第3話 襲撃。狙うは元勇者

 ティアルド王国に異世界人が呼び出されてから二か月が経った。目的は表向きは王女を攫った魔族リドルの殺害。だが魔族リドルはこの世界では勇者と称された少年であることなど知る由もなく、そしてリドル本人もまさか狙われることとなるなど露にも思っていなかった。



 リドルとメリアは相も変わらず夫婦円満な生活を送っていた。カピラ村に来てまだ一年ちょっとしか経っていないため田舎暮らしはわからないことが多かった。それでもここまで大した苦労もなく幸せに暮らしていたのは一重にカピラ村の村民たちの協力があってこそだった。



「リドルさんにメリアさん。ついに今日は村の収穫祭でさぁ。楽しんでいきましょうや」

「そうですね。ですが収穫祭の準備で俺ができたことと言えば狩りと力仕事くらいです。ほとんどを皆さんに押し付けてしまったようで少し肩身が狭い思いですよ」

「いやいや何を言うべか。その狩りと力仕事が一番大変ですえ。逆にその二つを一手に引き受けたリドルさんに村の人間たちはとても感謝しておりやす。なんでそんな委縮されずとも胸を張って収穫祭を楽しんでくだせぇ。もちろんメリアさんもな」

「ありがとうございます。収穫祭はこの一年を無事に終え、そして新たな一年を無事に過ごせるよう祈願する祭りだと聞いています。王都とは時期が違いますが時期が違うだけで感謝するべきことは同じです。私たちがまた無事に一年を迎えられるようしっかりお祈りしなくてはなりませんね」

「だな。しかしメリアさん。祈るだけじゃダメだべさ。しっかり食べてしっかり飲む。これも神様への感謝の仕方でさぁ。神様が与えるのは何も試練だけじゃねえ。ちゃんと慈悲もお与えくださってるんだべ。だからこそわっちたちが元気にやる姿を神様に見せて、また試練と慈悲をもらうのさ」

「なるほど、勉強になります」

「それじゃあわっちはまた作業の方に戻りますんで、後程酒の席で会いましょうや」



 村人が去っていったあとも二人は先ほどの話を頭の中で反芻していた。



「食べることと飲むことも神様への感謝の仕方、かぁ……」

「王都にはない考え方ですね。向こうでは祈祷ばかりが感謝の仕方でしたから」

「だな。やっぱり畑仕事は大変だけど、こういう王都で育った自分たちとはまた違った考え方を知ることができるからここに来てよかったと思うな」

「そうですね。やはり王都だけでは見える世界が狭いので」



 たまに王都に帰りたいと思う時はある。しかしそれは王都の暮らしの方がよかったということではなく、単純にお世話になった人たちや国に変わったことはなかったなどの挨拶回りがしたいからである。ここ一年はほとぼりを冷ますために帰っていなかっただけでなく、国を出るときは置手紙一つを残して黙って出て行ったようなものなのでメリアの父である国王も心配していることだろう。



「この祭りが終わったら一度王都に戻るか。お父上にも黙って出て行ったことを謝罪しなきゃいけないし」

「そうですね。またお兄様やお姉様たちにも会いたいですしね」

「じゃあ決まりだな。畑の仕事はできないから収穫の何割かを渡す代わりに手伝ってくれる人に任せよう。大荷物にはできないけど俺たちは俺たちで村に役立ちそうなものを買って皆に感謝の気持ちを送ってあげるんだ」

「いいですね。まぁそれはそれとして収穫祭です。リドルさんは今から狩りでしょう? 準備はいいのですか?」

「あー、そうだった。準備はできてるから行ってくるよ。それじゃあまた後で」

「はい。また後で」



 二人は別れ、それぞれの仕事を始めた。王城から黙って出て行ったことは悪いと思っているが、それでも娘が帰ってきたことで喜ばない親はいないだろう。だから帰って元気な姿を見せてあげたい。そう二人は帰郷の瞬間を思い浮かべながら仕事をするのだった。


