第13話 鍵を握る者

 燈は今までの話を聞いて次から次へと、疑問があふれ出す。

 けれど、それを言葉にしようとすればするほど、喉元で詰まってしまう。


(なんだろう、なにか思い出せそうなのに……なにか引っかかる。この感覚は……)


「秋月さん、ちょっと手を貸してもらってもいいかしら」


 杏花が手を差し出すので、燈も習って右手をテーブルの上に出した。そっと燈の手に触れると、もう片方で手の甲に円をなぞった。

 刹那、テーブルに置かれたグラスに亀裂が走る。その異常な現象に燈は凍り付いた。


「えっと……手品……じゃないよね?」


「やっぱり。その辺の知識も全部失っているようなのですね。……いえ、もしかしたら無意識的に思い出さないようにしているのかも」


 グラスのひびや今起きた超常現象に対して、杏花に驚きはなかった。それどころか店員も何も言わずひび割れたグラスを下げて、新しいものを出してくれた。


「…………!」


 この状況において燈だけが異質のように思えてならなかった。心の底から驚いたが、その現象──摩訶不思議まかふしぎなモノに対して妙に納得してしまった。もしかしたら驚きすぎて、感覚がマヒしているのかもしれない。


「今の、私の何を調べたの?」


「秋月さんの体にどのレベルの術式がかかっているのか。それを測るものだったんだけど……」


 初めて杏花の表情がくもった。


「この《封印術式》はとても強い。何重にもロックがかかっていて、手順通りじゃないと絶対に開閉しない。前に話してくれたノインって人が言った通り、これは私たちの《専門》と言えるわ」


 ──《専門家》。


 その言葉に燈は《ある魔女の名前》が脳裏によぎる。保健室では返答が聞けなかったが今度は応えてくれるかもしれないと少女は唇を開いた。


「……楓が言っていた通り、杏花も……《双頭の魔女》なの?」


 一拍おいて杏花は首肯した。


「そうですね。私と楓の二人で《その名》を継いでいるのです。……私は《魔女の夜バルティナ》に所属する魔女の一人で固有名詞は《フギン》というの」


 委員長は懐から菜箸さいばしほどの長さの杖を取り出した。

 軽く振るだけで碧色の軌跡きせきが色濃く残る。蛍光灯が宙に残る様な色合いはどちらかと言えばオーロラに近いだろう。


「今の秋月さんは《記憶》という触媒を使って術式を組みあげた。簡単に説明すると記憶を失う代わりに《何かを封じた》ということ。そしてこの術式の強度を測って分かったことは、本来人間一人の器に収めること自体ありえない質量が、あなたの中に圧縮されている」


「つまり私の中に爆弾があるってこと?」


「そうですね。規模で言ったら核爆弾でも積んでいるイメージね」


「ふぁ、か、核爆弾!?」


 想定以上にとんでもないモノを積んでいると知り、燈はゾッした。


「今まで手順を無視して、記憶をこじ開けようとしているわね。そのたびに体がその負荷に耐えきれずに、卒倒、めまい、流血、呼吸困難に陥っていたようよ。覚えていないでしょうけど」


 そういうと杏花はテーブルの上にカルテのコピーを見せた。


「これ私の……?」


 秋月燈と書かれた診断表には、入院中に何度も似たような症状を引き起こしたと書かれている。


「この診断書にかかれた日程と、浅間龍我刑事の面談希望日が重なるのよ。記憶を取り戻そうとしたけど、手順を間違えたようね」


「そんな……。でも、どうして今回は違うの? 今、杏花の話を聞いても平気だったのに……」


 燈にはその差異が分からなかった。


「これは私の推測なのだけど……入院していた時と今の違いは、秋月さん自身が《記憶喪失》という自覚があり、自分自身で違和感に……。つまりこの手の術式は外部、他の人から情報を得る形では、解除ができない可能性があるの」


 杏花はカバンの中からポラロイドを取り出すと、燈に向けてシャッターを切る。二枚ほど撮って映し出されたのは燈自身ではあるが、合成したかのように光の色合いが不自然に映っていた。


