勇者になる者、そして敵と案内役

 男は感嘆の声を漏らす。


「これが勇者の剣……」


「「聖剣に選ばれし者よ」」


 どこからともなく声が聞こえる。

 声は導く。

 その声を頼りに男は剣を掴む。


「「義の心を持つ者だけが聖剣を抜くことができる。さぁ、抜いてみるがいい!!」」


 声に導かれるまま大地に突き刺さった剣を引き抜く。

 すると、


「一足遅かったようだな」


「何者だッ!!」


 いつからそこにいたのか、華奢な体躯の若い女が驚いた声をあげる。


「だ、誰だいアンタ!?」


「説明は後で! まずはアイツをなんとかしないと」


 女の視線の先には揺らめく陽炎――目を凝らすと全身ローブに身を包んだ、いかにもな風貌をした男がゆっくりと近づいてくる。


「剣に精霊の力を込めて!!」


「剣に精霊の力を込める?」


 男はおうむ返しに問う。

 女は「早く!!」と急かす。

 言われるがまま、男は頭に浮かんだ言葉を口にする。


「大地を護りし地の精霊よ。我に民を守るための力を授けよ!!」


 大陸の人間であれば誰もが一度は耳にする言葉である。

 男の声に応えるように剣が光輝く。


「ハアァァ――ッ!!」


 剣を振るうと、眩いばかりの閃光が弾け飛んだ。


「ぐわぁぁぁああ!!?」


 ローブ姿の男は大きく後方へと吹き飛んだ。


「くっ……覚えているがいい!」


 ローブ姿の男は噛み殺すように呟き、そして蜃気楼のように霧散して跡形もなく消え去ってしまった。


「どうした? 早くしないか」


「え?」


「え? ではない! お前は聖剣に選ばれし勇者なのだ!!」


「……勇者」


「ああ、そうだ。お前は勇者なのだからさっさと世界を救いに行け」


 乱暴な言い方だが、その瞳は優しく、思わず言うことを聞いてあげたくなってしまう。


「あっ、まだ名乗っていなかったな」


 思い出したように女が言う。


「私の名はミネット・ショーヴェットだ」


「ミネット……」


「さあ、早く行こう!!」


 差し出された手をとる。


「さっさと世界を救いに行くぞ」


「は、はい!!」


 男は力強く答える。


 世界を救う第一歩。

 自分の足で踏み出した。


 ――世界を救いに行かれるのですね。ご武運を……


 どこからともなく聞こえてくる声を背に光の指す方へと歩みを進める。

 視界が白に塗り潰される。

 徐々に戻る視界――そこには……


「お帰りなさいませ。勇者様」



 …………

 ……

 …



「ミネットってこんな感じだったっけ?」


「たぶん?」


 休み時間になると同じ役を演じる者同士で意見交換をする。


 一人ひとりが役に徹する。

 故にすべてのお客様(勇者様)に満足いただけるのだ。


「もう少しミネットの設定詳しく書いてもらいたいよね」


 そう言った女の視線の先には、「ミネット役台本」と書かれた分厚い本があった。

 中にはミネットとしての振舞い方から応対の仕方まで事細かに記されていた。


 誰が演じても一定の水準を保てるように、徹底的に管理されたマニュアル体制の成せる業であった。

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