第27話 鵺というアヤカシ
浅間は軍服を
「……さっきから視線が
「いえ。なんだか嬉しそうだったので、珍しいと思っただけですわ」
浅間は「俺が?」と言葉を返した。
「体が
草薙は
「いいんですの。あの女は恩人ですけれど、《双子の魔女》を滝さんに押し付けた張本人ですわ。本来なら、私が居候をするはずだったのに……!」
浅間はため息を漏らした。
同僚の滝は仕事に集中すると途端に生活習慣が乱れる。そのため家政婦的な名目で、あの双子を派遣したのは浅間だった。もっとも滝は滝で
(いい加減、面倒だから、さっさとくっつかないだろうか……)
お互いに想っているのに一緒になれない事情が本当にあるとすれば、龍神や燈の方だというのに。そう浅間は皮肉に思った。
ふいに稽古場で奮闘していた少女──
(今は泥をこねた石ころだが、あれは強くなる。あのタフネスさをノイン……いや
ノインは《MARS七三〇事件》で全身火傷を負ったため、事件後は体の大半を人工物で補い延命していた。しかし
彼の人生のほとんどは、ネットを通しての世界しか知らないと《報告書》にあった。そのため日常生活においての知識はあるが、常識は薄い。
(そういえば、どういう経緯で秋月燈と知り合ったのかデータになかったな)
出会うとしたら《MARS七三〇事件》の被害者として運ばれた病院内。もしくはネット、SNSで知り合ったということになる。
(
浅間は手を止めていた報告書に視線を戻した。
先日亡くなった
報告によると、二井藤の顔は猿、四肢は獣、虎に似ており、尾が生えてそれは蛇の頭に似ていたという。燈を襲った警察官と同じく《物怪》と化した《
数日前、湖付近で《物怪》を掃討したが、あれは形を得られなかった
浅間は妙なことに気づく。
(鵺は確か、猿の顔、虎の手足、蛇の尾……。そして狸の胴体だったはず。だが、胴体は人間のまま)
アヤカシが形を得て《物怪》になるには、その部位に一つ一つ意味合いがある。虎、蛇、猿は方角を表すが、この場合は違う。
虎の原型は
また蛇の特徴は
猿の顔は「人間に似ている」というものが多く、その実たいていが否定的な意味合いを帯びている。外見、知能、気質などから含めて
そこまで思考を巡らせ、浅間はふと眉を寄せた。
(……式神の指摘通り、短期間のうちに《物怪》になる数が多すぎる。意図的に数を増やしている指揮官の存在、か。……的外れではないだろう)
「ふう」と、ぞんざいな溜息を吐いた。
(しかし
縁起のいい動物。虎も、蛇も、猿も縁起の良い動物に転じることがある。
(ああ、なるほど。このアヤカシは縁起物を集めた象徴と同時に、負──
狸がいる《鵺》を陽、狸のない《鵺》を陰に──陰陽をわざわざ切り分ける理由。無理やり新たなアヤカシを作り上げている目的は──
(アヤカシの《鵺》は元々祟りと災禍をまき散らすとして、祀り上げられた。つまりは祀られるだけ理由を作り出した因果があり、非業の死へと追い詰めた背景がある。……これを考えた指導者は《
《復讐鬼》と名称を変えたのは、年端もいかない少女だ。その経緯を浅間は思い出そうとするが、どうにも記憶に靄がかかっている。
(またか。秋月燈に関する記憶はどうにも……)
浅間は思案するも、素早切り替えた。
(今は事件の方が先決だ。……黒幕が《
人だったが《鵺》にさせられたものたち。
人をやめて《鵺》になったものたち。
相反する存在がぶつかり合うことで《理》を歪める。その規模が大きければ大きいほど世界の均衡は崩れ、現世と冥界の狭間に封じられた《異界》が溢れ出す。
この世界の境界を崩壊させる。それが黒幕の狙いだったとすれば相当にまずい。
「ねえ、浅間。一つ伺いたいことがありましたの」
草薙は携帯タブレットに視線を落としながら浅間に声をかけた。考え事をしていた彼はあからさまに不機嫌な顔で「なんだ」と言葉を返す。
「この間の記者会見で叔父さんが説明していた、《物怪》について。これ本当に中継してよろしかったんですか?」
タブレットの画面を浅間に向けると、そこには無料動画サイトにアップされた記者会見が映っていた。
『人間が過度なストレスにより極限状態に陥ったとき、通常時には決して選ばないような極端な判断をする傾向にあります。人間は極端な行動──凶悪犯罪に手を染めることにより、魂がその負荷に耐えきれず変貌を
民俗学の第一人者である
『これらは古の時代より様々な名称がついておりました。
折田は白髪交じりの初老の男だ。白いシャツと土色のジャケットとズボンを着こなし、身なりは小奇麗だった。柔らかな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。
