第12話 事件の概要
燈と杏花は梯子を使って屋根裏の特別席に入る。ソファは思ったより座り心地がよく、杏花と向かい合わせになりながら腰をおろした。内装はオークの木の色合いを生かしたもので、観葉植物が至る所に目に入る。
適当に注文をすると、杏花は早速本題に入った。
「秋月さん……。色々私に聞きたいことがあると思いますが、一つ一つ順序立てて説明をさせてくださいね」
「それは構わないけど……」
「一々確認しなくてもいいような……?」と燈は言いかけたが黙って頷いた。話を円滑にするためにも、出来るだけ聞き役に徹しようと心がける。
「楓から多少、聞いているとは思うけれど《クロガミ怪奇殺人事件》と《白霧神隠失踪事件》の関連性について……」
杏花は事件のあらましを
《クロガミ怪奇殺人事件》の被害者、
《人材派遣》──それは一言で言えば、《人間そのものを商品》として提供すること。《
「殆どの人が《神邑区神隠し事件》の生き残りだったの」
「それって……」
一九九九年、《MARS七三〇事件》が起こった夜に《
失踪者の共通点は《身につけていた衣服のみ》が発見されたことだ。また衣服の上には緋色の
ここで本題に戻る。
失踪・行方不明を免れた者たちの多くは、異常なほどに孤独を恐れ──夜に一人でいることが出来なくなった。眠っていても傍に誰かがいなければ安眠すらできない。
つまり商品となる人材の殆どが、
普通なら家族や親戚が居れば、孤独は防げる。しかし《神邑区神隠し事件》で家族、親戚を失った者は多い。故にそれに目を付けた始司零奈のビジネスセンスは、抜群だったと言えるだろう。
始司零奈は失踪・行方不明を免れた者たちに声をかけ、孤独を防ぐ方法として《時間限定の恋人》、または《友人》《疑似家族》というレンタルサービスを提供した。
夜の時間限定において
条件として、二人での写真は撮らない。
恋人・家族・友人だと周囲に公表しない。
午後五時から朝七時まで傍に居る。……というものは建前上あったが、それを厳密に守る者は少なかっただろう。
そのうち商品を借りたいという顧客が増え、《ファンクラブ》という形のシステムが生まれた。大金を支払えば支払うほど商品を独占できる。大金をつぎ込む顧客たちもまた、別の事件によって孤独を恐れた者たちだった。
(まるで欠けた何かを、別の何かで埋めようとしていた……?)
「結局、商売として儲けようとした結果──恨みを買って殺されたのです。数千の黒い手紙の上に遺体が横たわって、無残にね」
「じゃあ、重傷を負った一ノ瀬って人はなんで、その場に居合わせたの?」
燈が重要視したのは、単純にその一点のみだった。
「彼女が第一発見者で、重要参考人だからね。もっとも彼女の話だと、現場には彼女の他に《カーキ色のコートを着た男》がいたみたい」
「カーキ色のコート……?」
「その証言は自作自演で、彼女が《カーキ色のコート》を着て偽装したんじゃないかと思われたけど、一ノ瀬さんの背中に負った傷と被害者を殺害した《凶器》が同じものだと判明したの。つまり、一ノ瀬さんが被害者を斬ることは仮にできたとしても、自分の背中を斬ることは一人ではできない。それに一ノ瀬の傷は、被害者の死亡後に負ったということが、鑑識結果から出ている。だからもう一人、
「うん、わかった」と燈は小さく頷く。
「次に《白霧区神隠し事件》について、これは一九九九年に起こった《神邑区神隠し事件》に似ているのです。東京都白霧区の住人のほとんどが
《失踪》と《行方不明》。
その違いは──そこに《意思》が介在するかどうかだ。
《失踪》は家出や蒸発など《意思》がある。けれど《行方不明》は事件や災害に巻き込まれたものとされている。
(二つの事件をネットで検索しても、その断片ぐらいしかわからなかったのに……。こんな詳細なことまでわかるなんて……杏花も楓もすごい)
燈が感心していると、杏花は一枚の写真をテーブルの上に置いた。そこには佳寿美とよく似た二十代ぐらいの妙齢の女性が並んで微笑んでいた。
しかし、燈には見覚えはない。そしてここまでくれば燈自身が、この事件に直接的な関わりがないことがわかる。
とはいえ「佳寿美に姉がいたなんって知らなかった」という衝撃が少なからずはあった。
「ここで《クロガミ怪奇殺人事件》の話に戻るのだけれど……。さっき話していた《商品リスト》の中に、蒼崎匠という名前があるのです」
杏花は写真の隣に、《商品リスト》と書かれた書類を差し出した。そこには三十名ほどの名前が記載されていた。望月馨一、滝千夜、四季冬樹……、そして蒼崎匠。
確かに、彼の名前があった。リストの順番は《あいうえお順》ではなく、《登録日》の古い順から書かれていた。
「つまりこの二つの事件に関連しているのは秋月さんではなく、蒼崎匠と榎本佳寿美となるのです」
「…………」
蒼崎匠は佳寿美の恋人だ。「 けれど」と燈は疑問に思う。
二つの事件があったから、佳寿美たちは恋仲になったのだろうか。それとも別のなにかがあった──?
「じゃあ蒼崎匠にまとわりついている《自称ファンクラブ》って……」
「そう。元々は始司零奈がビジネスで集めた顧客たち。彼女たちはどうにかして蒼崎の恋人になりたいと望み、歪んだ形で執着し続けている。完全に依存症ともいえる行動だわ。放っておけばたぶん、
杏花の《アレ》という言葉がやけに重たく聞こえた。だが、燈には言葉の意図を察することはできなかった。
「杏花。いろいろと教えてくれてありがとう。これで一つの事件について集中して調べることが出来るよ」
残る事件は消去法からいって、燈が関わったと推測できるのは《那須連続放火事件》となる。
「まだです。いちばん大事なのはここから。……秋月さん、榎本佳寿美と出会ったのはいつ?」
燈はぐらりと視界が揺らぎ、
「え、でも私と佳寿美は……」
言葉に詰まってしまう。 杏花は戸惑う燈にハッキリと告げた。
「少なくとも……
燈が十二歳といえば、今からだいたい四年ほど前だ。 自分が何をしていたのか、思い出そうとしても何も浮かばなかった。「ただ誰かと一緒にいた気がする」それだけは確信が持てるのに、それが誰だったのかは思い出せない。
「その友達が居なかったって、だれから聞いたの?」
燈自身が驚くほど自分の声は震えていた。
「秋月さん。あなた本人からなのです。……私と楓は四年前にあなたに会っているの。やっぱりそれも覚えていないのですか?」
「杏花と? 楓も言っていたけど……冗談じゃなかったんだ」
それらしいことを楓は話すが、どんなふうに出会ったのか話す隙を与えてはくれなかった。のらりくらりと、はぐらかされたので燈もいつの間にか聞かなくなっていた。
(楓の言葉はどこまでが本当で、どこまで嘘なんだろう……)
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