「わあ、なにこれ!? もしかしてオーラが映るっていうポラロイドとか?」


「ううん。フツーのカメラです。ただ私が撮ったからそうなっただけ。ここをみて、秋月さんの体から出ている色合いは白いけど、内側には渦を巻いた赤色があるでしょ。この赤色の熱量は封印されている状態でも写真に写り込むほど膨大になっているの。それで二枚目の写真を見てもらうとわかるように……」


 二枚目の写真を見ると燈の両手と胸に赤い螺旋らせんの光が集中している。


「もしかして、体の箇所に分けて《封印》が施されている?」


「その通りです。分散することで暴走を抑えているものけるけど、この封印解除には段階がいくつかに分かれていると思うの。だから記憶を取り戻そうという秋月さんの内側から生じる感情と、


 杏花の言葉に燈りは矛盾を覚えた。


「え、でも……外部からじゃ封印は解けないんじゃ?」


「そこが術式の最も厄介な所であり《解除》は順番通りという《条件》があるのです。一つ目は秋月さん自身が記憶を取り戻したいと強く願うこと」


 燈は頷いた。その気持ちは入院していた時よりずっと強い。


「まずこの第一条件がなければ、術式が強制的に発動するの。その際、《失われた記憶》に関する内容を第三者から得る場合も《拒絶対象》となる。……ただあなたが記憶を取り戻したいと強く願うことで、《拒絶》が緩和しつつあるみたい」


「だから、杏花の話を聞いても大丈夫ってことだね」


 燈の言葉に杏花は頷いた。

 保健室で倒れた《原因》はおそらく《術式の拒絶対象》だったからだろう。燈は倒れた事実は覚えていても、なぜ倒れたのかは覚えていないのだ。


「わかっていると思うけど、直接あなたの《過去》を問うのはダメです」


「うん」


「次に二つ目。……秋月さんの《封印解除》の鍵を握っている人物との接触。これも一つ目の条件がクリアしていない状態で会うと、術式が強制的に発動して《拒絶》する。その場合、秋月さんに大きな負荷がかかり、肉体が傷つくの」


「出会うだけで《拒絶》!?」


「そうなの。あなたと縁が深い人は……」


(もしかして私の傍に誰もいないのは……、傍に居ることが出来ないから?)


 傍に居ること自体が燈に影響を与えてしまうからだとしたら──


(独りだって思っていたけど、違う……?)


「三つ目は燈と、《鍵を握る人物》が同じぐらい強い想いで、《封印解除》を望んでいることです」


「鍵を握る人……」


 ふう、と杏花は吐息を漏らす。彼女の額には汗がにじんでいた。


「《術式の編み込み》で読み解けたのはこのぐらいです」


「十分すごいことだと思うけど……」


 燈の言葉に杏花は微苦笑する。


「術式は《想い》と《覚悟》の差で強度が変わるのです。心ひとつで紙切れにもシェルターのような堅固な壁になるのです」


「それなら今は……?」


「入院していた頃より、記憶を取り戻したい気持ちが強まっていると思うけど……。あとは秋月さんの覚悟と、《鍵を握るの人》との想いの差がどれだけ埋められるかなのです」


 ふと杏花の言葉に燈は気づく。


「ところで、《鍵を握る人》って……誰なの? 杏花は知ってる?」


「もちろん。私たちの世界では有名人よ」


「え?」


「けれど私はそれが誰なのか口にすることは出来ません。口にすれば、あなたはまた卒倒してしまうのです」


 燈はうなった。答えがすぐそばにあるのに、手が届く距離まで来たからこそ悔しさが募った。


(どうすれば……口にするのは駄目、ってことは筆記も?)


 燈は思考を巡らす。どうすれば相手を《特定》できるか。

 杏花は《鍵を握る人》を知っているが、誰だと口にすることはできない。どんな人か特徴を聞くことも、映像も失敗に終わる可能性が高い。それに燈のリスクが高すぎる。

 燈自身が、自分だけで見つけ出さなければならない──なら。


「突拍子もない話だけど、? そこから後は、自分で探すから!」


 その言葉を杏花は待っていたと言わんばかりに「もちろん」と力強く答えた。

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