佳寿美や蒼崎が見えていないのか、燈の腕を引っ張りながら校舎から離れようと足早に駆け出す。
いつの間にか燈の傍に居たドローンの姿がない。だが少女はそのことに注視する暇などなかった。
***
「秋月さん!」
異変に気付いた杏花は燈の後を追いかける。
蒼崎は顔を上げ、わずかに眉を
「……秋月……ちゃん?」
──すぐに何を察したのか、彼は佳寿美を抱き抱えて燈たちと同じく校門へ向かって歩き出した。
何かが迫りくる。そんな
燈と柳、それを追う杏花は校門のすぐ傍に差し掛かっていた。
「え、ちょ、柳先生! 私よりも佳寿美や蒼崎先輩を……!」
「そんな暇はない。急がなければ《異界》が──」
そう言い終える前に予鈴に
いつもとは違う、
目に見えない何かが膨れ上がり破裂したかのように、学校全体が一変した。
ぞわっ
「……っあ」
燈は産毛が逆立つ感覚に寒気を覚えた。
先ほどとは比較にならないほどの
「な……」
黒々とした霧が学校と学校の外の境界を遮断した。
それはとぐろを巻いた蛇が獲物を締め上げるように、霧がゆっくりと敷地内を侵食していく。
校門はすでに黒い霧によって塞がれ──逃げ場はない。
黒々とした霧は燈のすぐ傍まで迫り、視界を狭めていく。見た目は霧なんら変わらないのに、複数の殺意が少女の肌に突き刺さる。
「な……に、これ」
ふと気づくと、手を引いていた柳の姿がない。その場から煙のように消えた。
「柳先生!?」
先ほどまで柳が立っていた場所には、赤黒い血だまりが出来ていた。
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