第15話 第一級特異点・後編 

 《専門家》。

 そう聞いて燈が脳裏に過ったのは、クラスメイトであり委員長でもある杏花きょうかだ。だが、燈と鎧武者の前に現れたのは驚くほど

 交差点の真ん中に、突然姿を現したのは黒い軍服姿の軍隊だ。統率に乱れなく、百人が一つの生き物のようにきびきびと配列を組む。それは鶴が翼を広げた形──鶴翼かくよくの陣だ。


 そして曇天の空から飛来するのは、白亜色の甲冑姿の騎兵たち五〇人。彼らは一局集中で、敵陣突破を狙う魚鱗ぎょりんの陣を整える。


(ん? あの黒い軍服って……)


 警視庁、《失踪特務対策室》と同じ黒い軍服を着用した彼らは、人の姿をしているが皆一様に面をかぶっており、素顔をさらしている者はいない。またよく見ると角が生えている者や、肩や腰に翼を生やした者もいた。


 対して白亜色の甲冑を纏った騎士たちはみな白一色だ。肌も、髪も、武具すら白く神々しさすら感じる。彼らもまたフードを被る者や仮面をつけているので、素顔は見えない。

 互いの存在を認知し、指揮官らしき者たちの視線が交錯する。

 緊迫感が頂点に達したその時──


「討伐開始」

「速やかに鏖殺おうさつせよ」


 咆哮、雄叫びを上げて双方は一斉に動き出した。その標的は《人間の姿をした奇怪なモノ人間モドキ》たち。燈を襲った者だけを討伐していく。どうやら白と黒の軍団の標的は同じだったようだ。

 倒された者たちは、形を失い液体となって地面に崩れ落ちた。


(とりあえず、私が標的じゃなくて良かった……)


 武装した彼らは燈など見えていないかのように、横を素通りしていく。


『──よ、《探し人》は見つかったか?』


「うーん……」


 燈は周りを見渡すがピンと来る人は特にいなかった。余りにも目に入る情報が多すぎるので、少女は一度整理する。


(あの軍服は警察庁関係者だよね? 浅間さんと同じ色とデザインだし……。というか、政府は《第一級特異点》の存在を知っていた? もしかして前に放送をしていた《黒い濃霧》や《失踪特務対策室》が彼ら? それとも新しく構成された組織とか?)


 黒い軍隊については推測できるが──不可解なのは、空中を飛び回り倒していく白亜の騎兵たちだ。彼らの外見だけでは何者かわからなかった。


(天使っていう印象からはだいぶ遠いな。どちらかと言うと兵たち一人一人が、武将クラスの覇気と威厳いげんを持っているというか……)


 燈は《探し人》を見つける前に、現状把握だけで頭がパンクしそうだった。

 改めて非日常の世界を目の当たりにし、燈は自分の探している人と会うのが、少しだけ怖くなった。


(……記憶があった頃は、私も戦いに身をおいていたのかな?)


 そう考えれば燈自身の体の傷にも納得がいく。だが、こんな凄まじい世界で少女が生き残れるものなのだろうか。と腑に落ちない点がいくつも出てきた。


「うーーーんん。うーーーん」


『一度に理解するとパンクするぞ』


 鎧武者の助言に、燈は「その通りだ」と納得する。今回の目的は《第一級特異点夢の中》を理解することではなく、《探し人》を見つけることだ。

 ふと倒された者人間モドキが人型を留めておけずヘドロになると、アスファルトの上をずるずると這いずり回っていた。


「うあ、怖っ!? ね、鎧武者。まだあのヘドロ、生きているみたいだけど……そのままでいいの?」


 ずるずる、

 べちゃべちゃ……


 粘着質な音を立てて蠢く光景はある意味、ホラーだ。

 しかし漆黒の軍隊も白亜の騎士たちも、それ以上攻撃を加えることはせず《人型人間モドキ》だけを退治していく。


『ああ、あれはどうにもできん。あれを浄化できるのは人間だけだからな』


「え? 神様とかじゃなくて?」


『《八百万の神々》は人間の感情などわからん。人間から神になったモノもいるが、些末な事を気にする存在ではないからな。よく言うであろう《人でなし》と』


 鎧武者の言葉をそのまま受け取ると、随分と冷めた神様たちだ。


「人がどうなろうと、神様たちには関係ないということ?」


『いや、そういう意味でない。人間を救えるのは人間だけだ。そして自分を救えるのも自分だけ。そもそも神々は人間を助けない。力を貸す。助言や世話を焼くこともある。キッカケというお膳立てもするが、直接。人間の問題だから、それ以外が手を出すことは出来んということじゃ』


 鎧武者は、蠢くモノヘドロを見てそう言い切った。

 燈は座り込んで近くで観察する。


(これが人の……人間の問題? 人間にしかどうすることも出来ない?)


