上手くいっている時こそ慎重に
英雄ミネットを雇い入れたのは結果的に大正解だった。
ミネット自身の貢献は勿論だが、最終的に彼女はかつての仲間を集めて来て、より細かな演技指導・マニュアル作りに尽力してくれた。
最後の方は、世界を救った英雄というよりも罠にかかった獲物を見てほくそ笑む悪魔のようでもあったが、口にはしなかった。
もし口を滑らせていたら今頃黒羽夜一という存在は跡形もなく消し飛んでいたことだろう。
もしかするとベアトリーチェなんかが庇いだてしてくれたかもしれないが、伝説の英雄と現役魔王が戦うなんて事になれば、折角築きつつある夢の国――マネーランド――が焦土と化すかもしれない。
そんな不毛な事態は回避した夜一だったが、立て続けに成功を収めてきた故に気持ちが大きくなっていた。
そしてそのことに当人が気づくはずもなく、夜一は次なる経営戦略を練っていた。
****
「新エリアですか?」
「ええ、テーマパークとしてアトラクションがミネットさんたち「烈火の英雄」エリアだけというのは寂しいでしょう?」
「烈火の英雄」とは暗黒大陸で撮影した異世界初の映画タイトルである。
「そうかもしれませんけど……」
「なんだか歯切れが悪いですね店長」
セルシアは一抹の不安を抱いていた。
夜一の言う事は間違いではない。
確かに娯楽施設だと言うのに遊戯が一種類ではいずれ飽きられてしまう。
飽きられてしまえば、離れていった顧客を再度獲得するのは難しいのかもしれない。
だからこそ夜一は新たなエリアを作ろうと提案している。
そんなことは重々承知している。
だが、この提案に安易に乗るのは危険だとセルシアの勘は告げていた。
根拠はなかった。
それでも商人としてのお金に対する嗅覚を信じることにした。
この感覚だけは夜一に勝っている自負があった。
だから反対に質問する。
あなたにはどんな根拠があるのかと。
問われた夜一は逡巡し、「なんで……そうだなぁ……デ○ズニー・ランドがそうだからかな? う~ん」
思いの外悩む夜一。
この長考に、セルシアは自分の勘が正しいと確信する。
しかし、答えが見えたわけではない。
これは勘ではなく、これまでの経験をフル動員して導き出すしかない。
「今回夜一さんが作ろうとしているエリアはどなたのエリアなんですか?」
「今、一番人気の「破邪の勇者」エリアを作ろうかと……どうかしました?」
夜一はセルシアの顔を見て言葉を濁らせる。
「なにかまずかったですか?」
「い、いえ、ただ……破邪の勇者と呼ばれるディアス様は少し風変りと言いますか……子どもたちからは人気なんですが……」
「ん? どういうことです?」
夜一自身も映画撮影には関わっている身だ。
関わってるどころか事業の中心人物だ。
内容はもちろん。映画の中の勇者ディアスの人物像だって知っている。
「何か問題でも?」
「え?」
「え?」
二人は互いに首を傾げる。
これは本格的に話し合いが必要だぞ。
一から十まで何一つ省くことなく意見をぶつけ合った。
結果、分かったのは夜一の価値観の違い。
「まさかこちらの世界では厨二病キャラが文字通り子供にしか受けないとは――こちらの人たちは盲信的に勇者一行を肯定しているものとばかり思っていましたよ」
「まあ、人気はあるんですよ。実際に多くの人たちを救ったわけですし、その力は本物です。でも、憧れるかと聞かれると……」
娯楽の少ない異世界において現代日本のようなオタク的趣味など生まれる筈もなく、倫理的思考に基づいた趣味嗜好が根づいていた。
「確かにこちらの紳士淑女は「今宵は静寂を嗜むとしよう」だの「世界は終わらない。僕が壊して新たな世界を作る」なんてセリフで喜びそうにありませんね」
日本じゃ好きな紳士淑女もいるんだろうけど、という呟きは聞こえなかったセルシアは、「そうですよ」と同意する。
「まだ、暗黒大陸には試験的に貴族や商人といった富裕層しか足を運びませんからね。今新エリアを作っても採算がとれるのか判断できませんね」
「でしたら《ジャンク・ブティコ》でも行っているように小出しにして様子見しませんか」
「良案ですね。いや、商売の基本でしたね。リスク管理――リターンにばかり目が行ってリスクが見えていなかったみたいです。お恥ずかしい」
俯き気味に答える夜一。
いつもは助言してくれる夜一と立場が逆転していることに、優越感以上に純粋に夜一の力になれた――助けることができた――ことが嬉しかった。
「私も新エリアの候補考えますから! あっ、でも、将来的には「破邪の勇者」エリアも作らないとですね。子どもたちの中では不動のナンバーワン勇者様ですから」
「そうですね。いずれは子どもたちにも遊びに来てもらわなければいけませんからね」
未来に想いを馳せるかのように窓の外へと目を向けながら夜一。
(そう言えばヨイチさんも少しだけキザよね。ディアス様ほどじゃないけど)
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