 だが二人は知らない。今から訪れる災厄の元凶が国王であることなど微塵も思っていなかった。




◇◆◇



 太陽が頂点に達し、昼時を迎えたところでリドルは狩りを終えた。今日が収穫祭というだけあって思いのほか張り切り過ぎてしまった。



「うーん……血抜きはしておいた方がいいだろうか? 流石にこれだけ持っていくのは面倒だしなぁ……。でもメリアに一刻も早く会いたい……。どうするべきか……」



 狩った獲物は猪が二頭に牡鹿が一頭。普段からしてみればかなりの成果だ。ただ一頭を仕留めて川に向かっている最中で他二頭に出くわしてしまったためまだ捌いてすらいない。食糧を取るか嫁を取るか少しの間逡巡したが、彼の中では嫁に勝るものはないらしく、血抜きは村で済ませればいいかと思い立って結局三頭の獲物を腰に括り付けたロープで引きずりながら村へと帰還するのだった。



「メリアー。戻ったぞー」



 我が家に戻ったリドルは愛する者の名前を呼んだ。しかしメリアから返事はなかった。村の中心にでも行っているのだろうかと思い、その足で村の中心に向かおうとする。だがなぜだろうか。妙な胸騒ぎがする。これは勘でしかなかったが、リドルは己の勘を大事にしている。ゆえにこの胸騒ぎもよくないことの前触れだと思い、自分の部屋に立てかけてあった片手剣を手に村の中心に向かった。



 リドルの家は山に近い村の外れだったためわからなかったが、村の中心に向かうほどに血の臭いがきつくなっていく。まさか魔族が攻めて来たのか? と思い、速足だった歩みは駆け足へと変わっていた。そして目にした光景は嘘だと信じたいものだった。




「……なんだよ。これ……」



 目にしたものはかつて自らも身に着けたティアルド王国の鎧をまとった兵士が次々と村人たちを殺害していく光景だった。リドルは一瞬自分が何を目にしているのかわからなかった。聞こえてくる阿鼻叫喚の悲鳴に混じって部隊の長であろう兵士が口々に叫んでいた。



「この村は魔族リドルが作った魔族の村だ! 村民の姿をしているが惑わされてはならない! こやつらは魔族だ! ゆえに殲滅せよ!」



 ――魔族? 俺たちは魔族と思われているのか? そんなはずはない。だが現に兵士たちは村人を殺害している。ならばメリアは? メリアはどうなったのだ? 王女であるメリアを兵士が殺すとは思えないが、操られているのならば話は別だ。すぐにその幻覚を解かなければ彼女の身も危ない。だがそれよりも、目の前で親しかった者たちが殺されていくのは我慢ならない。だから……。



「お前ら……。死んでも恨むなよ」



 元勇者はその怒りを解き放った。その闘気を感じ取った兵士たちは村人を追うことを止め、一斉にリドルを取り囲む。



「魔族リドル! 王女メリアノーザ様を攫った罪により貴様を退治する!」



 馬上に乗った部隊長が突撃の命令を出すと同時に槍や剣を持った兵士たちが一斉にリドルに躍りかかった。


 本来ならばリドルは兵士を相手にする場合は剣技一つで襲い掛かってくる兵士をあしらうのが常のやり方だった。兵士に罪はない。ただ家族や民を思って王の命令に従う者たちの集まりが大半だった。よって殺すことはないはずだった。だが今のリドルは怒りに燃えている。それがたとえ祖国の兵であろうと、メリアの父の命令であろうと、親しかった者たちを殺されて黙ってはいられない。ゆえに彼は鞘から剣を抜き放つ。かつて魔王と戦った聖剣ではないが、それでも長年を共にした相棒を手に彼は勇者と謳われたその力を発現させる。



