第29話 勝利の行方

 五月五日ゴールデンウイーク最終日。

 勝負開始と同時に、ともりとノインは打って出る。


「はあああああ!」

「甘い」


 浅間は難なく攻撃をかわす。二人は彼の態勢はおろか、呼吸を崩すことすら出来ずにいた。


「ほら、どうした?」


 浅間の挑発する物言いと、迎撃げいげきによる一撃は鋭さを増した。

 すでに数十分ほど打ち合っているが、未だに燈は突破口とっぱこうが見えなかった。


(身体は充分じゅうぶんに温まった。式神の気配も近くに感じている……)


 燈は明日からは学校が始まるため、昼前にこの施設を出なければならない。既に十時過ぎ──タイムリミットは刻々と迫っている。

 怒りなら瞬発的な力になるだろうが、焦りは動きをにぶらせる。

 

(まず、深呼吸して……)


 燈は焦ってた。そんなつもりはなくとも体は正直で、ノインとの連携はミスをするし、動きも昨日より悪い。少女は上手く立ち回れないことを歯噛はがみしながら、ノインの攻撃のバックアップに回る。


(私の体力で挑めるのは、たぶん一回限り……)


 燈はタイミングを見逃さぬように、意識を集中させる。



 ***



 浅間に呼吸の乱れはない。額に汗をにじませているが、まだまだ余裕があった。彼は鋭い瞳で、燈とノインの動きを観察する。

 まずノインの成長速度に瞠目どうもくした。連携攻撃、そして反応速度、駆け引きが数日前と比べて別人と思えるほど向上しているのだ。


(ここまで性能を引き上げた要因は……。まあいい、ノインには及第点をやろう)


 浅間は素直にノインの実力を認めた。

 それに比べて燈は驚くほど伸びない。体力は多少ついただろうが、その程度だ。


(秋月燈。貴様のその精神力は認めよう。だが、圧倒的力の差をわきまえず、挑んだ結果をかえりみれない人間なのだとすれば……貴様はここで立ち止まっておけ)


 浅間は次の一撃で終わりにしようと、竹刀を握り直した──



 ***



 Artifactアーティファクト knightsナイツ試作九号機通称ノイン。本名は五十君周いきみあまね。彼は、今まさに様々な経験と感情を得ていた。

 構築──経験──蓄積──更新を積み重ねるごとに、ノインは数式による最適解さいてきかいだけではなく、場の空気や直感で判断する。

 その選択の一つとして、ノインは浅間と対等に戦うため、銃火器を捨て木刀を手に──接近戦でぶつかり合う。中間から遠距離にかけての攻撃は、左手に内蔵している銃で対応する。もっとも今はゴム弾だが──

 剣戟けんげきを重ねるごとに力の調整、軌道補正を瞬時に行う。


(反応速度の、癖を把握。……さすがだ、心の友その壱)


 ノインが主力となり、浅間の死角や攻撃に合わせて燈がバックアップをするというTactics戦術になったのは、つい二日前だ。そのOperation作戦は燈から提案され、よく練られたTactics戦術だった。


 彼女は自分の置かれている立場を理解した上で、何処か楽しんでいた。失敗が許されない場面で、余裕がある訳は無い。むしろOperation作戦の成功確率が低いというのに、燈から笑みは消えなかった。

 ノインにとって彼女は全くの規格外きかくがい。完璧だったその数列を乱す存在の一人だ。

 かつてノインの作り上げた壁をいとも容易く突破した危険人物バグ。数千のエラーを叩きだし、最適解を遠のかせた張本人。蓄積されたエラーのかたまり──が今のノインを形成している。


戦術開始ミッション・スタートまで推測一五六秒後……)


 浅間の表情、動き、思考による行動予測を瞬時に行う。最適解を出すと同時にフェイクによる成功確率も算出──


 ──え? んー、タイミングは任せるよ。その時の空気で──


 それは勝負が始める前に、燈が口にした言葉だ。

 戦術開始ミッション・スタートのタイミングは、全くの打ち合わせなし。

「空気とは? 正確な数字を提出希望」と少し前のノインなら返答していただろう。だが、今は違う。彼は僅かに口元を緩め──そして引き締めながら訂正する。


戦術開始ミッション・スタート──)



