第14話 わしゃ勇者になるんじゃ!

 積み上げられていたり、一箇所に集められて焼かれている死体のせいで、先へと進むのは困難を極めた。


 家屋の間を通り、屋根を渡って進んだりしたが、『マッピング』を見るにゆっくりだが先に進めてはいるらしい。

 表示されている道通りには全く進めないので、進行の確認ぐらいにしか今の所使えない。


 大きな肉蝿がたまに襲ってくる。

 わしは棍棒を管に突き刺すという新しい撃退法を習得したので、あまり苦戦しなくなった。

 この棍棒と盾は、なぜか溶かされないのだ。


 そろそろ村も中盤あたりにさしかかったかというところで、屋根の上から、公園のような開けた場所を見下ろしていたところ、わしは衝撃的な光景を目にすることになった。


 そこでは、肉蝿と戦っている騎士がおり、彼は背丈よりも長いくらいの大きな剣を振り回して、次々と両断していっているところだった。


 あらかた片付け終え、手負いの肉蝿たちがその場を去って行った後、彼は死体の山の上にどさりと腰掛けた。


 兜を外して額の汗を拭い、剣を綺麗に掃除している。


 わしが度肝を抜かれたのはその後のことだ。


 彼は周囲に誰もいないことを確認すると、死体の足を引きちぎったのである。


 そして、食べた。


『望遠視』で見たその男の表情は、なんとも恍惚としていて、ぞっとさせられる。


 彼は食い荒らすような贅沢な食べ方をした。

 足のふくらはぎ、それも細いものばかりを選んで齧っては捨てる。


 続けているうちに、彼の様子はどんどんおかしくなっていった。

 お腹を押さえながら口の中に指を突っ込んだかと思うと、奥歯をつまんで取り出して、それを睨みつけている。


 頭をガンガンと死体に打ちつけながら、大きな剣で切り始める。その唸り声は、ここまで届いた。


 やがて動かなくなり、地面に突っ伏す形で倒れてしまった。


 死んだ……!?


 そうではなかった。

 彼は悪魔に取り憑かれたかのような激しい痙攣を引き起こし、背中を丸めてうずくまる。

 尚もガタガタ体を揺らし続けており、やがて鎧が裂けて、中から肉の塊が飛び出してきた。


 なんじゃぁ!?


 彼の背から飛び出した肉は、天を突き上げるように高く聳え、二股に分かれた。

 ぐにゃぐにゃと動きながら、真っ赤な繊維質が次々と形成されて巻き付ついていく。


 それはどう見ても、筋肉丸出しの新しい腕だった。


 彼はその腕を地面に叩きつけながら、這いずるみたいに村の奥へと進んでいく。


 やがて姿は見えなくなったが、わしはまだ動けずにいた。あの死体を食べると言う行為、とんでもなくヤバいのかもしれん……


 お姉さんや、何が起こったんじゃ……


《イスの澱みを過剰摂取したことによる変異です》


 そんなことが起きるんかい!


 わしは『望遠視』を使って、あちこちに築かれている死体の山を見た。

 しっかりと観察するのはこれが初めてのことで、本当に気分が悪くなってきた。


 その中には、明らかに異形な形をしたものがちらほらあるのだった。

 四本足の人間や口から手を生やした人間、羽の出来損ないみたいなものが付いているのもある。


 彼らはイスの澱みを摂りすぎて、あんな形になったのだろう。

 もしかすると、澱みというのは毒で、普通の人は異変を起こす前に死んでしまうのかもしれない。


 この世界、そうとう深刻なようじゃの……


 だからこそ、灑掃の任を受けて、こんなヤバいところに足を踏み入れている人たちがいるということなのだ。おそらく。


 この世界が危ういというのも、今目の前で起こったようなことが、世界に広がろうとしているからに違いない。


《その通りです》


 わしもそのお掃除当番を引き受けるべきなのだろう。

 もし上手く事が進めば、わしの十年計画は、二十年にも三十年にも伸ばす事が可能になるはずだ。


 麗しの女子おなごたち……


 未だ見ぬ楽園を、どうにかこの手中に収めたい。

 天国行きは叶わなかったが、ならば作ればいいのだ!


 灑掃の任を完遂すれば、わしはすなわち勇者である。

 ひたすらにモテまくり、女の子を選び放題間違いなし!


 死んでいった者たちが、安らかな眠り手にしていることを願う。

 そして、わしに力をください!

 この世を救う、大いなるパワーを!


 わしは腹をくくった。


 屋根を飛び降り、『マッピング』で方位を確認しつつ、狭い道を通って例の公園を目指した。


 お姉さんや、わしゃ灑掃するで!

 灑掃とは何か教えてくれんかの。


《浄化監督官の霊廟に巣食い、浄化を妨げている者を破滅させ、イスの流れを正常化します》


 なるほどの…… そこを目指して進めばいいっていうわけじゃ。


《はい、その通りです》


 わしは地図でその場所を確認してみた。

 この村を抜けると火山があり、抜けた先にある大きな城のある都を超えたところにそれは存在する。


 一体どれだけ困難な道が待ち受けているのかわからないが、進むしかない。


 あんまり恐ろしい敵が出てきたら、またお姉さんの力を借りることにもなるだろう。


 その時は、よろしくお願いしますじゃ……!


《不束者ですが》


 やっぱり、あの霊体はお姉さんだったようだ。

 それが分かっただけでも勇気が湧いてくる。


 公園にたどり着き、わしは襲いかかってきた肉蝿に棍棒をお見舞いした。

 だが、まるでダメージを与えられていない。

 いつものパターンで、相手が大口を開けて管を出したところに棍棒を投げて差し込む。


 破裂して、地面に転がる。


 どうも、この棍棒では戦っていくのに無理が出てきているように思う。

 石頭の大狼ダイアウルフにも攻撃は通らなかったし、そこらへんに飛んでいる蝿ですらこの現状だ。


 先に進むに当たって、まずはもっと強い武器の確保が必要になってくるだろう。

 毎回、これと決まった倒し方が見つかるとは到底思えない。


 真正面からぶつかっても、まともに戦える強さが必要じゃ!


 わしはどうしたものかと考えながら、まずは先ほどの変容した騎士が食い散らかした後を検分していくのだった。

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持たざる者に転生しました 志々見 九愛(ここあ) @qirxf4sjm

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