『業焔剣!』



 未だ剣の届く距離にいない兵士たちに向けて剣を一薙ぎする。瞬間、剣からは炎が迸り、波となって兵士たちに襲い掛かった。炎の波は兵士たちを呑み込み、その身を焼いた。兵士たちからは身を焦がす痛みによって悲鳴が上がる。剣を一薙ぎ。それだけで展開していた兵の半数が戦闘不能となったのだ。到底彼らに勝ち目などないはずだった。だが兵士たちは恐れ慄きはすれど、その目に絶望を宿していなかった。



「やはり兵卒ではダメか。ならば……! 出番ですよ! 皆さん!」



 部隊長の言葉によって背後に控えていたであろう人間たちが姿を現す。数は多い。三十人ほどだろうか。その誰もが一級品の鎧と剣、そしてローブと杖を持ち、弓を携えた戦士と魔法使い、そして弓兵を加えた部隊だった。


 傭兵だろうか? だがそれにしては品が良すぎる。おそらく国が持てる最高級の品々ばかりだろう。それに加えて覇気がない。歴戦の猛者というものは常にどこかしらに覇気を持っている。戦いを前にすれば尚更だ。やる気はあるように思える。だがその一挙手一投足に素人感が拭えない。しかし彼らが持つ気は独特だった。覇気はない。だが個人個人には感じたことのない気を感じた。簡単に言えば素人感がある魔王。そんなイメージをリドルは抱いた。


 マジマジと彼らを観察しているとリーダー格らしき戦士、おそらく声の様子からして少年だと思われる人が声をかけてきた。よく見るとその戦士だけでなく他の戦士や魔法使いも皆若い相貌をしていた。疑問は拭えないが声をかけてきたのならば応えなければならない。



「おい。魔族リドルってのはあんたで間違いないな」

「……は?」



 また何を言っているのか。意味がまるでわからなかった。自分が魔族? 勇者と謳われたことを己惚れるつもりはないが、それでも世界のために魔王討伐を果たした自分のことを魔族だと? 勘違いにもほどがあった。だがリドルの様子に目もくれることはなく、一方的にその戦士はしゃべり続ける。



「つってもさっきのを見ればあんたがリドルであることは間違いないな。あんたに恨みはないが、こっちには色々と事情があるんだ。王様の頼みであんたを殺さなくちゃいけない。恨むなら王女を攫った自分を恨みな」



 ――耳を疑った。王が、メリアとの仲を認めてくれたはずの国王が、自分を殺そうとしている? 何の冗談だ? 二人で黙って城を出たからか? その程度で怒るようなお人ではない。それに民衆はどうしたのか? リドルという名前を聞けば誰だって勇者である自分を思い浮かべる。そんな自分をあの方は亡き者にしようとしているのか? 国に逆らった逆賊として? ふざけるな。だが話を聞くにどうも俺は王女を攫ったことになっているらしい。ならばメリアの安全は約束されたようなものだ。だが、それでもだ。俺は彼女の傍にいると誓った。彼女から離れないと約束したのだ。だから俺は――死ぬわけにはいかない! 反逆罪となろうとも俺は彼女と共にあるために死ぬわけにはいかないんだ!



「お、やる気みたいだな。いいぜ。相手してやるよ。もちろん、ここにいる全員でな」



 相手は手加減するつもりはないらしい。今メリアがどこにいるのかはわからないが、ここにいるやつらを倒さなければ探しに行けないのであれば……。



「お前らを倒す。それが彼女のためだ」

「はッ! それが自分勝手な妄想だと気づかないやつに、俺が負けるわけねえんだよ!」



 戦士たちは抜剣し、魔法使いたちは詠唱を始め、弓兵は弓を番えた。それを迎え撃つようにリドルは手と足に力を籠めて彼らを迎え撃つ。




 戦闘が始まる。それがこれから起こるアマルティアの戦乱の始まりになるとはこの時、誰も予想などしていなかった。

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魔王殺しの元勇者と勇者殺しの勇者 但野リント @kintuba9028

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