 ***



 決着──。

 その二文字が三人の脳裏に過る。

 刹那、示し合わせたかのように浅間とノインが動く。


戦術開始ミッション・スタート


 ノインの攻撃がより苛烈かれつさを増し、浅間に反撃の隙を与えまいと連続攻撃を繰り出す。


「良い気迫だ。だが、まだぬるい」


 浅間は向けられた攻撃の全てを弾き返す。

 剣戟けんげきのぶつかり合う音が部屋に響く。二人は何合か打ち合い、火花を散らした。

 一撃一撃が衝撃波となって空気を振動させる。


 息苦しいほどの緊張感の中、燈は基本となる中段の構えのまま動かない。

 最前と変わらない型だが、まとう空気が異なる。何より燈の影が自然法則と異なり、小さなさざ波の如く揺らぎ、たかぶっていた。


『かかかっ、肩の力を抜け』


 声はすぐ傍で聞こえた。

 燈は木刀を握り直す。

「ふう」と吐息が漏れた。


『気負うな。なに、あの武神を少しばかり驚かしにいくだけじゃ』

「うん。……それじゃあ、行こうか。


 浅間とノインの剣戟は速度を増してぶつかり合い、風圧が二人の周囲に吹き荒れた。


「くっ……」


 十合ほどぶつかり合った刹那、燈はこの時を待っていたとばかりに駆け出す。その体勢は低く、つかを持つ右手に力が入る。

 浅間は燈の一撃を読んでいた。


「チェックだ」


 少女のスピードは以前より速いが、浅間は対処できる範囲だと判断した。

 だが──。


加速ブースト

『応!』


 燈の叫びに、「待ちに待った」と歓喜に震えた式神の声が、室内に響く。

 少女の影から湯気が吹き出し、──燈は弾丸の如く浅間の間合いに滑り込んだ。


「くっ、言霊ことだま……それも式神が練度れんどを上げているのか!」


 浅間は素直に感心した。

 驚きはしたが、彼の体は即座に反応する。


(気づかれた)

『かまうな。──ここからだ』


 燈の木刀は浅間の胴を捉えた。

 数日かけて少女はずっと同じ流れで攻撃を仕掛けてきた。今回も同じ軌道きどうを描き木刀を振るう。


「甘い」


 完全に一本取れていたタイミングだった。だが──

 乾いた音が響いた。ギチギチと木刀と竹刀がきしむ音を上げ、鍔迫つばぜり合い状態が続く。


「ぐっ……」


 膂力りょりょくは浅間の方が上。

 燈に押し切る力はない──が、それも想定内だ。


 むしろ手を読まれていることこそ、。燈は一歩下がると、そのまま放り投げるように木刀を手放す。


「!?」


 浅間は眉をひそめた。いくら頭でわかっていてもわずかに体が反応してしまう。

 燈が半歩下がった刹那──

 影から一振りの刀がねた魚のごとく飛び出す。この刀のさやには白い布が幾重いくえにも巻き付いていた。


(あの刀は……──)


 浅間は突如現れた刀を目で追ってしまう。

 宙を一回転した刀は燈が受け取り、鞘を抜かずにそのまま浅間に迫る。


「そう来るか──、だが!」


 浅間が反応しようとした時、足場に違和感いわかんが生じた。視線を床に向けると、黒い影が彼の足をとどめている。


(あの初撃は、動きを封じるためのおとりか!)


 この時初めて浅間の姿勢が僅かに崩れた。


加速ブースト──奇襲レイド

『かかかっ、盛大に、派手にゆくぞ!』


 剣を抜かず燈は浅間の正面──右肩を狙って振り下ろす。

 竹刀しないがさらにきしむ。その一撃も寸前すんぜんで食い止められてしまう。──否、膨れ上がる熱エネルギーは刀を通して、竹刀に亀裂きれつを生む。

 燈の膂力りょりょくは今、式神のバックアップにより、浅間の膂力りょりょくを一瞬だけ上回る。


「いっけえええ!」


 その一撃は、ほんの僅かに浅間の前髪と頬をかすめ──すり抜けた攻撃は背後の壁をえぐった。


「やっ……た……?」


 急に力が抜けた燈は、そのままの勢いに任せ浅間を押し倒す。正確には彼が燈の代わりに、倒れた衝撃を全て引き受けたのだ。

 床に衝撃吸収素材を装備しているものの、派手な音が室内に響いた。


「痛た……」

「及第点をやろう」


 真下から聞こえる声に、燈は視線を向けると目と鼻の先に浅間の顔があった。

 猛禽類もうきんるい彷彿ほうふつとさせる鋭い眼光。目鼻立ちは整っており、顔の彫りが深い。


(あれ? 誰かに似てる……?)

「いつまで乗っている気だ?」

「ふへ?」


 沈黙。

 少女は自分の状況を改めて確認する。燈は浅間に馬乗りになっていることに気づく。


「ふあ、あああ!?」


 慌てて起き上がろうとして、腕に痛みが走る。激痛に燈はよろめき、浅間の胸板に崩れ落ちる。少女の右腕は痙攣けいれんし、なおも激痛に苦しんでいた。


(式神の真名を知らずに力を借りれば、その負荷は肉体に影響を及ぼす……)


 浅間はぞんざいな溜息ためいきを吐いた。

「愚か者」と言いかけ──押し留めた。燈の奮闘と覚悟を目の当たりにしたからか、説教する気が失せてしまった。


「ノイン、医療室に連絡を頼む」


 浅間の言葉に返ってきたのは、場違いなほど乾いたシャッター音だった。

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