『しかし、これらは全て人間の心、内なるものから形をえて生まれたモノ。それが時を経て現代に蘇ったのです』
草薙は動画を止めると、しかめっ面で文句を浅間にぶつける。
「魂という概念やとらえ方を突発的に説明をしても、この国の人間が受け入れるとは到底思えませんわ」
「そうか? この国は魂という概念について、もっともよく理解していると思うぞ。
「……それとこの『蘇った』って表現、間違ってますよね。増えただけ。封印されていた訳でも無く……ただ人が自身の心に、万物に
「今は真実よりも《物怪》を増やさぬ対策を整えることが先決だ。犯罪に走ると化物になるか自爆する。それだけでも多少の抑止力にはなるだろう」
「私には悪手に思えますわ。いっそ、誰かのせいにして祀り上げた方が手っ取り早いのでは?」
それこそ愚策だと浅間は内心で毒づく。
(
浅間は《厄災》を封じる為に、誰かを
神々の加護は無限ではない。有限であり、限定的だ。いわば神社で売っている
そのたびに今まで使っていたものを供養し、新たに買う。それと同じように人間は
浅間は
「火、と・く・べ・つ・につけてさしあげましょうか?」
「いや間に合っている」
浅間は草薙の言葉を
「あ、そうでした。滝さんから伝言です。例の学生の二人は警視庁管轄の施設で保護しているとのことですわ」
学生二人。今回の一件で一ノ瀬の恨みを買ったと思われる蒼崎匠と、その恋人である榎本佳寿美を事前に保護していたのは
《クロガミ怪奇殺人事件》、《白霧神隠失踪事件》。その主犯ともいえる人間がいるはずだというのに、痕跡一つ残さない。この巧妙なやり口に浅間は覚えがあったが、その男は十一年ほど前に亡くなっている。
その男には息子が居たことを思い出し、「調べてみるか」と独りごちた。その息子の名前は
***
燈に貸し与えられた部屋は、学生寮よりも広い十畳ほどのツインの部屋だ。元々ホテルだった構造をそのままリフォームしており、室内は小綺麗だった。窓際に小さなテーブルと椅子が二つあり、燈はそこにもう一つ机の椅子を持って来て、三人で食べるようにセッティングを整えていた。
ふと甘い香りと共に気配が生じた。
『おお、良き香りじゃ。今晩は鍋か』
ダミ声だけが部屋に響く。燈は振り返るものの姿は見えなかった。
「鎧武者──じゃなくて、式神」
『お、
「うん」と少女は首肯する。
燈は式神が傍に居る気配をより濃密に感じ取ることが出来た。
「いつも三人分の料理を用意しちゃうんだよね。式神と話が出来るようになって、もう一人も、傍に居るかと思って……」
『主よ。ちなみに某は、主の真後ろにおるのだが……』
「え、そうなの?」と少女は慌てて振り返る。
『嘘じゃ』
またしてもからかわれた燈は、手に持っていた紙皿を思わず握り潰した。
「私で遊ぶな」
『某の楽しみを奪うとは、酷い主じゃ』
「そんな趣味はさっさとやめてしまえ」
燈はブツブツと文句を言いながらも、手を動かして食事の準備を整えた。
『……ふむ』
式神は言葉を
視えていないだけで、実際に居ると言えば居るのだ。薄らと
(あとは……
「わー、わー、トモリ、一緒にごはん」
「わー、わー。トモリ、トモリ」
先ほどから十センチ程度の半透明な
さきほど式神の声を拾った時に聞こえたのは彼らの声だ。そして少女がよく
「さあ食べよう。いただきます」
『そうじゃな。さあ、
「…………ん?」
燈は式神の言葉に引っかかり、笑みが凍り付いた。
「式神、いま、なんて?」
『我が主が、たらふく食わんと某にまで栄養がいかんからな』
燈は目の前にある三、四人分の御馳走を見つめた。
「ま、ま、まさか。これ一人で全部食べろと?」
『仕方あるまい。
御馳走の山が一瞬で悪夢の産物と化した。
「絶対に太る」
『何を言う。もう少し肉付きがないと体力がつかん。……と、そうじゃ。酒瓶は軽く口を空けて置いてくれればよいぞ』
(あ、お酒は飲まなくて済みそう)
燈がホッとした矢先──。
『主は口を付ける程度で構わん。それならばよかろう』
少女はたじろぎながらも「儀礼の一環なら……」と腹をくくった。
「わかった。……姿が見えないのは残念だけど、式神。私がご飯食べている間、何か話をしてよ」
『なんじゃ、唐突に』
「一緒にご飯を食べることは出来ないけど、話ぐらい付き合ってほしいなって」
式神は少しばかり
『そこまで、うむ。そこまで主が言うのであれば、
非常にもったいぶった言い回しだが、本人はかなり乗り気なようだ。
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