第26話 それはデートではなく直会です


 式神はデートと言ったが、よくよく話を聞くと「直会なおらいを行いたい」ということだった。直会とは、神社における神事の最後に、神事に参加した者たち一同が集って飲酒や食事をする行事であり、共飲共食儀礼ぎれいの一つだ。

 式神が提案したのは、その儀式を簡略化したものだったのだが……。


「うううーーーん」


 ともりうなり声を上げていた。

 浅間からこの建物の外に出ることを禁じられている。まあ、しかしそこは問題ではない。施設内にあるスーパーで買い出しができるので、必要な食材は買うことができる。

 お金も浅間が「しっかりと食べるように」と万札を渡してくれた。


(浅間さん……。顔が怖いけど、なんかもう親切な親戚のおじさんみたいだよな……)


 燈の中で浅間の好感度がグッと、上がっていることは言うまでもない。

 ただ、ここで致命的な問題というのは――


御神酒おみきって……、未成年じゃ買えないんだよおお!!)


 お酒は二十歳になってから。

 

(もうこの際、調理用の酒じゃだめだろうか。ゴリ押しでなんとか……。いっそダメならもう甘酒にするしか!?)


 そう思い、燈は何度目になる分からない溜息を漏らした。

 浅間に神酒を買って欲しいと頼んだ場合、式神との接触に気づかれる可能性がある。それはできる限り避けたかった。式神の力を得られた場合、勝負の切り札になるのだから秘密にしておきたい。

 式神に相談した結果、「任せろ。市場スーパーで合流ぞ」と言ったっきり、気配が消えた。燈が引き留めるいとまもなかった。

 なんとなく……というか嫌な予感しかしないが、もはやどうにもできないと少女は開き直った。



***



 燈は部屋に戻るとシャワー室で軽く汗を流した。そのあと動きやすい上下紺色のジャージに着替えて、施設内のスーパーに出向く。思いのほかジャージの着心地はよく、深紅薔薇クリムゾン・ローズ紋様ロゴがプリントされている。


(ここの会社……ついに紅茶関連だけではく、衣服も作り始めたのか)


 燈は呑気なことを考えているとスーパー前に到着した。受付は一階だが、スーパーは二階にある。ここは様々な飲食店から日用雑貨を扱う店までが立ち並んでいた。ホテルの雰囲気に合わせたのか高級感ある店内は、お洒落なデパ地下に近い印象を受ける。おそるおそる食材の値段を見て、燈は安堵の声を漏らした。


(よ、よかった。……そんなに高くない)


 買い物カゴの中に、ほうれん草や豆腐……と、それから山の幸を入れていく。

 式神の要望は「美味しいご飯が食べたい」ということだったので、燈は自分で料理を振る舞うことにした。勝負の後で体はもの凄くだるいのだが「これも勝率を上げるため」と、少女は自分に言い聞かせる。


「うーん。肉と魚はどっちがいいかな」


 ふと、燈の傍に人影が歩み寄ってきた。少女は食材から人影に視線を向ける。しかし見知らぬ相手だった。

 警戒心を強めていると──


……


 こざっぱりした髪型、一八〇まではいかないものの長身、警察官というよりはアスリートに近い健康的な体格の男だった。黒の軍服姿で、胸のプレートには四季柊次しきしゅうじと明記してある。顔はそれなりに整っているが、見覚えはない。

 ──ただし、その口調は聞き覚えがある。


「この独特のしゃべり方は……」


 男は燈を見るなり、口角を歪めて笑った。


「某に決まってお──」


 少女は血の気が引いた。

 最後までいう間に燈は履いていたスリッパで思い切り男の頭を叩いた。

 スパーンといい音が響く。


「な、なんだ。何を怒っておる!?」


 式神は何が悪かったのか分からず、眉を寄せた。


「何、考えてるの!? 勝手に知らない人の身体に憑依して……!」


 燈は出来るだけ小さい声で男を睨んだ。式神はなぜ自分の主が目くじらを立てているのかに気付く。


「ん? ああ、これか。大丈夫じゃよ☆」

「その友だちの自転車を借りたような気安さで、大丈夫って言わないで」

「かかかっ。実際にそのようなものだから気にせずともよい」

「いや私の良心がですね……」

「かかかっ、そういう所はまったく変わっておらぬな。うむ、実に主らしい」


 男は顔に手を当てて笑いをこらえており、その姿に燈は拍子抜ひょうしぬけしてしまった。

 なんとなく憎めないのだ。なにより燈との再会に心から喜んでいる姿を見ると、怒りはいつの間にか消えていた。


「式神って……人間味が溢れているんだね……」


 燈は憑依した式神を横目で見ながら、呟いた。


「まあ。式神も、神も……アヤカシもあまり変わらん。視点の違いと、活動範囲が異なるだけじゃ。ああ、あとは見比べが大ざっぱな所か。……神にとって一個人の人間などどれも同じに見える。男女、老若男女だろうと同じ魂としか見ておらん。……縁を持った者は別じゃが」