 少女はおっかなびっくりしながら、ヘドロに触れようと指先を伸ばした。

 刹那、ヘドロそれは膨れ上がり燈に襲い掛かった。


「なっ!?」


 燈は慌てて後退するが間に合わず──足がヘドロに取り込まれた。


「わわわっ」


 少女は必死に抵抗するが、動けば動くほど中に引きずり込まれる。


(こんな急激に膨らむなんて……)


 そこらへんに散らばっていたヘドロが一斉に飛び跳ねて燈の体にまとわりつく。

 ものの数十秒で周辺に散らばっていたヘドロは、五メートルを超える巨大な泥の塊へと変貌を遂げた。


「ぐ……この!」


 燈は泥の塊を殴ったりするが、泥がわずかに飛ぶ程度だ。

 《第一級特異点夢の中》だからか、ヘドロ特有の匂いは感じられなかった。


『まあ、人間が近くにいればそうなるわな』


「ちょっ、なに呑気な事言っているの!?」


 必死に格闘する燈に、鎧武者はあくびを噛み殺していた。


『先ほども言った通り、某もヘドロそれはどうにもでき──なくはないが、それは最終手段じゃ。ま、ガンバレ☆』


 鎧武者は親指を立てて燈を応援する。あくまでも応援のみで、手を貸す気はないようだ。


「なんでちょっとノリいいの!? ちょ、本当に取り込まれそうなんだけど!?」


 燈がいくら押しのけようとしても泥の塊は徐々に硬度を増していく。少女の腕力では振り払えない。

 すでに胸部まで泥の塊に取り込まれていた。


(うわああああーーー。もう! のまれるーーーーいやーーーー。って、落ち着け、いったん深呼吸をして、落ち着いて──ひひっふー、ひひっふーって、ちがーーーう!!)


 呑気に見守っていた鎧武者の前に人影が降り立った。それは音も気配もなく、すっと世界に溶け込むように現れた。


『おお、やっと来たか』


「…………」


 白銀の長い髪、酸漿色ほおずきいろ双眸そうぼう、白銀の和装を着こなした偉丈夫が燈に歩み寄る。


「なにを遊んでおられるのですか?」


 涼しげで、よく響くバリトンの声が燈の耳に入った。


「遊んでいるわけないでしょ。困っているの!」


 燈は半ばやけくそで答えると、白銀の長い髪が視界に飛び込んできた。よく見ると白銀の和装を着込んだ偉丈夫が少女の横に佇んでいた。


「…………!」


 長い白銀の髪、整った容姿、陶器のような白い肌、酸漿色ほおずきいろの双眸──

 燈の瞳が大きく見開いた。


「困っているのですか?」


「これ見ても、なんとも思わないの!?」


 そういった後で燈はあることに気付く──先ほど鎧武者も言っていたではないか、神々は《人でなし》だと。彼らにとっては、戯れているように見えるのかもしれない。


「……私たちに出来るのは形をなして《物怪》に近づくモノの掃討。それ以外は管轄外です。。心の病がアヤカシを引き寄せ、因縁があやかしに《形》を与えて《物怪》となる。その業を断つのも祓うのも人間の《役割》です」


 男は顔色一つ変えずに、滔々とうとうと語る。


「《第一級特異点水面下》で《物怪》化していないのなら、《退魔の刃たいまのやいば》は不要──心の病である《原因》と《願望》を導き出すだけでいい。これは人間にしかできません」


「そんなこと言われても……うぷっ……のわっ……」


 燈の頭までも泥の塊に取り込まれ、男の声が遠のいていく。それでも彼は表情一つ変えず、傍観していた。


「人間は魂という光を誰しも持っています。それがあれば浄化もできるでしょう」


 燈が泥の中に取り込まれた瞬間、すさまじい怒号が耳に響く。音の洪水に頭が割れそうだ。


(なにこれ……うるさ……)


 男の声は、最後まで聞こえなかった。


「これを乗り越えられないのであれば、

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