「へー、そうなんだ。じゃあ、式神もあの神様も、私と少なからず縁があったってこと?」

「まあ、そんなところじゃ」


 式神はどこか懐かしそうに呟くと、人懐こい笑みを浮かべた。


「それよりも、まずは買い物であろう」

「あ、そうだった」


 燈は正直に頷いた。男は満足そうに少女の頭をポンとでた。


「………なぜ、撫でる」

「普段できんので、今のうちに回数を貯めておこうと思ってのう」

(なんだろう、この年の離れた兄に会ったみたいな反応……。いや、この撫で方は犬とか!?)


 燈はなされるがまま、数分ほど頭を撫でられた。そのうち「高い高い」とかしそうだった。


(もはや初めて姪っ子ができたぐらいの構いようだ……。私、主なんだよね……!?)


 燈はぐっ、とツッコみたいのを堪えて、もっと重要なことを式神に尋ねる。


「一応聞くけど、本当に憑依に後遺症とか出ない?」

「無論じゃ。……ま、意趣返しの意図もあったが、ほんの。安心なされるがよい」


 なんだかひどく物騒なワードが出た気がするが、言及する前に式神が言葉を紡ぐ。


「それに神酒を買った後は、主の部屋の前に酒瓶を置いてゆくので安心するがよい」


 色々思うところがあったが、燈は不承不承に頷いた。


「それなら──」

「まあ、それに後遺症が残り、憑依しやすい体質になったならば……主が責任を取れば良いだけのことじゃ」

「責任……、ってはあああ!?」


 燈は責任の意味を理解して、声を荒げた。その反応が面白かったのか、式神は声を上げて笑った。


「かかかっ、やはり主をからかうのは楽しいな。じゃが、この器は中々に訳あり物件だと思うぞ。まあ、立候補しているアレもアレで相当末期じゃからな……」

「アレってなに!?」


「さてな」と式神はとぼける。


「くぅ……完全にもてあそばれている」


 拳を握りながら震える燈に対して、式神は生き生きとしている。──というか完全に、調子に乗っていた。


(主とかいう割に全然、主っぽく思われていない……! こ、これは由々ゆゆしき状況では?)

「いや大丈夫だぞ。ちゃんと主を敬っているし、問題ない☆」


 完全な棒読みに、式神はなおも面白げに冗談交じりに語る。


「笑うな。……って、さっきからアレって誰のこと!?」


 燈は式神──男に小突こうとするが、身長差もあって軽々とかわされてしまう。それは猫パンチを相手に繰り出すも、全く届いてない状況によく似ていた。


「くう……!」

「かかかっ。その程度の速度で某に当たるものか」

「うぬぬぬ……」


 かなりムキになっていた燈だが──周囲の冷ややかな視線に気づき、慌ててその場から離れた。それでなくても高校生が一人で施設内に居ること事態が目立つ。その上、長身の男が傍に居たのでは悪目立ちもする。


「主よ、某は酒を買いに行くが、荷物は一人で持てるか?」

「当たり前でしょ。……じゃあ、私は買い物を続けるから、このお金で好きな日本酒をよろしく」


 燈はお財布から五千円札を差し出した。


「心得た。主よ、桜や牡丹、紅葉に柏……ももんじを、くれぐれも頼むぞ」


 そう言うと式神はきびすを返して酒類売り場へと消えていった。燈は一気に疲労感を覚えたが、もう一つの問題にようやく気づく。


「桜や牡丹って食材だっけ?」


 携帯で検索した結果、燈は桜や牡丹などという言葉が隠語で馬や鹿、猪などの獣肉を示すものだということをようやく知ったのだった。


(売ってるかぁああ!)


 燈は携帯を投げ捨てそうになった。

 現代の日本に、しかもスーパーに猪や鹿などの肉を扱っているわけもなく、唯一馬刺しと他に鶏肉と牛肉を買うことにした。


「江戸時代から獣肉を食べるのを禁止にしたため、隠語が生まれた、……か。って、ことは……江戸時代ぐらいには、式神が存在していたってことだよな」


 燈は買い物をしながら考える。

 式神。謎だらけだが、武士っぽい喋る方をする割に、俗世界の知識もあるようだ。というかあのノリの良さはなんだったのだろう。

 その後、何事もなく買い物は終わった。


(そう言えば聞き忘れてたけど、四季ってあのカフェの人と同じ苗字……だよな)


 珍しい苗字だと思い返しながらも、燈は客部屋に戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る